小さな私と大きな世界!
その日。
私は、前代未聞の実験に臨んでいた。
この世界の物理法則や魔術法則を定義する、宇宙の根源的な定数…いわば「世界の設計図」に直接干渉し、魔力効率を0.01%だけ向上させるという、神への挑戦ともいえる傲慢な試みだった。
「この非効率な宇宙を、私が最適化してやろうじゃないか……!」
私が自作の「定数干渉機」を作動させた瞬間、凄まじいエネルギーが逆流した。
それは爆発ではない。
全ての光と音を飲み込むような、静かで冷たい奔流となって、私自身に吸収されたのだ。
装置は沈黙し、何の成果も得られなかった。
「……失敗か」
私は舌打ちし、その日は眠りについた。
翌朝、異変に気づいた。
いつも使っている珈琲カップが、やけに大きく重く感じる。
研究室の白衣に袖を通すと、袖が指先まですっぽりと隠れてしまった。
「疲労による、認知のバグ……かねぇ」
私はまだ、事の重大さを理解していなかった。
だが、現象は日を追うごとに加速していく。
一日で、私の身長は成人女性から、10歳の少女ほどになってしまったのだ!
本棚の一番上の本を取るのに、椅子を使わなければならない。
街を歩けば、人々が巨人に見える。
天才科学者エラーラの、プライドを著しく傷つける事態。
しかし、それ以上に、私を苛立たせたのは、その圧倒的な「非効率さ」だった。
「……このままでは、研究にならん」
原因を特定するためには、外部環境の基準値データが必要だ。
私は、仕方なく、子供サイズの身体に深々とフードを被り、街の中心部にある標準魔力測定所へと向かった。
しかし、私のその姿を、街の人間たちが見逃すはずもなかった。
特に、私の熱狂的な信奉者たちが。
「きゃー!見て!エラーラ様よ!」
「まあ、なんて可愛らしいお姿に!どうなさったのですか!?」
数人の若い女性たちが、私を取り囲み、目をキラキラと輝かせている。
「どきたまえよ、モルモットたち。いや、今は私がモルモットなのか!?……とにかく!」
私の声には、今や、何の迫力もなかった。
「そのミニチュアの白衣、特注ですか?すごくお似合いですわ!」
「ま!お顔をしかめても、愛らしいですこと!」
「な、撫でてもよろしいかしら?」
女の一人が、私の頭に手を伸ばしてくる。
私は咄嗟にそれを叩き落としたが、内心は、屈辱と焦りで煮えくり返っていた!
私の存在そのものが、この宇宙の定規から外れ、刻一刻と消滅に向かっているというのに、この女たちは、私を愛玩人形のように扱っている!
これほどの屈辱が、かつてあっただろうか!
私は、嬌声の嵐から逃げ出して研究室に駆け込むと、内側から厳重に鍵をかけた。
もう、一歩も外には出られん。
私は、この屈辱的な状況の中、持ち前の頭脳で自らを分析し、原因を完全に特定した。
やはり、昨日の実験の失敗により、私の「縮尺」が、世界の基準から切り離されてしまったのだ。
「このままでは、私は原子よりも小さくなり、やがては消滅する、と。……なるほど、実に面白いじゃあないか!」
解決策はただ一つ。
もう一度「定数干渉機」を起動し、自らの「縮尺」を、世界の基準値に再同期させること。
しかし、今の私は身長30センチほどの人形サイズ。
装置の起動スイッチは、私にとっては、遥か天上の崖の上にあるも同然だった。
だが、この私を、誰だと思っている?
私は、自らの研究室全体を、一つの巨大なピタゴラ装置へと作り変え始めた。
魔術で本をドミノ倒しにし、薬品棚の瓶を倒す。
こぼれた薬品が化学反応を起こし、その蒸気圧で歯車を回し、巻き上げていた糸を解き放つ。
その先に結ばれていた銀のナイフが、振り子のように振れて、遠くの魔力ケーブルを切断する……
何時間にもわたる、天才的な知略と、人形サイズの肉体を駆使した涙ぐましい努力の末、ついに、全ての準備が整った。
あとは、私が装置の中心に鎮座する巨大な魔導書の上にたどり着き、最初のドミノを倒すだけだ。
私が、息を切らしながら、最後の目的地にたどり着いた、まさにその瞬間だった!
研究室の扉がノックされた。
「エラーラさまあん?いらっしゃいますの?先日のお姿が心配で、差し入れを持ってきましたのん!」
無遠慮に鍵が開けられ、あの女たちが研究室に入ってきた。
「まあ、エラーラ様、お留守のようね。それにしても、ずいぶん散らかっていること……」
女の一人が、私の完璧なピタゴラ装置……床に並べられた本のドミノを見て、首を傾げた。
「本が倒れそうだわ。危ないから、直しておきましょう」
そう言って、彼女はドミノの要である本の一冊に、無慈悲に手を伸ばした。
「やめろォッ!」
私の、人形サイズの絶叫など、彼女たちには届かない。
万事休す!
その時、別の女が、魔導書の上に立つ私を見つけた。
「わ。……。……見て!なんて可愛いお人形さんかしら!エラーラ様のお土産かしら?」
巨大な手が、私を捕まえようと、上から迫ってくる!
私は迫りくる巨人の手を紙一重でかわすと、最後の力を振り絞り、音響魔術を放った。
それは、彼女の耳元で、ガラスを引っ掻くような、甲高い不快音を発生させた。
「きゃあっ!?」
驚いた女は、持っていた差し入れのバスケットを取り落とす。
重いバスケットは、床に叩きつけられ、中からリンゴが数個、勢いよく転がりだした。
そのうちの一つが、私の計算通り……いや、計算にはなかったが、まあ、結果的に、私の組んだピタゴラ装置の、予備の起動スイッチとして配置しておいた、別の薬品瓶に命中した!
瓶が倒れ、連鎖反応が始まる!
本が倒れ、薬品が混ざり、歯車が回り、糸が引かれて……!
「な、なによこれぇ!?」
呆然とする女たちを尻目に、私は急いで魔導書の上に戻った!
そして、最後のスイッチが押され、定数干渉機が起動した!
再同期のためのエネルギーが、小さな私へと降り注ぐ!
閃光!
気づくと私は、元の姿に戻っていた……!
目の前には、腰を抜かして、「可愛い魔法人形」が、フルサイズの、しかも極めて不機嫌な顔をした、このエラーラ様本人に変身したことに、声も出せずにいるファンどもがいる。
私は、めちゃくちゃになった研究室を見渡し、研究日誌にペンを走らせた。
「結論。宇宙の改変は、極めて興味深い副作用を伴う。しかし、システム自体は、正常に動作することが確認された」
私は、ペンを止めると、気絶しかけているファンどもを一瞥し、恍惚とした表情で呟いた。
「フフフ……この縮小現象、再現性があれば……何かに……面白い応用ができそうだねぇ……!」




