待ちなさい!私は美少女だぞ!
いま、私が滞在しているこの街は、実に興味深い「病」に罹っていた。
若い女性たちが、ある日を境に、次々とその個性を失っていくのだ。
かつては千差万別だったはずの髪の色は、一様に明るい茶色に染まり、肌は病的なまでに白く、声は揃いも揃って高く、か細い。
まるで……同じ工場で生産された、感情のない人形のようだった。
「フム……?」
広場に面したカフェのテラス席で、私はその均一化されたサンプル群を観測しながら、思わず笑みをこぼした。
「特定の美的概念が、被検体の物理的・精神的構造を画一化している?人間の個体差が、同一の規格に強制的に上書きされている……というわけか。実に面白い!最高の実験じゃないか!」
調査を進めると、被害者たちは皆、豹変する直前に「完璧な私になれた」と恍惚として語っていたことが判明した。
どうやらこの現象のトリガーは、被検体が抱く「コンプレックス」らしい。
ならば話は早いのだ。
私ほど、この怪異にとって、格好の「餌」となるサンプルはいないだろうからねぇ。
その夜、私は研究室からの帰り道、わざと人通りのない路地裏を選んで歩いていた。
自らの特異な個性……陽に焼かれた褐色の肌、低いハスキーボイス、学者のそれとは思えぬ豊満な肉体、そして、凡百の人間を萎縮させる、この圧倒的な知性。
その全てを、無防備に晒して。
案の定、空間が歪んだ。
怪異だ。
目の前の石畳が冷たい大理石の床へと変わり、私は、無数のマネキンが並ぶ、不気味なほど清廉なブティックのような空間へと引きずり込まれていた。
そして、その中央に「それ」はいた。
流行の衣装と小物を狂気的なまでに継ぎ接ぎしたドレスを纏う、完璧な、しかしどこか歪な「少女」。
それこそが、この怪異の本体だった。
『新規ターゲットを捕捉。スキャンを開始します』
少女の唇は動いていない。
だが、冷たい音声が、私の脳内に直接響き渡った。
『観測対象:エラーラ・ヴェリタスをスキャン。複数の致命的エラーを検出』
オートマタの視線が、私の全身を舐めるように走査する。
『エラー1:メラニン色素、基準値を大幅に超過。肌を許容値まで漂白します』
『エラー2:声帯周波数、基準値以下。女性的な音域に調整します』
『エラー3:過剰な体脂肪。美的許容範囲まで切除します』
『エラー4:過剰な知性。思考能力にリミッターを設定し、他者に不快感を与えない、従順な個体へと最適化します』
周囲を見渡せば、この空間に先に囚われたのであろう、無数の女性たちが、完璧な「人形」としてガラスケースの中に陳列されていた。
皆、幸福そうな、虚ろな笑みを浮かべている。
『さあ、エラーラ。貴女も、完璧な『可愛い』に生まれ変わりなさい』
無数の魔力の腕が、私を「修正」しようと、四方八方から伸びてくる。
絶体絶命。
だが、私の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「面白いじゃあ、ないか!……オートマタ君?君のその『完璧化』のプロセスには根本的なバグがある。君は、決して私を『完璧』にはできない」
私は、怪異のシステムそのものに、一つの「問い」を叩きつけた。
「君のシステムは、『不完全なものを、完璧なものに修正する』ことで成立している。だが、もし……その『不見全さ』そのものにこそ、価値があると定義したら?君のシステムは前提を失い、自己矛盾に陥るんじゃあないのかね?」
そして、私は、自身の胸に手を当て、絶対的な真理を宣告するように、高らかに宣言した。
それは、怪異のシステムを内部から破壊する、完璧な論理爆弾だった。
「ハーッハッハ!私は既に……『可愛い』のだよ!」
その言葉は、怪異の存在意義そのものを揺るがした。
「不完全=修正すべきエラー」という絶対的な前提が、「不完全=価値の源泉」という、より高次の概念によって論理的に上書きされたのだ。
『論理矛盾……パラドックスを検出…システム…エラー…エラー…!』
処理不可能な命令を与えられた怪異のシステムは、無限の思考ループに陥り、甲高い悲鳴のようなノイズを撒き散らしながら、光の粒子となって崩壊した。
気がつくと、私は元の路地裏に立っていた。
呪縛から解放された女性たちが、呆然としながらも、次々と私に駆け寄ってくる。
「あ、あの……。ありがとうございました……!」
彼女たちの口からは、感謝の言葉と共に、怪異が「欠点」として断罪した私の特徴が、そのまま称賛の言葉となって溢れ出した。
「あなたのその、褐色の肌、すごく……綺麗で、見とれてしまいました……」
「王子様みたいなハスキーボイス……と、口調……。本当に素敵です!」
「あの……その……豊満な胸も……とても魅力的で……」
「噂通りの知性ですね!怪異を、言葉一つで倒すなんて……本当に……!」
私は、その称賛の嵐を興味深く観測していた。
だが、最後に、一人の女性が、頬を染めながら言った一言が、私の思考を止めた。
「それに、さっき……えと……ご自分で『私は可愛いのだよ』って言いきったところ!あれが、最高に……す……すきです……。……?……。」
予想外の、データ入力。
自らが放った純粋な論理兵器が、被検体たちには「自己肯定の言葉」として観測されたという事実。その予測不能なバグに、私の完璧な思考回路が、一瞬だけフリーズする。
私の顔が、カッと熱を持った。
褐色の肌の上でもはっきりとわかるほどに、赤面していた。いや。これは、羞恥ではないぞ。
自らの計算を超えた未知の現象に対する……そう!純粋な生理的反応だった。
(実に面白いじゃないか……)
私は、咄嗟に俯いて、誰にも見られないようにしながら、口元を歪めた。
(私の論理的帰結が、彼女たちには、そんな非合理的な『感情』として観測されるのか。このバグは…実に、実に、興味深いデータだ!)
最高の研究対象を見つけた科学者の満足げな笑みが、路地裏の闇に、静かに溶けていった。




