第1話RE:処刑場に集まる知性!
雨が、降っていた。
王都北部山岳地方特有の、重く、冷たく、思考そのものを鈍らせるような雨だった。
私は、探偵アガサ。
この陰鬱な長旅の理由は、一通の招待状。
『真実を追う者よ。その類稀なる慧眼を拝借致したく』
差出人の名は、なかった。
インクの滲みを許さない、ゼランティア産の高価な羊皮紙だけが、この招待の裏にある、並々ならぬ意図を物語っていた。
馬車が停止し、私は、重い石造りの館の前に降り立った。
分厚い扉は、私が手を触れる前に、自動で開いた。
内部は、外観に反して明るかった。
高い天井からは、巨大なシャンデリアが吊り下がり、大理石の床を白色に照らしている。
大広間には、すでに大勢の男女が集まっていた。
「アガサ。君も呼ばれたのか」
その声に、私は張り詰めていた息を小さく吐き出した。
「アラン?」
アラン・グレイ。
王都警察の嘱託探偵であり、私の数少ない友人だ。
「壮観だねえ」
アランが苦笑混じりに周囲を示す。
「これだけの『探偵』が一堂に会するとは」
私は、集まった顔ぶれを値踏みする。
鷲鼻の厳格そうな老人、ヴァレリウス卿。
王都ソフィア大学の論理学教授。
「歩く法典」と呼ばれる男だ。
全身を鎖帷子で覆った屈強な女騎士、ブリジッタ。
荒事専門の賞金稼ぎ、兼、探偵。
絹のドレスをまとった妖艶な美女、セラフィナ。
魔力探知の専門家。
壁際で分厚い書物を読みふける青年、コーヴァス。
彼はあらゆる文献を記憶している。
腰のベルトに無数の工具を吊るした小柄な男、サイラス。
罠の解除を得意とする。
常に薬品の匂いを漂わせる教授風の男、フィニアス。
毒物分析の権威。
ホールの影に佇む、性別不詳の人物、ノクターン。
情報収集の専門家。
大声で持論を振りまいている恰幅のいい紳士、マグナス。
尋問術の達人。
そして、腕を組んで全員を眺めている男、ルーク。
魔術無効化の専門家だ。
私、アラン、そして今挙げた九人。
これで十一……。
招待状には「十二人の探偵」とあったはず。
その時、私は気づいた。
彼ら「探偵」の輪から少し離れた窓辺に、その女は立っていた。
十二人目。
褐色の肌に、白銀の髪。
何より目を引くのは、その服装だった。
私たち探偵が皆、正装であるのに対し、彼女はまるで……医師が着るような、白衣を身につけていた。
そして、理不尽なまでの豊満な胸と……腹の起伏。
誰なんだ?
私の視線に気づいたのか、女がゆっくりとこちらに向いた。
息が、詰まった。
その瞳には、恐怖も、緊張も、社交辞令の笑みもない。
ただ、知性と、純粋な好奇心だけが輝いていた。
その時だった。
低い地響き。
次の瞬間、入り口の扉が、凄まじい速度で閉じた。
館全体を揺るがすような閉鎖音と共に、扉の縁が青白い魔力の光を放ち、古代文字が浮かび上がった。
「なにっ!?」
ブリジッタが剣の柄に手をかける。
だが。
白衣の女、エラーラ──と彼女は後にいった──は、探偵たちには目もくれず、青白く光る扉に近づいた。
「フム……。高密度の魔導障壁だね!術式の基盤は古代言語。物理的干渉は無意味。実に興味深い!」
そのエラーラが、ホールの中心を指差した。
そこには、先ほどまで存在しなかったはずの黒檀の書見台が、いつの間にか出現していた。
そして、その上には一冊の分厚い本が置かれている。
アランが恐る恐る近づき、その背表紙を読み上げた。
「『十二人の探偵』……?」
不吉な題名。集められたのは、私たち十二人。
「馬鹿馬鹿しい!」
ロード・ヴァレリウス卿が、怒りに顔を赤くして書見台に近づいた。
「こんな子供騙しの脅しに、この私が怯えるとでも?」
彼はそう言いながら、乱暴に本の表紙を開き、第一章の冒頭を読み上げ始めた。
「『第一の犠牲者は、傲慢な老賢者。その知恵は、天から降り注ぐ『光』によって潰される。大広間のシャンデリアの下、砕け散った水晶と共に、彼の論理も……」
その言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
天井から、金属が引き千切れるような、嫌な音が響いた。
巨大な水晶のシャンデリア。
その根本を支えていた鎖が、弾け飛んだ。
水晶の塊が、轟音と共に落下する。
「危ないっ!」
アランが叫ぶ。
だが。
凄まじい衝撃音。
大理石の床が砕け、無数の水晶片が四方へ飛び散った。
私の頬を破片が掠める。
埃がゆっくりと晴れていく。
そこには、無残に砕け散ったシャンデリアの残骸と、その下敷きになり、大理石模様の一部と化した、ヴァレリウス卿の姿があった。
「ひっ……!」
セラフィナが口元を押さえる。
「呪いだわ……」
彼女が、震える声で呟いた。
「本に書かれた通りのことがおきた!つまり、これは呪いよ!」
「いいや。呪いではないね!」
その声は、エラーラだった。
彼女は、恐怖に震える私たちとは対照的に、瞳を輝かせ、天井の鎖が繋がっていた基部の残骸を見上げていた。
「探偵諸君。『呪い』と断定するのは、あまりに早計……とは、思わないのかね?」
彼女は、ヴァレリウス卿の亡骸を一瞥した。
「見たまえよ。これは音響式の魔導罠だ。特定の『鍵』によってのみ留め金が外れるよう設計されている。そして、その『鍵』とは……」
彼女は、ヴァレリウス卿の最期の言葉をなぞった。
「おそらく、『単語の組み合わせ』と『周波数』こそが、トラップの起動キーだったのだろう。この小説は『予言書』などではない。被害者の特定の行動を誘導するための、『指示書』なのだよ」
私たちは、エラーラの論理に絶句した。
「ふざけるな!」
沈黙を破ったのは、女騎士ブリジッタだった。
彼女は、怒りを剥き出しにしていた。
「こんな、子供騙しの罠、私が叩き壊してやる!」
「待て、ブリジッタ!」
アランが制止する。
「一人で動くな!犯人の思う壺だぞ!」
「なら、お前たち軟弱者は、ここで震えていろ!」
彼女は私たちを振り切り、ホール西側にある、小さな鉄の扉に向かった。そこには、古代文字で書かれた防御術式が刻まれている。
「これは警備兵用の抜け道だ!私の腕力でこじ開けてやる!」
ブリジッタは、その鋼鉄の篭手で鉄の扉を掴み、全身の力を込めた。
その瞬間。
凄まじい放電音と共に、ブリジッタの全身から青白い電光が迸った。
「み……っ!?」
彼女は、悲鳴を上げることすらできず、鎧を赤熱させ、黒焦げになってその場に崩れ落ちた。
「……雷!?」
コーヴァスが、震える声で呟いた。
私たちは、ホールから『十二人の探偵』を持ってきた。第二章のページ。
『第二の犠牲者は、屈強なる腕。その剛力は古の守護になすすべなく、西の回廊にて雷に呑まれる』
「……記述通りだ……!」
対魔術師のルークが、警戒しながらブリジッタの死体に近づき、眉をひそめた。
「しかし、おかしい。扉の古代文字は防御術式だ。致死性の『雷』を放つ効果はない。これは、何か別の……」
「『回路』さ」
いつの間にか、エラーラが私たちの後ろに立っていた。
彼女は、ブリジッタの死体には目もくれず、周囲の壁と床を丹念に調べている。
「この術式自体は『雷』じゃあない。それは、彼女が『触れる』ことを期待されて設置された『スイッチ』に過ぎない」
エラーラは、壁の継ぎ目から剥き出しになっていた、一本の古い魔導線を指差した。
「犯人は、この回廊の主電源を、この鉄の扉に直結させた。そして、この床石に、アースとは逆相の魔力を流した」
彼女は、紅い瞳で私たちを見据えた。
「これだけでは何も起こらない。だが、そこに『彼女』が入ってきた。全身を『鎧』という、極めて伝導率の高い物質で覆った彼女が。そして、『金属の靴底』で帯電した床に立ち、『金属の手』で、帯電した扉に触れた。つまり、回路だ。」
ブリジッタの「剛勇」の象徴であった「鎧」そのものが、彼女を殺すための最適な「導線」として、犯人に見定められていたのだ。
一瞬にして、二人が死んだ!
残るは、十人!
恐怖が、ホールを支配した!
その時!
マグナスが、エラーラを指差した!
「貴様!」
「フム?」
「貴様だ、エラーラ!貴様は、この異常な状況を理解しすぎている!まるで、自分が仕掛けた罠の成果を確認するかのように……貴様は、軽々とトリックを暴いてみせた!」
その言葉に、私たちはハッとした。
そう、彼女の知識は異常だ。
アランが、私を庇うように一歩前に出た。
「マグナス議員の言う通りだ。君はこの中で、唯一誰とも面識がない。そして、君はこの惨劇を『興味深い』と言った。『興味深い』となあ!つまりだ。……君が、犯人なんだろう?」
十人の探偵の、疑念と敵意に満ちた視線が、エラーラ一人に集中する。
白衣の女は、この状況下ですら……楽しげに口元を歪めた!
「なるほど。確かに、私が犯人であるという仮説。蓋然性は、確かに高いね!」
「はああああ??……貴様、認めるのか!?」
「いやいや。私の専門分野は『真実』の解読だ。そしてこの館は、私がこれまで出会った中で、最も美しく、最も知的な『謎』だ!」
彼女は、私たち一人一人を順番に、品定めするように見つめた。
「この『霧中館』は……おそらく、壮大な『劇場』だ。犯人は、我々がいかにしてこの『死の迷路』を踏破するかを、最前列で観測している。フフフ!……だからこそ。だからこそだ!私もまた、犯人を、最前列で観測させてもらうよ……!」
「劇場だと!」
私は、彼女の非人間的な感性に戦慄した!
彼女の冷たい笑み!
それは、私たち生存者全員に対する、宣戦布告のように思えた……!




