八話 日曜日の恒例行事
ここ、青柳村の十二月は暖房装置の類は生活の一部。けれど、今日の一家はその暖房が必要ないくらい部屋が暖かい。
日曜日の恒例行事であるBP発電の戦闘観戦は、週の中で一番の楽しみ。ソファーに足を崩して座り、お菓子をつまみながら声援を送る俺と市華ちゃんと朔臣。
ニットなんて暑くてとうに脱ぎ捨てた。三人とも、一枚で着るには心許ない長袖を着て、額にはうっすら汗が見えるくらい。
時折、朔臣と市華ちゃんの母・一葉さんがスッと台所から出てくる。そしてソファーの端に座り、俺たちとは違う応援の仕方をする。
朔臣は声の限り「イケー」と声を張り上げているけど、一葉さんは「がんばれー」と「あー! 危ないっ!」を交互に言う。
そして戦闘が終わると「あーやっぱり怖くてずっとは見てられないわ」と言って台所か、父さんたちが居るリビングのテーブルの椅子に座る。
でも次は台所じゃなくてトイレだ。
朔臣と市華ちゃんの父・朔市さんが「おー、うんこかー?」と陽気な声で茶々を入れる。
朔市さんは一葉さんに怒られても、酒が回って頬がほんのり赤い顔でゲラゲラと笑う。
キョロっと後ろを見ると父さんと目が合った。
「港人、暖房弱めてくれないか」
その声にゆとりはなくピリついている。
観戦してる時はいつもこうだから「はーい」と適当に返事をする。
エアコンの設定は自動モード。そういえば、たまに温かくない風を感じたのはこのせいだろう。設定温度をいじっても、きっと温かくも冷たくもない風が出るだけだ。
「ねぇ父さん。 窓開けていい?」
また振り返ると、朔市さんが父さんの肩をさすっていた。
父さんじゃなくて朔市さんが「まかせるよ空調名人っ!」とふざけた返事を返す。
窓を少しだけ開けて正解だった。外から入ってくる空気は朝に感じる空気より新鮮で、暑くなっていた頭がスッとクリアになる。
ボスっとソファーに座ると、今まで観戦に夢中になっていて気付かなかった事に気が付いた。
「市華ちゃん! 次の選手、細井大地だよ!」
「あーっ! ホントだー!」
画面の端に、次に対戦する選手のプロフィール写真と名前が表示されていた。
『細井大地 対 阿部太郎』
細井大地、昨シーズンから頭角を表した選手。今シーズンは母さんかこの人のどちらかがMVPを取ると予想を立てる人が大多数だ。
つまり母さんのライバル。ソファーの上に正座し、拳を強く握り込んだ。
一試合につき五分前後で終わる仮想空間での戦闘。さっきまで行われていた戦闘はすでに終わり、ヒーローインタビューも終わり。
画面にはもう、原っぱの上に設置されたステージに繋がる階段下で待機している両選手が映し出されていた。
二人は係の者にVRゴーグルと剣を渡され、ゴーグルは首からぶら下げている。
細井大地は頬が少しふっくらとした童顔で目が大きい。深呼吸をしながらも、その大きな目からはキラッと輝く気迫を感じる。
隣にいる対戦相手の阿部太郎は、電車の中で見るような普通の見た目をした人。その普通の人は、見るからに緊張した面持ちだ。
だからなのか、隣の細井大地が戦闘を楽しみにしているとさえ感じてしまう。
『細井大地選手っ! 阿部太郎選手の入場ですっ!』
マイクが割れるギリギリを攻めた実況の声。テレビから聞こえてくる歓声の声も一段と大きく、その熱狂が伝わってくる。
市華ちゃんが「わー!」と黄色い声を出し、ピョンっと立ち上がってテレビの側に寄る。
彼女のクリっとした大きな目がキラキラと輝き、画面に抱きつきそうなくらいテレビに近寄っている。
「おい市華じゃま! 見えねーよっ!」と朔臣もテレビの前に行き、兄妹が並んでテレビに釘付けになる。
ステージ上に二つ並んだ白いブースに、同じタイミングで入った両選手。
次の時にはテレビの画面も変わり、ステージを見上げる観客とステージの上の様子が映し出されていた。
画面の下にはプロフィール写真と名前、横長のゲージが表示されている。
まだ青くなっていない剣を構えた両選手。
仮想空間にいるからVRゴーグルは映っていない。選手の表情もリアルタイムで表示されているからだ。
細井大地は今か今かと闘志をたぎらせ、阿部太郎は冷や汗をかきながら戦闘始めの号令を待っている。
『戦闘開始っ!』
細井大地は瞬く間に剣を青色に染め上げた。さっきまでなんの光も放っていなかったのが嘘みたいな、まばゆい輝き。
そして目にも止まらぬ速さで相手に攻撃を入れた。阿部太郎の辛うじてした防御は物の見事に破られる。細井大地と比べると阿部太郎の剣の色は薄い。
もだえる阿部太郎に容赦なく攻撃を入れる細井大地。
たった今始まったばかりなのに、阿部太郎は床に倒れた。画面の下には満タンのゲージと空っぽのゲージが表示されている。
「わー! 勝ったー!」
市華ちゃんがぴょんぴょん高く跳ねる横では朔臣が「なにやってんだよー、太郎ー」とうなだれている。
俺は正座していた足を崩し、腕を組んだ。
細井大地は母さんが苦手といっていた選手。
俺は母さんが一番強いと思っているけど、さっきの戦いは攻撃が速すぎて見えなかった。認めたくなくても、認めざるを得ない強さだ。
ヒーローインタビューでは細井大地が『今日は自分の得意なスピード勝負をさせてくれそうな選手だったので、絶対に勝てると自分を信じていました』と自信あふれる顔つきで答えている。
客席に手を振れば「キャー」と女の人が叫ぶ声が聞こえてくる様は、まるでアイドルだ。
ただそれは目の前でも同じ。
「細井大地かっこいいー! 私かっこいい人好きー!」
市華ちゃんは両手を握ってくるくると回っている。
その様子に朔臣は口を尖らせて「どうせ顔だろっ!」とつっけんどんな口調で返す。
俺も朔臣と同じく、どうせ顔だろっと言いたかった。
それが出来なかったのはヒーローインタビューを終えた細井大地が、裏にはける途中で顔色を変えたからだ。
観客に向けて見せていた甘い顔ではない、本気で戦闘する者の顔。
きっと今日の戦闘の反省か、次の日に行われる戦闘へ向けて気持ちを切り替えているのだろう。
俺は組んだ腕をよりギュッと強く組み直して「この人、細井大地は凄い選手だと思う」と、声を低くして言った。
俺の言葉を聞いて朔臣はギロっと睨み
「阿部太郎の方が強いからー! 今日は負けたけど、太郎の方が強いー!」
と語気を荒めて言う。
でも俺の中でいつもの疑問が浮かび上がる。
(こいつ、なぜか強い人の対戦相手を応援すんだよなー。 つか、阿部太郎って顔に特徴無さすぎなんだよ。 今日だってなんもしてねーじゃん)
という本音を飲み込み「朔臣は阿部太郎のどういうとこが好きなの? 戦い方?」と話のテンションを合わせた。
彼はふふんと鼻を鳴らし「この人、絶対良い人」と言った。
その様は、自分だけがこの人の良さを知っています!と言葉の裏が聞こえてくる。
市華ちゃんが「お兄ちゃん会ったことあるのー?」と問い、朔臣が「会ったことねーけど、今の戦闘だって、太郎凄かっただろー!」と話している。
俺の言葉の裏は……きっと聞こえていないだろう。
やっと組んでいた腕をほどけた。
「お兄ちゃん、前は凪さんが好きって言ってたー」
「凪さんも好きだけど、その好きと阿部太郎の好きはちげーの!」
兄妹が仲良く小競り合っている。このまま大きな喧嘩に発展するかしないかが気になるが、そういう時は朔臣が大抵軽いノリで市華をたたいて喧嘩に発展する。
でも今日は二人仲良く口論して終わりそうだ。二人の様子を伺いにきた一葉さんもすぐにリビングのテーブルに戻った。
俺も今日は喧嘩にならなそうだと、ソファーの背に寄りかかって二人を眺めていたら――
「港人くんは誰が好きなのー?」
「へっ!?」
声が真裏にひっくり返った。テレビの前に居る彼女からの問いは、いきなり誰かに打たれたような衝撃。
「ほ、ほらっ! あと五組で母さんの戦闘始まるからちゃんと見ろよ」
テレビを指差しながら出た声は、いつもより何トーンも高い。
それに、あと五組は三十分はかかる。朔臣からは疑いの目線がジーッとまとわりついてくる。とっさに後ろを向いて父さんに助けを求めた。
父さんは俺の視線に気づかなくて、朔市さんに「大丈夫だって〜」と声をかけられている。
朔市さんの頬はもう真っ赤。けど「今日は酒トレーニングだ」と言って新たに缶ビールをプシュッと開けた。
そういえば、父さんが酒を飲んでいない。テーブルに置いてあるコップの水さえ減っていないし、しきりに手を握り直している。その手は真っ赤だ。
(なんかおかしくね?)
と自分の心からごく小さな声が聞こえてきた。それはエアコンの風で飛んでいくような小ささ。
側に寄ってきた市華ちゃんに「港人くん、どうしたの?」と聞かれると、心の声なんかどっかに消え。
「俺の好きな人の話だよね!? 俺の好きな人は……ねっ! 父さんっ!」
ハッとした父さんは「港人は母さんが好きなんだよなーっ!」と、市華ちゃんに向けるよそ行きの優しそうな声で言った。
「港人くんも凪さんが好きなんだね。 でもここで見る凪さんとテレビで観る凪さんって別の人みたーい。 本当に同じ人なのー?」
と頭に疑問符を浮かべる彼女はすぐに、「あー! 私この選手初めて見るー!」とテレビを指差し、テレビの前にいる朔臣の隣に移動した。
別の話題に移ってくれて、内心ホッとした。
続々と名のある選手が出てきては実況が『ルーキー対ベテラン』『互角の戦い』や『リベンジなるか』と対戦する選手同士を表す一言を述べる。
けれど、どの言葉も実況が迫力たっぷりに言うのが安っぽく感じる。だってどの選手にも、母さんは勝ったことがあるから。
『一凪選手は、本当に毎年、後一歩というところでMVPを逃している選手ですが、今年はどうでしょうね』
解説の人が言う言葉に眉がピクッと動いた。
けれど、それは認めたくない事実。
『総合優勝を獲っていないのが不思議なくらい、実力のある選手なんですけどね』
リモコンを手に取り、早送りのボタンを押しそうになっていた。
録画した番組を観ることが多いからその癖。
だって解説を聞くのは嫌いだし、母さんもインタビューが嫌いと言っていた。俺もこんなに強い母さんの粗ばかりを解説する大人が嫌いだ。
肩にそっと手を置かれた。
その手は一葉さんだった。
隣に座ると、テレビの前にいる市華ちゃんにおいでおいでと手招きをした。彼女が隣に座ると、朔臣が続いて座る。一葉さんが口を開いて笑うと、二人が同じような顔で口をニカッと開いて笑う。俺もつられて口角が上がった。
ステージに繋がる階段下には母さんの姿。
係の人がVRゴーグルと剣を渡した。階段を上がり、母さんと対戦相手はそれぞれのブースに入っていく。
母さんの戦闘が、もう始まる。
父さんが飲んでいた飲み物をゴトっと音を立ててテーブルに置いたのをチラッと見た。
祈りながら画面を見つめる父さん。
俺も同じようにしたかった。
けど一葉さんに「ねぇねぇ港人くん、凪さん絶対勝つわよね」と問いかけられたから前を向かざるを得なかった。
「はい、勝ちます」
でも前を向いてよかった。対戦相手は母さんより一回り大きい選手だけど、全然ひるんでいない。
なんなら相手の選手は怖気付いているように見える。
選手入場のアナウンスと共に、父さんが「凪いけー!」と大きな声を出した。まるでそれが届いているみたいに母さんはグッと目に力を入れ、ステージ上のブースに入る。
画面が変わる。画面の下には両選手の写真と名前と満タンのゲージ。沢山の観客と、ステージには凛々しい顔で剣を構える母さん。一回り体格の大きな対戦相手。
『戦闘開始っ!』
瞬時に青く光った母さんの剣、そして半テンポ遅れて相手選手の剣も青くなった。剣先をカンッカンッと触れ合わせながら、間合いを取る両選手。
母さんの圧倒的な力に支配されたのはこの家だけじゃなかった。
応援の声が消えた、それはテレビからも。
辛うじて実況が言葉を繋いでいるが、言葉数は少ない。リビングにも会場にも、同じ空気が流れているのだろう。
母さんの剣は濃くて一定で、それが揺らぐなんて想像出来ない。一方で、相手選手の放つ剣の色は強くなったり弱くなったりを不規則に繰り返している。
剣の色の濃さは発電量に比例する。深いゾーンに入った剣の色は一定。
つまり母さんは、絶好調だ!
母さんの仕掛けた素早い攻撃で、相手は体勢を崩した。攻撃が入った瞬間など、全く見えなかった。
相手は悶えながら片膝をついて剣を盾にしてガードしている。きっと膝に攻撃が入ったのだろう、苦しそうな顔をして完全防御の構えをしている。
母さんは剣をくるくると回し、次のタイミングをじっくりと探っている。
テレビからも俺たちからはやっと、「わー!」や「おー! いけー!」と応援の声が出た。
特に父さんなんか、窓ガラスが割れそうなくらい大きな声を出している。
画面の中では相手選手が、しゃがんだままの状態で防御姿勢を継続中。母さんはグルグルと周りながら攻撃のタイミングを計っている。
その間も声援は収まる事を知らない。その場に立つ者だけが知るやり取りは、観ていて最高にドキドキハラハラする。
対戦相手が次の動きをしようとした時を、母さんは見逃さなかった。防御姿勢を崩したほんの一瞬をつき、対戦相手に上から雷が落ちたような攻撃をした。
それが最後、相手は後ろに倒れ、それを追うように母さんは最後のトドメを刺す。その様は立て続けに落ちる落雷のよう。
画面の下に表示されている相手選手のゲージはもう無い。
父さんは声になっていない感嘆の声を放っている。
俺たちも「ワー!!」と喉が潰れそうなくらい声を上げ、みんなでハイタッチをして喜びを分かち合った。
テレビでは母さんが、ヒーローインタビューを受けずに颯爽とステージから去っていく様子が映っていた。
対する俺らはまだ興奮が収まらなくて、朔臣なんかソファーの上で飛び跳ねている。
俺は父さんの元へ行った。
グダっと椅子に座る父さんに「母さん勝ったね!」と手を取って言った。
「港人、少し落ち着きなさい」
「…………っ」
魂の抜けたようにうなだれる父さんは、仕事帰りと同じ疲れた顔をしている。
咄嗟に手を離し、頭を下げて「ごめんなさい」と言った。
朔市さんが父さんの肩を揉んで「総太郎悪かったってー、俺が凪さんは美人だなーって言ったから、怒ってるんだろ」と、ひょうきんな態度を取る。
父さんは朔市さんが揉んでいる手を払ったけど、怒っている風には見えない。
朔市さんはガハガハと笑っているし、一葉さんが隣に来て「ちょっと朔市さーん? お酒飲み過ぎじゃない?」と酒を取り上げている。
俺が混ざっちゃいけない雰囲気は、子供たちで遊んでなさいと言われているみたいだ。
まだワーワー言ってる朔臣のとこへ行くのも悪くないけど、たまには父さんの隣に居たい。仕方なくソファーに向かうけど、顔は父さんの方を向いたまま前へ進む。
テーブルにうなだれる父さんと、労う朔市さんに一葉さん。大人同士の会話には、いつ混ざれるのだろう。
諦めと同時に前を向くと、ソファーにいる市華ちゃんとパチリと目が合った。ニコッと笑い合ったけど、笑うのに力が必要だった。
「凪、今日は早く帰れるといいね」
父さんが小さい声で放った言葉は、遠雷のように俺の耳に入ってきた。後ろを見たかったけど、市華ちゃんが不思議そうな顔で俺を見てるから振り返るのはやめた。




