第4話RE:【最後のオチに辿り着いた!】
イメージソング:グリズリー サウンドトラック
https://youtu.be/pNCQaSzk1Zg?si=SRTTTqj5iQclYm1O
カレル警部は、実に見事な「作品」だった。
彼の顔に浮かんだ、裏切りと、絶望と……そして、彼自身の「正義」が崩壊する瞬間の、あの、虚無の色。
あれこそが、僕が追い求めていた芸術の……頂点だった!
僕は、彼の亡骸を、燃え盛る王都の炎の中に、そっと蹴り落とした。
「ありがとう、カレルさん。君は、僕の、最高の芸術だったよ」
王都は、滅びた!
僕が仕掛けた「恐怖の共鳴」は、エラーラの「力の断片」と、魔導炉の力によって、ついに暴走した!
人々は、互いを殺し尽くし、生き残った者も、恐怖の幻影に怯えながら、狂い、そして死んでいった!
僕は、その「芸術」の中を、悠然と歩いていた!
静かだ!
美しい!
争いも、非合理的な感情も、全てが、浄化された!
だが……。
『…………』
僕は、物足りなさを感じていた。
王都は、キャンバスとしては、小さすぎた。
「芸術」は、この世界全てに、平等に、均等に、等しく共有されるべきだ!
僕は王都の地下深く、魔導炉の中枢へと降り立った。
手には、エラーラの研究ノートの最終ページと、あの虹色に輝く『力の断片』が握られている。
「エラーラ先生!君の『論理』は、僕の『芸術』のために使わせてもらうよ!」
僕は、魔導炉の中枢に、エラーラの『力の断片』を再び設置した。
だが、今度の増幅率は王都規模ではない。
世界規模だ。
僕は、彼女の理論に基づき、術式を再構築した。
最期の芸術は、「恐怖」ではない!
それでは品がない!
僕の最後の「作品」は、もっと美しく、もっと穏やかでなければならない!
僕が、世界に「共鳴」させる感情。
それは……「幸福感」だ!
全人類、全生命体に、一度に致死量の「幸福」を投与する!
「魂の共鳴」
魔導炉が臨界を超えて起動し、光が天を覆い尽くした!
僕は、魔導炉を起動した!
エラーラの純粋な「力」を、全世界に解き放った!
それは、光となって天を覆った!
極北の雪国。
吹雪の中で、老婆が病の夫の手を握っていた。
その瞬間、光が二人を包んだ。
「……ああ」
夫の咳が止まった。
老婆の皺だらけの手が、温もりを取り戻す。
「おじいさん……痛くない!寒くないわ……!」
「ああ……!これが、幸福か……!」
二人は、人生で最高の幸福感に包まれた。
その幸福の絶頂で、二人の身体は、穏やかに微笑んだまま、美しい「氷の結晶」となって砕け散った。
灼熱の砂漠。
獣人たちが、水場で争っていた。
光が彼らを包む。
憎しみも、渇きも、差別も。
全てが消えた。
「……兄弟……!」
彼らは、互いに涙を流して抱き合った。
その、絶対的な「愛」の感情の中で、彼らの身体は燃え盛る「七色の炎」と化し、歓喜の叫びと共に灰になった。
紺碧の海。
漁村の母娘が、嵐に怯えていた。
光が二人を包む。
恐怖が消えた。
「お母ちゃん!海が、歌ってる!」
「ああ、なんて!安心する……!」
二人は、波の音を子守唄のように聞きながら、その身体がゆっくりと「泡」になって海に溶けていくのを、至福の表情で受け入れた。
都市も!
国家も!
大陸も!
人間も!
獣人も!
動物も!
魚も!
鳥も!
虫も!
草花も!
この星の全ての「生命」が、極限まで増幅された「幸福」に触れた!
彼らは、人生で最高の幸福の絶頂で……
苦痛も悲しみも、一切感じることなく……
ただ、穏やかに微笑みながら……
その存在を……消滅させた!
僕は、魔導炉の中枢で、その「結果」を観測していた。
『……美しい!!』
『これこそが、僕の最高傑作!!』
『この世界は、ついに完成した!!』
『大いなる沈黙!!』
世界から、生命の「ノイズ」が消えた!
風の音だけが、響いている!
やがて、その「幸福の光」の波が、観測者である僕自身にも到達した!
「……ああ!」
僕の身体もまた、足元から光の粒子となって崩壊していく。
痛みはない。
ただ、圧倒的な芸術を完成させたという達成感と、至上の幸福が僕を優しく包み込む。
芸術の完成は、芸術家自身に、最高の死を与えるのだ。
僕は、人生で最高の笑みを浮かべながら、意識を手放した。
人類は絶滅し、世界は完全なる沈黙と、美しき無へと収束した……。
……。
………。
…………。
・・・・・・・・・・
意識というものが、これほどまでに希薄で、かつ、無限に広がるものだとは、生前の私は計算すらしていなかった。
肉体という、重く、不便な殻を脱ぎ捨てた私の魂は、光の粒子となって世界中に拡散し、そして……この「無」の空間へと漂着した。
ここは、音もない。
色もない。
温度さえない。
白い、ただ一面の、白い「無」。
絶対的な静寂と、完全なる秩序だけが存在する、真理の最終定理ような空間だった。
「……フム」
私は、この無限の真空の中で、ただ、漂っていた。
争いも。
苦しみも。
非合理的な感情も。
全てが消えた。
完全なる、静寂。
完全なる、秩序。
これこそが、かつての私が求めていた「完璧な世界」そのもの……ではないのかね?
……。
………。
だが……。
なぜだ?
なぜ、この完璧な「解」を観測している私が、こんなにも……非合理的に痛むのだ?
「……おかしい」
私は、自分の意識の奥底に、ある種の「エラー」が発生していることに、気づいた。
全てが論理的に解決され、全ての苦痛が消え去ったこの完璧な世界において、ただ一つ、私の意識の中にだけ、説明のつかない「揺らぎ」が生じているのだ。
それは、悲しみではない。
それは、怒りでもない。
ただ、圧倒的な「喪失感」だった。
「私は……いったい、何を求めているのだ?」
私は、自己の意識を深く、深く、掘り下げていく。
私は最強の魔導師だった。
この世の真理を探求し、全てを理解できていると信じていた。
だが。
その私が、単純で物理的な奇襲によって、いとも容易く殺された。
それは、私が他者に対して「信頼」という非論理的な感情を抱き、警戒という論理を放棄したからだ。
【信頼】。
学問、武道、芸術。
あらゆる分野をたった一人で完璧にこなしてきた私が、最も、最も、最も軽視し、私の計算式には決して組み込まれることのなかった、不確定要素の極み。
「……フム。そうか」
私は、一つの仮説に到達した。
命とは、ただ呼吸をし、ただ細胞を分裂させ、ただエネルギーを消費するだけの、物理現象では、ないのか。
命とは、誕生から死に至るまでの、ただの、時間の経過ではないのか。
もしかして。
もしかして、命とは、「他者との摩擦」そのものなのではないか?
それらの「ノイズ」こそが、私が生きているという「実感」を構成する、不可欠な要素だったのだ。
苦痛がなければ、幸福は定義できない。
闇がなければ、光は存在し得ない。
私は今、この絶対的な虚無の中で、あのやかましく、泥臭く、非論理的で、しかし……どうしようもなく愛おしかった「ノイズ」を、いま、狂おしいほどに渇望していた!
「……私は、間違っていた」
生命とは、非合理だ。
生きる意味とは、目の前を視て、観測して、解析して……そうして……学んで……愛することだ。
ならば。
私のやることは、一つだ。
この、完璧に「論理的」になってしまった静寂の世界を。
もう一度、あの、どうしようもなく愚かで醜く、そして、美しい「非論理的」なノイズに満ちた世界へと、戻すのだ。
私は、今や、この星の「全て」となった私自身の「魂」を、収束させた。
それは、途方もない、非合理的な決断だった。
それは、再び「苦痛」と「悲哀」と「死」を、この世界に解き放つことと同義だった。
だが!
それこそが、「生命」だ。
「……フム」
私は、私の「意識」を、一つの「個」へと再構築し始めた。
それは、かつての、冷徹だった「エラーラ・ヴェリタス」とは、似て非なるもの。
人生の意味を、その魂に刻み込んだ、新しい私。
光が、集まる。
静寂の王都の、瓦礫の真ん中で。
光が、形を成していく。
褐色の肌。
銀色の短髪。
そして、真っ白な白衣。
私は、ゆっくりと目を開けた。
空には、巨大な緑の月と、小さな紫の月が、変わらずに浮かんでいた。
風が、私の新しい頬を、撫でた。
私は、自分の新しい手を、見つめた。
そして、ハスキーな声で、笑った。
「さて、と」
私は、大げさな身振りで、両腕を天に突き上げた。
「……世界の再構築、開始!」
命とは何か。
人生とは何か。
その答えは、まだ、完全には証明されていない。
だが!
この温かいノイズに満ちた世界で、その答えを探し続けること。
それこそが、魔導師エラーラ・ヴェリタスの、最後にして最大の研究なのだ!
窓の外では、夕暮れの王都が、人々の営みという美しいノイズを響かせながら、明日へと続いていく!
私は、心の底から…………笑った!
「さあて……まずは一杯の美味いコーヒーを淹れよう!……実に非合理だがね!」
こうして、私の新しい日常が、幕を開けたのである!




