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【5位】異世界探偵エラーラ・ヴェリタス  作者: り|20↑|札幌
エラーラ・ヴェリタス短編集
13/208

第9話:大きな世界!

私の名はエラーラ。私の全ての行動原理は、ただ一つ。「知的好奇心」。未知の現象、未知の法則、そして、未知なる人間の狂気。それらは全て、私にとって最高の研究対象に他ならない。


その日、私は、自身の研究室で、前代未聞の実験に臨んでいた。この世界の物理法則や魔術法則を定義する、宇宙の根源的な定数…いわば「世界の設計図」に直接干渉し、魔力効率を0.01%だけ向上させるという、神への挑戦ともいえる傲慢な試みだった。


「フフフ…神々の創ったこの非効率な宇宙を、この私が最適化してやろうじゃないか」


私が自作の「定数干渉機」を作動させた瞬間、凄まじいエネルギーが逆流した。しかし、それは爆発ではない。全ての光と音を飲み込むような、静かで冷たい奔流となって、私自身に吸収されたのだ。装置は沈黙し、何の成果も得られなかった。

「チッ…失敗か」

私は舌打ちし、その日は眠りについた。


翌朝、異変に気づく。いつも使っている珈琲カップが、やけに大きく重く感じる。研究室の白衣に袖を通すと、袖が指先まですっぽりと隠れてしまった。

「フム…疲労による、認知のバグかねぇ」

私はまだ、事の重大さを理解していなかった。


だが、現象は日を追うごとに加速していく。一日で、私の身長は成人女性から、10歳の少女ほどになってしまった。本棚の一番上の本を取るのに、椅子を使わなければならない。街を歩けば、人々が巨人に見える。

天才科学者エラーラの、プライドを著しく傷つける事態。しかし、それ以上に、私を苛立たせたのは、その圧倒的な「非効率さ」だった。


「くっ…このままでは、研究にならん…!」


原因を特定するためには、外部環境の基準値データが必要だ。私は、仕方なく、子供サイズの身体に深々とフードを被り、街の中心部にある標準魔力測定所へと向かった。


しかし、私のその特異な存在を、街の人間たちが見逃すはずもなかった。特に、私の熱狂的な信奉者ファンである、あの娘たちが。

「きゃー!見て!エラーラ様よ!」

「まあ、なんて可愛らしいお姿に!どうなさったのですか!?」


数人の若い女性たちが、私を取り囲み、目をキラキラと輝かせている。しまった、気づかれたか。

「どきたまえよ、モルモット君たち。私には、急ぎの実験があってねぇ」

私は、いつもの調子で威圧しようとするが、少女サイズになった私の、いつもより少しだけ高い声では、何の迫力もなかった。


「かわいい!そのミニチュアの白衣、特注ですか?すごくお似合いですわ!」

「まあ!お顔をしかめても、愛らしいですこと!」

「頭を撫でてもよろしいかしら?」


女の一人が、私の頭に手を伸ばしてくる。私は咄嗟にそれを叩き落としたが、内心は、屈辱と焦りで煮えくり返っていた。

(この下等生物どもが…!私の存在が、確率の波に収束する前に、貴様らの脳を解剖してやろうか…!)

私の存在そのものが、この宇宙の定規から外れ、刻一刻と消滅に向かっているというのに、この女たちは、私を愛玩人形のように扱っている!これほどの屈辱が、かつてあっただろうか!


私は、女たちの嬌声の嵐から命からがら逃げ出し、研究室に駆け込むと、内側から厳重に鍵をかけた。もう、一歩も外には出られん。


私は、この屈辱的な状況の中、持ち前の頭脳で自らを分析し、原因を完全に特定した。やはり、あの実験の失敗により、私の「概念的な縮尺」が、世界の基準から切り離されてしまったのだ。

「なるほど…このままでは、私は原子よりも小さくなり、やては存在確率の波の中に消滅する、と。フフフ…実に面白いじゃないか、この状況!」


解決策はただ一つ。もう一度「定数干渉機」を起動し、自らの「縮尺」を、世界の基準値に再同期させること。しかし、今の私は、身長30センチほどの人形サイズ。装置の起動スイッチは、私にとっては、遥か天上の崖の上にあるも同然だった。


だが、この私を、誰だと思っている?

私は、自らの研究室全体を、一つの巨大なピタゴラ装置へと作り変え始めた。

魔術で本をドミノ倒しにし、薬品棚の瓶を倒す。こぼれた薬品が化学反応を起こし、その蒸気圧で歯車を回し、巻き上げていた糸を解き放つ。その先に結ばれていた銀のナイフが、振り子のように振れて、遠くの魔力回路を切断する…


何時間にもわたる、天才的な知略と、人形サイズの肉体を駆使した涙ぐましい努力の末、ついに、全ての準備が整った。あとは、私が装置の中心…祭壇のように鎮座する巨大な魔導書の上にたどり着き、最初のドミノを倒すだけだ。

私が、息を切らしながら、最後の目的地にたどり着いた、まさにその瞬間だった。


コンコン、と研究室の扉がノックされた。

「エラーラ様ー?いらっしゃいますかー?先日のお姿が心配で、差し入れを持ってきましたの!」

ファンどもか!最悪のタイミングで…!私が息を殺していると、ガチャリ、と無遠慮に鍵が開けられ、あの女たちが研究室に入ってきた。


「まあ、エラーラ様はお留守のようね。ずいぶん散らかっていること…あら?」

女の一人が、私の完璧なピタゴラ装置…床に並べられた本のドミノを見て、首を傾げた。

「本が倒れそうだわ。危ないから、直しておきましょう」

そう言って、彼女は、ドミノの要である本の一冊に、無慈悲に手を伸ばした。


「やめろォッ!」

私の、人形サイズの絶叫など、彼女たちには届かない。万事休すか…!

その時、別の女が、魔導書の上に立つ私を見つけた。

「きゃっ!見て!なんて可愛い魔法人形かしら!エラーラ様のお土産かしら?」

巨大な手が、私を捕まえようと、上から迫ってくる。


(この…!概念も理解できぬ単細胞生物がァッ!私の完璧な計算を…!)


私は、迫りくる巨人の手を紙一重でかわすと、最後の力を振り絞り、音響魔術を放った。それは、彼女の耳元で、ガラスを引っ掻くような、甲高い不快音を発生させた。

「きゃあっ!?」

驚いた女は、持っていた差し入れのバスケットを取り落とす。重いバスケットは、床に叩きつけられ、中からリンゴが数個、勢いよく転がりだした。

そのうちの一つが、私の計算通り…いや、計算にはなかったが、結果的に、私の組んだピタゴラ装置の、予備の起動スイッチとして配置しておいた、別の薬品瓶にゴツン、と命中した!


瓶が倒れ、連鎖反応が始まる。本が倒れ、薬品が混ざり、歯車が回り、糸が引かれ…!

「な、なによこれ!?」

呆然とする女たちを尻目に、私は急いで魔導書の上に戻る。そして、最後のスイッチが押され、定数干渉機が起動した。再同期のためのエネルギーが、小さな私へと降り注ぐ。


閃光の後、気づくと私は、元の姿に戻っていた。

目の前には、腰を抜かして、自分たちの「可愛い魔法人形」が、フルサイズの、しかも極めて不機嫌な顔をしたエラーラ様本人に変身したことに、声も出せずにいるファンどもがいる。


私は、めちゃくちゃになった研究室を見渡し、研究日誌にペンを走らせた。

「結論。宇宙定数の直接改変は、術者自身の概念座標を一時的に非同期化させるという、極めて興味深い副作用を伴う。しかし、副作用の解決後、主目的であったシステムの最適化は、正常に完了していることが確認された」


私は、ペンを止めると、気絶しかけているファンどもを一瞥し、恍惚とした表情で呟いた。

「フフフ…私の身体を最高の観測サンプルとした、実に有意義なデータが取れたじゃないか。この縮小現象、再現性があれば、面白い応用ができそうだねぇ…」


他の誰かならばトラウマになるであろう体験を、私は、新たな研究テーマの発見として、心からの喜びと共に受け入れるのだった。

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