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【5位】エラーラ・ヴェリタス/ERROR la VERITAS  作者: 王牌リウ
エラーラ・ヴェリタス短編集
29/206

第25話:迷子の記憶!

私の名はエラーラ。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。


その日、私の研究室は、閃光と轟音に包まれた。


「…チッ。失敗か」


自作の観測機が、許容量を超えるエネルギーに耐えきれず、爆発したのだ。衝撃波で吹き飛ばされ、床に倒れ込んだ私は、もうもうと立ち込める煙の中で悪態をついた。貴重な機材が、ただのガラクタになってしまったじゃないか。研究室の壁も、一部が派手に吹き飛んでいる。これでは、修理代も馬鹿にならん。


私が、身体を起こして頭を振った、その時。

吹き飛んだ壁の穴から差し込む光を背に、一人の小さな少女が、私の研究室の中を、不思議そうな顔で覗き込んでいた。服装は薄汚れ、その瞳は、どこか遠くを見ている。おそらく、爆発音を聞きつけてやってきた、近所の子供だろう。


「おい、そこの少女。ここは君のような子供の遊び場ではない。実に危険だ。さっさと出て行きたまえ」


私は、苛立ちを隠さずに、追い払おうとした。だが、少女は、私の言葉など意にも介さず、きょとんとした顔で、研究室の隅を指さした。


「お姉ちゃん、怒ってるの?でも、怒るなら、そっちのおじいさんにも言ったほうがいいよ。さっきから、お姉ちゃんの壊れた機械を見て、ずっとクスクス笑ってる」


その一言に、私の動きが止まる。


「…おじいさん、だと?」


私が振り返った先には、もちろん、誰もいない。ただ、壊れた機材の残骸が転がっているだけだ。だが、今の私には、ほんの僅かに、だが確かに「感じられる」。爆発によって拡張された私の知覚が、そこに、微弱な霊子反応…残留思念の揺らぎを捉えていた。

少女は、勝手に椅子に座り、話し続けた。


「うん。いつも。私、いつも、見えるんだ。透けてる人とか、黒いモヤモヤしたのとか。私、そういうの、得意だから」


私の口元に、笑みが浮かんだ。


(フム…ただの子供ではない。霊体を標準で認識できる、特異な知覚能力を持つサンプルか。私の実験は、失敗ではなかった…いや、この子を見つけ出したという意味では、むしろ成功とさえ言える!実に、興味深い!)


私の態度が、苛立ちから歓喜へと変わったのを、少女は敏感に感じ取ったらしい。彼女は、私の前に、てくてくと歩み寄ってきた。


「それでね、お姉ちゃん。お父さんを知らない?私、お父さんを探してるの。お父さん、私を置いて、なんだか、どこかへ行っちゃったんだ。私、怒ってるの。だから、一緒に探してくれる?」


最高の提案じゃないか。


「いいだろう!君を私の特級観測対象に任命する!君の記憶を頼りに、父親というターゲットの座標を特定する。実験開始だ!」


私は、少女…ミオを、最高の研究対象と認定。彼女の「父親探し」を、最高のフィールドワークと位置づけ、車に乗せた。


そこから、奇妙な二人旅が始まった。ミオは、子供らしい、断片的な記憶だけを頼りに行き先を告げる。


「大きくて、赤い羽根がくるくる回るところ!」


「海みたいな味のアイスを食べたところ!」


私は、その度に、彼女を風車のある丘や、港町へと連れて行った。ミオがはしゃぐ隣で、私は「この周辺の地縛霊の反応は微弱だねぇ」「なるほど、塩分濃度が涙に近い。これが、君の言う『懐かしい味』の正体か」と、サンプルの採取と分析に没頭した。

ミオは、行く先々で「あ、甲冑を着た人がいる」「水兵さんが歩いてる」と、亡霊を指さす。その度に、私は「素晴らしい!高密度の霊子反応だ!」と歓喜し、ミオに「あの霊体との対話は可能かね?」「どんな匂いがするかね?」と、矢継ぎ早に質問を浴びせた。


彼女が、時折、寂しげな顔で自分の父親の話をしても、私にとっては、それは被検体の精神状態を記録する、ただのデータの一つでしかなかった。


「おうちの近くだった、何もない、広い場所…」


ミオの最後の記憶を頼りに、私達は、とある郊外の住宅地にたどり着く。そこには、雑草が生い茂る、がらんとした空き地が広がっていた。

空き地の中心に、一人の男が、ぼんやりとたたずんでいた。背広姿の、疲れ果てた背中。


「…お父さん…!」


ミオは、そう呟くと、車から降りる。しかし、彼女は父親の元へ駆け寄らない。ただ、空き地の境界線に立ち、その背中を、悲しげな瞳で、じっと見つめているだけだった。


私は、ミオの非効率な行動に眉をひそめ、自ら男に声をかけた。


「君が、父親かね?少々、実験に協力してもらおうか」


男は、虚ろな目で私を見た。


「……?」


「君、聞こえているのか?」


「え?……ええ…」


男はやがて、ぽつり、ぽつりと語り始めた。


「父親…そうです、私は、娘の…ミオの、父親でした……あの子は…半年前、この場所で…火事で…。私が仕事でいなければ…あの子を、一人にしなければ…助けられたのに…」


その空き地は、かつて、二人が暮らした家が建っていた場所だった。

私は、全てを理解した。ミオの曖昧な記憶。彼女が亡霊を見ることができた理由。そして、父親が、彼女に気づかない理由。


亡霊が見える少女自身が、亡霊であった。

ミオもまた、父親の言葉で、全てを思い出した。彼女は、静かに涙を流しながら、父親の元へと歩み寄る。その身体は、もう父親に触れることはできない。彼女は、父親の腕に、自らの透けた頭をそっと寄せ、か細い声で、囁いた。


「どこへも行っていなかったんだね……お父さん、もう泣かないで。ミオは、大丈夫だよ。ありがとう…」


父親に会う、という最後の願い。それが果たされた瞬間、ミオの身体は、穏やかな光に包まれ、まるで陽炎のように、静かに、空へと消えていった。


後には、一人、空き地に崩れる父親と、その光景をただ、じっと見つめる私だけが残された。



研究室に戻った私は、研究日誌を開く。


「実験は、失敗、いや…成功だ。あの爆発は、失敗ではなかった。私の知覚は、確かに「拡張」されていたのだ。亡霊が見える特異サンプルは、ミオではなかった。ミオという名の亡霊を「観測」できていた、この私自身だったのだ。」


私は、ペンを置くと、ミオが座っていた椅子の方を、一瞬だけ、振り返った。

そして、日誌に、最後の一文を、静かに書き加えた。


「…実に、静かな実験だった」


その言葉に、どのようなデータが、どのような感情が込められていたのか。それを知る者は、私自身をおいて、誰もいなかった。

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