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一港人の試練と青春とそれから  作者: 毛利 光玖
小学生編 第一章

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9/11

九話 指切りとプレゼントと

 

 塾の帰り道はいつも自転車を立ち漕ぎして全速力で漕ぐ。そうすると防寒具の必要がないくらい熱くなるし、ストレス発散になるから。


 今日は嫌な質問をしてきた先生のことを思い出し、踏み潰すように漕ぐ。そうしていると息が軽く切れ、家に着く頃にはスッキリするから。


 はずなんだけど、今日はなんだか体が上手く動かない。最近身長が伸びて膝が痛いからだろうか、それとも自転車が小さいから漕ぎにくいのか?


「でも今自転車欲しいって言ったら、自転車が誕生日のプレゼントになるだろー? なんで俺の誕生日クリスマスなんだよ」


 独り言をボソボソと言ったら白い息が出た。


 スピードを緩め、自転車をゆらゆらと蛇行させ、足も伸ばす。はぁーと息を吐いていると、疲れが飛んでいくのが見えている感じがして楽しい。


 そうやって遊んでいたら俺の家が見えてきた。


「あっ!」


 勢いよくダンッとペダルに足を置き、ペダルを漕いだ。


 今日は月曜日でこの時間に家に明かりがついている!てことは母さんがいる!


 玄関先に自転車を置くと、ちょうど中から市華ちゃんが出てきた。見送る母さんが「市華ちゃん、また遊ぼうね」と指切りをしている。


 彼女は目を掌で拭い、後ろにいる俺のことも気付かないで自分の家に帰って行った。


 俺に気付かないなんて珍しい。そう思いながら後ろ姿を見送っていると、母さんが抱きついてきた。


「みなくん、おかえりー」


「わーやめろってー」とほっぺになんかしてこようとするのを避ける。でも母さんは悪そうな顔をして俺を家の中に押し込む。


 逃げるように手を洗いにいった。


 リビングに戻ると、母さんは不貞腐れた顔でソファーにあぐらをかいて座っている。


「港人も市華ちゃんもつまんなーい! いいじゃん、チューぐらいしても」


 と口をタコみたいにしている。昔はそれでも母さんの所へ飛び込んでいったような覚えがあるが、今は距離をとり、変なことをされないように構える。


「まさかと思うけど、市華ちゃんにはしてないよな?」


 疑う俺なんかなんのその「え? 口にはしてないよ?」と口笛を吹いてるみたいな口調で返ってきた。


「あと絶対バレないようにやってるし、絶対バレてないから」と自信満々に言う様は、この人が親なんだかよく分からなくなってくる。


 はいはいと軽く受け流し、ちょっと姿勢を正して隣に座った。誕生日のプレゼントをどうねだろうかと、俺の頭の中は様々な案が飛び交っている。


 母さんもそれに気がついたのか、「おっ」と声を出してあぐらを崩した。


 俺の誘導は成功、あとはどうねだるかだ……


「今日市華ちゃんと遊んだ時のこと聞きたいんでしょ。 みなくん、お母さんと市華ちゃんと三人で遊べる時間が減った時怒ってよね。 だからヘソ曲げてるんでしょー」


 母さんはまるでクイズで正解を言った時のような自信あふれる顔をした。



 まるで違う、カスってさえいない。



 ショックのあまり頭の中で重々しい鐘が鳴っている。表情はピクリとも動かないのに、目線だけゆっくり下へ下がっていく。


「市華ちゃんと遊んでたらさー、私また調子乗っちゃって、泣かせちゃった。 でも港人も男の子だから分かるよね? 可愛い女の子をいじめたくなる気持ち」


「そんなん知らねーよ」


 ツバを吐き出すように言葉を放ち、家から飛び出した。


 庭に出ると丁度いい木があった。母さんがある日突然買ってきた幹の太い木。もうほとんど枯れているから、ボコボコにしたって誰も文句を言わないだろう。


 そこへ向かって全速力で走り、飛び蹴りをした。


 怒りに任せてキックしてると、キシッキシッと合いの手が入る。このまま倒したら気分が晴れそうだが、おそらく日本の植物ではないこれは中々しぶとい。


 段々と、合いの手かと思っていたきしむ音が、物に当たる俺への冷やかしの声に聞こえてきた。


 肩で息を吸い、膝に手を当てる。冬なのにだらりと気持ち悪い汗が一筋流れた。


 そんなタイミングで二ノ宮家から市華ちゃんが「お兄ちゃん嫌いっ」といきり立つ声が聞こえ、うわーんと感情任せに泣く声が聞こえてくる。


 一葉さんが朔臣を叱る声に比例して、彼女の声は大きくなっていき、とうとう家から飛び出してきた。


 きっと俺の家に行こうとしたのであろう彼女は、すぐに俺の存在に気が付いた。俺が数歩だけ近くに寄ったのに対して、飛びつきそうな勢いでこっちへ来た。


 そして大泣きしながら、ケンカした内容を喋っている。その話す言葉は、何と言ってるのかさっぱり分からない。


 いつもなら頭をなでる所だけど、今日に限っては俺もそんな余裕はない。


「うん、うん。 そっか」と適当にうなずいて相づちを打つ。


 何もしないで突っ立っていると外は寒くて、咳がケホッと出る。二ノ宮家から聞こえてくる朔臣へのお説教の声と、目の前の彼女を見ていたら頭が冷静になってきた。


(もういいや、市華ちゃんなぐさめたら家戻ろ)


 肩がブルっと震えるほど寒いのが諦めた理由のほとんどだろう。少し屈んで彼女の頭をなでると、ほんのり汗をかいていた。体が冷えてきたから、それもなんだか心地よい。


 だから、ムギュッとしがみついてきた時はちょっと嬉しかった。


 あったけー、きもちーって、市華ちゃんは泣いてるけど、頭の中はそれ一色だった。


 号泣する声がシクシク声に変わり、やがてそれも収まった時。


(えー? 終わり? 離さなきゃダメ?)


 と不真面目な俺が顔を出してきた。だって市華ちゃんは、よく泣くし、泣かされてるけど、絶対後に引きずらないから。


「ねね、さっき言ってた内容、ちゃんと教えて? なんて言ってんのかよく聞き取れなかったからさ」


 抱きしめ直しながら言った言葉は偽善者みたいだ。けれど引き留める正当な理由としては、自分でもあっぱれと言いたくなる内容。


 何度か鼻をすすった彼女は


「私お兄ちゃん嫌い。 だって港人くんと二人で遊ぶと怒るんだもん。 お兄ちゃんは学校で港人くんと同じクラスじゃん。 いつも私より長く一緒にいるのになんで怒るの」


 と、怒りながら愚痴をこぼす。市華ちゃんは本気で困っているのだろうけど、俺からしたら笑いたくなるような小競り合い。


 今してる顔がどうしても見たくて、俺は抱いていた体を離した。


 すると、そんな顔してたら変な顔になっちゃうよ、と言いたくなるくらいに口をへの字に曲げていた。


 きっと今声を出したら、俺の機嫌が丸わかりな弾んだ声になるだろう。けど今は、そんな兄妹をバカにしたくて仕方なくて。


「俺あいつに言ってあるよ? 日曜は習い事ないって」


「お兄ちゃんバカだから、前の日に約束しないと忘れるんだって」


「あいつバカじゃねーの」


「バカだと思う」


 さっきとは一転してケタケタ笑う俺らの声。


 それは風に揺れる木々の音と一緒に、下品だけどそれがクセになるハーモニーを奏でた。市華ちゃんはもう変な顔をしていなくて、意図に反して相手をしたくなる、あどけない笑みを浮かべていた。


「そういえばさ、なんで港人くんはここにいたの?」


 突然の問いに、体がピョンっと後ろに飛んだ。


「いやっ……ほらっ、練習だよ! このでっけー枯れた木に……こーやって、ほらっ! 敵を倒す練習してんの」


 ごまかす為にさっきと同じようにキックしてみた。ほとんど力の入っていない蹴り。さっきと同じようにしたはずなのに、当たった所の足は痛いし、木からも痛いって言葉が聞こえてきそうだ。


 彼女に背を向けて言い訳を探した。出たいって俺に言ってくる言葉は小っ恥ずかしくて、でも我慢できなかった。


「今日、母さんと遊んでたんだろ。 何してたの。 俺も混ざりたかった」


「隠れんぼだよ! せーので一緒に大っきい方のテーブルの下に隠れたんだ。 でね、隠れた後に気づいたの! 鬼決めるの忘れてたし、二人で隠れたら隠れんぼじゃないじゃんって気づいて。


 で、そこからはずーっと港人くんのお話してたの! テーブルの下でだよー!?」


 隠れてはいる隠れんぼ。


 想像するだけで楽しくて、「へー…… どんな話したの?」と振り向いた。


 すると市華ちゃんは満面の笑みで「今度凪さんがいる時にお話するね!」と答えた。


 ヒュオーっと一段と強い風が吹いた。


 けど俺らの間に流れる空気は、そんな寒さを追い払うくらい温かくて……また二人でハハハッと笑い合った。



 一葉さんの「市華ー? そろそろお家入りなさーい?」という声は、これ以上ない丁度いいタイミング。


「じゃあ今度聞かせて」


 俺からの提案に元気よく頭をうなずかせた彼女から、「はいっ」と指切りを提案された。


 きっと母さんが教えたんだなってすぐに理解できた。


 朔臣にガキみてーと言われてから誰ともしなくなった指切り。それがまた、気持ちを伝え合う手段に戻ってきた。


 しかも、俺と市華の共通言語となって。


 家に入ってからも、また小指をみて微笑んでいた。



 早く明日になって、学校へ行きたかった――



 俺は次の日、布団から起き上がれない程の体調不良に襲われた。関節が痛くて、布団の中なのに寒さに震えている。


 母さんがタクシーで病院へ連れて行ってくれた。診断結果はインフルエンザだった。


 あと数日で誕生日。だけど、その頃に治っている未来なんて全く見えない。きっとプレゼントも、出席停止期間が終わったら選びに行くことになる。


 誕生日が過ぎてから渡されるプレゼント、なんて事務的過ぎる。


 でも、俺の問題はそこじゃない。


 母さんの携帯がさっきから何度も鳴り、その度に出ずに切りを繰り返している。


 きっと母さんは、光環区へ行くんだ。


 インフルエンザの俺を残して。


 母さんは父さんが風邪を引いたらマスクをして絶対に近づかないけど、今は俺の部屋にいる。マスクはしてるけど、ベッドの脇に寄りかかっている。


 もしかして光環区へ行かないでくれるんじゃないかと希望が湧いてしまう。


 関節が痛くて何度も寝返りを打つ俺と、何度も小指を絡ませる。


「母さん……側いて……」


「うん、いるよ。 大丈夫だよ」


 その言葉を聞くと睡魔が襲ってきた。辛そうな顔をしている母さんを見て目を閉じた。


 マスク越しにおでこにされたキス。


「みなくん、大好きだよ」


 その言葉はまるで子守唄みたいだ。





 でも次に目を開いた時、母さんはいなかった。誰も居ないこの家は、枯れ葉が落ちる音が聞こえてきそうな程静かだ。


 さっきまで居た場所を見つめる程、視界がぼやけてくる。


 いないのに、母さんがいた場所へ手を伸ばした。空を彷徨う手と、動かしたくても動かない体。


 体が辛いから眠気がやってきた。眠りに入る時に、自分の咽び泣く声が耳に残響していた。


 ガチャっという玄関のドアが開く音と、二人分の足音で目が覚めた。寝ていたようだけど、さっきと体調はまるで変わっていない。


 この二人分の足音を父さんと母さんじゃないかと期待したけど違う。

 大人じゃない軽い足音。


 部屋のドアが開き、市華ちゃんと朔臣がひょこっと顔を出してきた。二人はニーっと笑っている。


 目からじゅわっと涙が溢れそうになって布団を被った。


「うつるから、あっちいけよ」


 すると何かが布団に当たる音がした。


 そして二人はバタバタと音を立てて家から出ていった。


 布団から顔を出した。開きっぱなしのドアと、床に落ちた紙飛行機。布団に当たったのはこれだったようだ。


 でも普通の紙飛行機とは違う気がして、辛いのを我慢してベッドから這い出た。何かが書かれている。そう気付いて広げると……。


『次の日よう日あそぼーぜ、おれ おぼえとくから』

『港人くん早く元気になってね。 しゅくだいも教えてー』


 朔臣の字は市華ちゃんと同い年の子くらい汚くて、対する市華ちゃんの字は頑張ってキレイに書いたのが手に取るように分かる字だ。


 下に描かれたグチャグチャした落書きのような絵は朔臣で、俺たちの特徴をとらえた絵は市華ちゃんで。


 あ、でも朔臣だけなんか違う。坊主頭に毛が描いてあるけど、逆さまにしたおにぎりに見える。


「似てねーよ」と言葉がこぼれ、目尻からも水が垂れてきた。


 この絵を見ていると、二人が側にいる気分になれるから、枕の横に置いて寝た。

 外からは、二人の賑やかな声が聞こえてくる。ずっとしてる俺の話は、まるで幸せな通知表を貰ったみたいだ。

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