第2話RE:ぼくは連続殺人鬼!
僕は、血に濡れた手から水晶の棒切れを、静かに床に置いた。
ロッドが冷たい石の床に触れ、乾いた、しかし、僕にとってはひどく心地よい音を立てる。
被検体1番、エラーラ・ヴェリタス。
仮説。
どれほど最強と謳われる個体であっても、警戒心がリセットされた状況下においては、単純な暴力によって、極めて容易に殺害することが可能である。
結果。
実証完了。
僕は、彼女の開かれたままの瞳を冷たく見下ろした。
そこには、死の瞬間まで「なぜ」という純粋な知的好奇心と、自身の死という現象すら面白がるような、狂気じみた探究心の色が浮かんでいた。
なんと美しい!
なんと完成された、芸術的な最期だろうか!
僕は顔に飛び散った彼女の返り血を、純白のハンカチで丁寧に拭い取った。
ここからが、僕の芸術の第二幕の始まりだ!
僕は、エラーラの研究室を、徹底的に破壊した!
貴重な古代魔導書が収められた本棚をなぎ倒し、机上の薬品を床にぶちまけ、窓の外壁や天井に向けて、無差別に火炎魔法を連射した!
「フム。こうかね」
僕は、彼女の生前の口癖を真似て、一人静かに微笑んだ。
研究室が小規模な爆発を起こし、真っ赤な炎が上がり始める。
よし、これで外部からの正体不明の怪物による激しい襲撃を受けた、完璧な偽装現場の完成だ。
僕は自身の服の袖を乱暴に引き裂き、割れたビーカーのガラスの破片で自分の腕に浅く、しかし出血量が多く見えるように切り傷を刻んだ。
そして、部屋の隅にある鏡の前で、恐怖と絶望に染まった、純真無垢な少年の顔を完璧に作り上げる。
準備は整った!
僕は炎上する部屋から飛び出し、王都警察の庁舎に向かって、悲痛な声を張り上げながら夜の街を走り出した!
「た、助けて!助けてくれえええええッ!」
僕は、王都の警備府に向かって、ただ、泣き叫びながら、走った!
「……タイガ君! 無事か!」
王都警察の庁舎に血まみれで転がり込んだ僕を、カレル警部が血相を変えて抱きとめた。
彼の瞳には、純粋な庇護欲と、悪を憎む正義感が激しく燃え上がっていた。
「カレルさん……!あ……ああ……!」
僕は、恐怖で声が出ない少年を、完璧に演じた。
「エラーラ先生が……!研究室に、黒い、影のような『怪物』が……!」
「怪物だと!?」
「先生は……僕を、突き飛ばして……『逃げろ!』って……!そしたら爆発が……!うわああああん!」
王都の誇りであり、いかなる犯罪者に対しても絶対的な抑止力であった最強の魔導師エラーラ・ヴェリタスの不条理な死。
僕は、あの偉大なるエラーラが命を懸けて守り抜いた「悲劇の英雄」として、王都警察の、そしてカレル警部の厳重な保護下に置かれることとなった。
「可哀想に……。あのエラーラ先生が、命懸けで……」
「きっと……特別な才能を持った子に違いない」
「カレル警部。あの子は、我ら警察が責任を持って保護しよう」
僕の新しい隠れ蓑は、「王都警察」そのものになった。
僕の新しい「被検体」は、この街の「秩序」の番人。
カレル警部。
君だよ。
僕は、カレル警部の家に引き取られた。
トラウマに怯える無垢な少年を演じながら、僕は、「芸術活動」を再開した。
最初の「作品」は、金貸しのデミトリ。
僕はギルドで「擬態スライム」を購入した。
そして、「夜吻の花弁」の毒を、皮膚吸収率が最大になるよう調合した。
客を装い、彼に毒のスライム金貨を渡す。
彼が噛んで調べるために口元へ運んだ瞬間、瞳孔が開いた。
心臓麻痺。
完璧だ!
僕は、窓枠に「夜吻の花弁」を一枚、サインとして残した。
「……殺人か!」
カレル警部が、苦虫を噛み潰したような顔で現場検証から帰ってきた。
「どうしたんですか、カレルさん?」
僕は怯えた目で、彼に温かいハーブティーを差し出した。
「ああ、タイガ君……。すまない、気を使わせて。……ひどい事件だ。高利貸しのデミトリが心臓発作で死んだ。だが、窓には奇妙な花弁が……」
「……花弁?」
「ああ。まるで見せしめだ。……タイガ君。君を襲った『怪物』と、何か……関係があるのかもしれない」
(フフフ……。観測、良好。カレル警部は、エラーラ殺害犯と、デミトリ殺害犯を、同一犯として結びつけ始めた。素晴らしい)
次の「作品」は、騎士バルト。
僕は、初級魔術「金属加熱」の巻物を購入した。
そうして、安全装置を全て解除し、熱量変換率を3000%に引き上げた。
「人間オーブン」のための、オリジナル魔術。
夕暮れの練兵場。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああッ!」
自慢の鎧の中で、彼が生きながらにして、蒸し焼きにされていく。
その音と匂い。
実に美しい!
僕はその足元に、僕が作り変えた「歪な魔術式」をサインとして描き残した。
「二件目だ!」
カレル警部は、荒れていた。
「デミトリに、バルト卿。どちらも街の鼻つまみ者だが……それにしたって殺害方法が異常すぎる!まるで、芸術家気取りの狂人だ!」
「……カレルさん」
僕は、震える声で彼に言った。
「その……『怪物』が、エラーラ先生を殺した『怪物』が、まさか……まだ、この街に……?」
「……ッ!」
カレル警部は、僕の肩を強く掴んだ。
「タイガ君、すまない!不安にさせた!だが安心しろ! この私が必ず、お前と、この街を、守ってみせる!」
僕は、カレル警部の「捜査協力」という名目で、警察の「証拠品保管室」へのアクセス権を手に入れた。
僕の「芸術活動」は順調に続いた。
街は、正体不明の連続殺人鬼の恐怖に支配された。
そして僕は、カレル警部に、僕の「天才的な洞察力」を披露し始めた。
「カレルさん。この花弁って……北の森にしか咲かないものですよね。エラーラ先生を襲った『怪物』も、森の方から来たと、僕は記憶しています」
「……なんだと!?」
「しかも、この魔術式。エラーラ先生の研究ノートにあった、古代の『熱量変換式』に、似ている気がします……。先生は、これを『危険すぎる』と、封印していましたが……」
「……まさか!」
僕は、僕が残した「パンくず」を、僕自身が「発見」して、「解説」してみせた。
カレル警部は、僕の「博識」と「鋭い洞察力」に舌を巻いた。
「タイガ君……君はすごい。エラーラ先生が命を懸けて守っただけのことはある……!君がいれば、あるいは……」
被検体2番、カレル警部。
仮説。
正義感と使命感に満ちた個体は、同情と悲劇という感情的データに対して、極めて脆弱である。




