第15話:世界を救え!(ブラックコメディ)
世界の終わりまで、あと、二十八日。
我々が解き放ってしまった灰色の災厄は、風に乗って世界へと拡散していった。
ケンジは、もう、軽々しく「命を救いたい」とは口にしなくなった。
アリアは、守るべき民を失い、その剣の重さに、ただ黙って耐えていた。
そして私は、自らが生み出した、この完璧なまでに救いのない結末という名の「解」を、反芻し続けていた。
だが、私の思考は、絶望という非合理的な感情に浸ることを許さなかった。
「…見つけた」
私は、古代の文献の断片から、一つの可能性を発見した。
それは、「灰色の病」のウイルスの、唯一の構造的弱点となりうる、特殊な光合成を行う、伝説の植物。その名は、「陽光草」。
我々の旅に、再び目的が生まれた。
いや、それは目的というよりは、罪を償うための苦役の始まりだった。
我々は、陽光草が自生するという最後の秘境、「流木の共同体」へと足を踏み入れた。
そこは、国家というシステムが崩壊した、無秩序の地。故郷を失った難民たちが寄り集まってできた巨大なスラムだった。泥と汚水にまみれた道、スクラップでできた歪な家々、そして、人々の瞳に宿る、その日暮らしの刹那的な欲望と、隣人への根深い不信感。
陽光草が自生するという「嘆きの谷」へ向かうには、一つの古い吊り橋を渡る必要があった。だが、その橋は、二つの村「東の村」と「西の村」の、共同管理となっていた。そして、彼らは「橋の通行料をどちらの村が徴収するか」という、些細な利権を巡って、何ヶ月も争い続けていたのだ。
「皆さん、落ち着いてください!」
ケンジが、必死に仲裁に入る。
「世界が、世界が今、滅びかけているんです!橋の一本で争っている場合では…!」
だが、東の村長は、唾を吐き捨てて言った。
「世あの西の強欲な連中が先に我々に頭を下げ、通行料の権利を譲ると言えばそれで済む話だ!」
西の村長も、負けてはいない。
「橋の土台は我々の土地に多くかかっている!通行料は我々が徴収するのが、道理だ!」
私は、その光景を、冷徹に分析していた。
「実に興味深い。生存という最上位の目的関数を、所有権という下位の社会的概念が上書きしている」
我々が、その不毛な議論に時間を浪費している隙に、我々の貴重な食料と装備は綺麗さっぱり盗まれてしまった。
そして、口論はやがて殴り合いの喧嘩へと発展した。その騒ぎの中で、誰かが倒した焚き火の火が、乾燥した橋桁に燃え移り、村で唯一の橋はあっけなく燃え落ちた。
「異邦人が来たせいで、橋が燃えちまった!」
「こいつらが、厄災を運んできたんだ!」
彼らは、自らの愚行を棚に上げ、全ての責任を我々になすりつけた。我々は、石を投げつけられながらその場を追われた。目的地を目前に、数日もの遠回りを強いられることになったのだ。
橋を失い、別のルートを模索する我々は、山道を通るため、その地を支配する元騎士のウォーロード、バルトゥスに許可を求めなければならなかった。彼は、アリアがかつて王国騎士団に所属していたことを知ると、目を輝かせた。
「ほう、貴様がかの有名なアリア・フォン・クライフォルトか。そして隣の女は、世界を救ったという大賢者、エラーラ・ヴェリタス。よかろう。通してやる。だが、一つ条件がある。我が騎士団の名誉のため、我が最強の騎士、ヴォルフラムと、御前試合にて立ち合ってもらおう!」
アリアが怒りを込めて反論した。
「我々には急ぐ理由がある。世界の命運がかかっているのだ」
だが、バルトゥスは、その言葉を鼻で笑った。
「世界の命運と、騎士の誇り、どちらが重いと申すか!この私への侮辱、決闘でそそぐしかあるまいな!」
その、あまりにも救いようのないプライド。
我々は、そのくだらない茶番に付き合わされることになった。
決闘は一方的だった。アリアは相手を傷つけぬよう手加減していた。だが、ヴォルフラムは、己の名誉のため、死に物狂いで斬りかかってくる。やむを得ず、アリアは、彼の剣を弾き飛ばし、その喉元に、切っ先を突きつけた。
勝敗は、決した。
だが、その夜、ヴォルフラムは自害した。敗北の恥辱に耐えられなかったのだ。
翌朝、バルトゥスは、血走った目で我々の前に現れた。
「貴様が、我が最高の友を殺した!その冷酷な剣技で、彼の誇りを汚したのだ!出ていけ!」
我々は、更に数日を無駄にし、新たな敵意を背負い、ただただ、追放された。
苦難の末、我々はついに陽光草の群生地を発見した。だが、その群生地は、一人の強欲な商人によって、根こそぎ買い占められていた。彼は、病が蔓延しきった後、この草を高値で売りさばき、世界の王になるのだという、愚かな妄想に憑りつかれていた。
「人々の命がかかっているのです!どうか、分けてください!」
ケンジは、土下座をして、懇願した。
だが、商人は、金貨の袋を弄びながら、下卑た笑みを浮かべるだけだった。
「お前たちは幾ら支払えるのかね?対価が、支払えるのかね?」
その夜、我々は、陽光草を盗み出す計画を実行した。だが、商人は、それを読んでいた。倉庫には、巧妙な罠が仕掛けられており、我々は、警備の傭兵たちと、戦闘にならざるを得なかった。その乱戦の最中、誰かが倒したオイルランプが乾燥した薬草の山に燃え移った。
倉庫は、一瞬で、炎の海と化した。
人類を救うかもしれなかった唯一の希望は、一人の人間の、くだらない独占欲によって、そのほとんどが、灰と化した。
我々が、命懸けで持ち出せたのは、黒焦げになった、僅かな切れ端だけだった。
「…もう、これしかない」
残された、僅かな陽光草。これを、合成増殖させるしかない。エラーラは、小さな村で廃屋を借り、即席のラボを構築した。
だが、その村は、全ての科学と魔術を「不浄」とする狂信的な教団に支配されていた。
「おお、旅のお方。あなた方も神の御業にすがるのですな。さあ、全てを捨て祈りなさい。さすれば魂は救われん」
教祖は、穏やかな笑みを浮かべていた。だが、その瞳の奥は、狂信の光で濁っていた。
我々は、彼らの信仰を刺激せぬよう、息を潜めて、研究を続けた。
だが、ある夜、我々のラボに、教団の者たちが、松明を手に押しかけてきた。
「見よ、兄弟たち!この者たちは、神の創造物たる薬草を、不浄なるフラスコの中で煮詰め、神の領域を侵そうとしている!悪魔の所業なり!」
彼らは、エラーラの、人類最後の希望とも言える実験器具を次々と破壊し、貴重な研究ノートを燃やし尽くしてしまった。
彼らは、晴れやかな顔で祈りを捧げていた。
「神よ。我らは、この村を、科学という名の穢れからお守りいたしました…」
彼らにとって、世界の滅亡よりも、信仰を守ることの方が、遥かに、重要だったのだ。
ラボが狂信者の手によって灰燼に帰した時、私は、初めて純粋な殺意という非合理的な感情データが、自らの思考回路を占有するのを観測した。
だが、感傷に浸っている暇はない。我々は、残された僅かな陽光草のサンプルを手に、次の研究施設となりうる場所を求め、流木の共同体の、さらに深奥部へと足を進めざるを得なかった。
我々が流れ着いたのは、この地域で最大規模の難民キャンプだった。何千もの汚れたテントが、泥濘の中にひしめき合い、そこは、病と、飢えと、そして、行き場のない人々の絶望が凝縮された、巨大な培養皿のようだった。
「ひどい…。ここには、医者が一人もいないのか…」
ケンジが、呻くように言った。キャンプの中では、ありふれた感染症や栄養失調で、人々が、まるで消耗品のように、次々と死んでいっていた。
その中で、唯一、「ヒーラー」として、人々から神のごとき崇拝を集めている男がいた。薬草師モルデカイ。彼は、古くからの民間療法と、カリスマ的な弁舌だけで、この絶望的なコミュニティの、精神的支柱となっていた。
ケンジは、その惨状を見過ごすことができなかった。彼は、残された医療品を使い、人々を救い始めた。モルデカイが「神の思し召しだ」と見捨てた、高熱にうなされる子供を、的確な診断と薬草の調合で、一晩で回復させてみせた。
その善意は、キャンプの人々の、熱狂的な感謝となって、ケンジに降り注いだ。
「聖者様だ!」
「本物の救世主が現れた!」
だが、その感謝は、同時に、モルデカイの、ちっぽけなプライドを、深く、そして、致命的に傷つけた。
ある夜、モルデカイが、ケンジの粗末なテントを訪れた。
「…よそ者、よ。お前、何様の、つもりだ」
その声は、嫉妬の炎で、どろどろに煮詰まっていた。
「ここは、俺の、場所だ。俺が、ここの、連中の、魂を、導いて、きたんだ。お前の、ような、得体の、知れない、妖術使いに、それを、掻き乱されて、たまるか」
ケンジは、必死に、協力を申し出た。
「違うんですモルデカイさん。私はあなたと争うつもりは…。あなたの、この土地の薬草に関する知識と、私の医学を合わせれば、もっと、多くの人を救えるはずです!」
だが、モルデカイは、その言葉を鼻で笑った。
「救う、だと?馬鹿を、言え。俺は、こいつらを、救っているん、じゃない。支配して、いるんだ。恐怖と、そして、ほんの、少しの、希望でな。お前は、その、バランスを、壊した。だから、お前は、ここで、偽物の、聖者として、死ぬんだ、よ」
その日から、モルデカイの、陰湿な妨害が始まった。彼は「ケンジの薬は、魂を蝕む呪いだ」という噂を流し、ケンジが処方した薬に、微量の毒を混ぜ込み始めたのだ。ケンジを信じた人々は、原因不明の腹痛や麻痺に苦しみ、そして、再び、モルデカイの元へと戻っていった。
「やはりモルデカイ様だけが我々の救い主だ!」
「あのよそ者は悪魔だった!」
ケンジの善意は、感謝と共に、最も醜悪な裏切りとなって、彼の心を、深く抉った。
キャンプを追われるように去った我々の前に、今度は、別の狂信者たちが現れた。彼らは、自らを「静寂の使徒」と名乗り、「灰色の病」を、神が与えたもうた「究極の救済」だと信じていた。
「苦しみも悲しみも、欲望もない、静かなる水晶の世界こそ、我々が到達すべき、最終的な進化の形なのです」
彼らは、恍惚とした表情で、そう語った。
我々が、次の目的地への道を急いでいると、彼らは、我々の前に、立ちはだかった。その先は、「灰色の病」の胞子が、最も濃密に漂う、汚染された沼地だった。
「何をする気だ!その先は、死の土地だぞ!」
アリアが、剣を抜き、警告する。
だが、使徒のリーダーである、若い女は、穏やかに微笑んだ。
「死?いいえ、騎士様。これは、再生です。我々は、この肉という名の檻を捨て、神聖なる水晶の体を得るのです。さあ、あなた方も、我々と共に、真の救済へと旅立ちましょう」
彼らは、おもむろに、自らの衣服を脱ぎ捨て、汚染された沼地へと、歩み始めたのだ。
そして、彼らは、我々を「祝福」しようとした。一人の感染者が、そのキメラ化しかけた腕で、私を、抱きしめようとしてきたのだ。
「さあ、あなたにも、静寂の祝福を…!」
「やめろ!」
アリアが、私を突き飛ばし、その感染者を、剣の柄で打ち据える。
彼らは、自らの善意で、我々を汚染しようとしてくる。
我々は、自らの身を守るためだけに、暴力で退けるしかなかった。
彼らは、我々に打ちのめされながらも、その瞳に、恍惚とした光を宿していた。
「ああ…!聖なる試練!我らの信仰は、本物だ…!」
その、あまりにも歪んだ感謝の言葉は、我々の魂を、疲弊させるには、十分すぎた。
我々は、代替薬の鍵となる、希少な鉱石「月長石」を求め、新たな土地へとたどり着いた。だが、そこでもまた、人間の、あまりにもくだらない愚かさが、我々の前に立ちはだかった。
月長石は、その土地の共有財産である、古い鉱山からしか産出されなかった。だが、その土地の共同体は、「公平」という概念を、神聖視する、奇妙な掟に支配されていた。
私が、研究に必要な分だけの鉱石を採掘させてほしいと申し出ると、村の長老たちは、義憤に燃えて、我々を取り囲んだ。
「その恵みは、神が我々全員に等しく与えたもうたものだ!独り占めは許さん!全ての民に、平等に分配されるべきだ!」
私が「この鉱石は、特殊な錬金術で処理しなければ、人体に有害な毒だ」と、論理的に説明しても、彼らは聞く耳を持たない。
「強欲なよそ者の言い訳には屈さない!我々には、我々のやり方がある!」
結局、採掘された全ての月長石は、村人全員に、平等に、分配された。そして、彼らは、それを、ただの石ころとして、家の飾りにしたり、子供のおもちゃにしたり、あるいは、ただの重石として使ったりした。
人類を救うかもしれなかった、最後の希望。それは、彼らの、あまりにも愚かで、独善的な「公平」という名の正義によって、ただのガラクタと化した。
我々の旅路は、もはや希望を探す巡礼ではなかった。それは、無数の、人間の愚かさという名の地雷原を、一歩一歩、進むだけの、苦役に満ちた敗走だった。
最後の望みをかけ、我々は、治療薬の合成に不可欠な、特殊合金「静寂鋼」を鍛造できるという、唯一の人物の元を訪れた。山脈の奥深くに工房を構える、ドワーフの頑固なギルドマスター。
「…小娘、お前に何がわかる!」
彼は、エラーラが提示した、完璧な理論設計図を、一瞥しただけで、暖炉へと投げ捨てた。
「この金属はな、数式なんぞじゃ生まれんわい!千年の伝統、我が一族の魂、そして、良質なエール!それがなければ、ただの鉄クズじゃ!お前のその小綺麗な手と頭で、我らの仕事を侮辱するな!」
ケンジが「世界のためだ」と説得しても、アリアが「これは命令だ」と威圧しても、彼のくだらないプライドは、びくともしない。彼は、世界の滅亡よりも、自らの職人としての矜持を、優先した。我々は、更に数日を無駄にし、何の成果も得られずに、その工房を後にした。
エラーラは、別の手段を考案した。合金がなければ、生物の触媒を使えばいい。彼女の分析によれば、特定の毒トカゲの持つ酵素が、代替品となりうるという。
ケンジが、その獣医師としての知識を総動員し、三日三晩かけて、ようやくその希少なトカゲを捕獲した。
だが、我々の前に、村人たちが立ちはだかった。彼らは、自らを「森の友」と名乗る、感傷的な動物愛護主義者たちだった。
「この森の全ての命は神聖です!あなた方に、その命を弄ぶ権利はありません!」
彼らの義憤。ケンジは、涙ながらに訴えた。
「分かってください!この子の命を少しだけ借りなければ、何億という人の命が失われるんです!」
だが、彼らは、トカゲを取り上げて、こう答えた。
「命に大小などありません!あなた方は、自分たちの目的のために、弱い者を犠牲にする悪魔です!」
その夜、トカゲは彼らのキャンプから逃げ出した。
翌朝、森の中で、そのトカゲは、より大型の捕食者に食い殺され、無残な骸となって発見された。彼らの独善的な正義は、最悪の結果だけを生み出した。
「…もう、これしかない」
エラーラは、最後の手段として、極めて不安定で、危険な錬金術による、触媒の人工合成を試みることにした。我々は、人里離れた洞窟に、最後のラボを構築した。
だが、我々の動きは、あの終末論カルトに、完全に捕捉されていた。
実験が、最も精密な制御を必要とする、最終段階に差し掛かった、その時。洞窟の入り口から、彼らが、聖歌を歌いながら、現れた。
「悪魔の子らよ!神の計画を妨げる、その忌まわしき儀式を、我らが聖なる魂をもって、浄化せん!」
彼らは自らの身体を、祭壇の上の生贄のように、エラーラの実験装置へと、次々と飛び込んできたのだ。
「やめろ!」
アリアとケンジが、必死に彼らを制止する。だが、彼らは、恍惚とした表情で叫ぶ。
「我らは殉教者となる!この身を捧げ世界の浄化を成し遂げるのだ!」
その、狂信による妨害は、地獄絵図だった。我々は、自ら死のうとする人間を、ただ、生かすためだけに、必死で戦わなければならなかった。
幾多の過ちと、無数のくだらない妨害の末、我々の心身は、ボロボロになっていた。それでも、我々は諦めなかった。
そして。
ついに私は、不完全ながらも、ついに、ついに、暫定的な治療薬のプロトタイプを完成させたのだった。
だが、我々を待っていたのは、最も陰惨で、最もくだらない、最後の裏切りだった。
我々の前に、彼が現れた。旅の途中で唯一、我々の理念を理解してくれた、元王立アカデミーの学者、フェリクス。彼は、我々の無事を喜び、その隠れ家を最後の研究施設として提供してくれると、申し出てくれた。
「ありがとう、フェリクスさん。あなただけが、我々の、最後の、希望です。」
ケンジは、心から彼に感謝した。
だが、その翌朝。
フェリクスの姿は、治療薬のプロトタイプと、エラーラの全ての研究データと共に、消えていた。
机の上に、一枚だけ、書き置きが残されていた。
『英雄殿へ。君たちの理想は美しい。だが、この滅びゆく世界では、理想は腹の足しにはならない。先日、とある国の武器商人が、私に、素晴らしい提案をしてくれた。君たちの研究データを渡せば、私の家族に、安全な暮らしを保証してくれる、と。許してくれとは言わない。だが、私にも、守るべき家族がいるのだ』
彼の裏切りに、悪意はなかった。ただ、自分の家族を守りたいという、人間的な、愛があっただけ。
英雄たちの、血と涙と犠牲に満ちた旅路の成果は、たった一人の男の「愛」のために、全て、売り渡された。
我々は、全てを失った。
場末の酒場。
そこに、三つの、魂の抜け殻が座っていた。
壁に設置された古い魔法の水晶板が、遠い国のニュースをぼんやりと映し出している。
そこでは、フェリクスから治療薬を買い取ったとある国の独裁者が、高らかに演説していた。
『――国民よ!我々は、神の病「灰色の病」を克服する、唯一の治療薬を手に入れた!我が国にひざまずき、すべての財を譲渡する者にのみ、救済の道は開かれん!』
人類を救うはずだった希望は、新たな支配の道具へと変わり果てていた。
我々が犯した過ちの真実を知る者は、我々を裏切ったフェリクスただ一人。
だが、彼はもう、我々の手の届かない、遠い国へと消えてしまった。
酒場の中では、男たちが、相も変わらず、くだらないことで罵り合っている。
世界の終わりが、すぐそこまで迫っているというのに。
ケンジは、泣かなかった。
アリアは、怒らなかった。
私は、何も分析しなかった。
我々の魂は、完全に摩耗しきった。
我々は世界を救おうとした。
だが、世界は、救われることなど望んではいなかった。
その、あまりにも陰惨で、あまりにもくだらない唯一の真実だけが、我々の間に横たわっていた。
世界は、ゆっくりと、しかし、確実に、滅びていく。
そして、その罪を、その痛みを、知る者は、もう、この世界に、我々三人しか、残されていなかった。
世界の終わりまで、あと、二十八時間。