七話 手紙とカードゲーム
青柳村の秋はあってないようなもの。そんな中でも、たまに秋らしい日がひょっこりと顔を出す。
着るだけで重い防寒具が少なくすみ、ちょっとだけ早く学校に着いた日。
教室にはクラスメイトは朔臣を含めた数名しかいなくて、まるで教室じゃない場所にいるような活気のない空間が広がっていた。
だからなのか、昨日母さんが居なかった家の光景が頭の中にありありとよみがえってくる。
テーブルの上に置かれた、食べかけの硬くなったパンと飲みかけのコーヒー。静かなリビングは、今の教室と繋がってしまう。
窓から暖かい日差しが差し込んできた。ああ、だから今日は早く学校に着いたのかとひらめいた。市華ちゃんがいるから学校まで徒歩三十分かかる計算で動いているけど、今日みたいな日は少し遅く出ても平気かもしれない。
まだ静かな教室は、もうすでに小さなグループが出来ている。男子は少なく、女子のグループはノートや手紙を交換している。俺の後ろに座る朔臣はカードくらいの小さな紙に、何やら絵を描いている。
「なにやってんの?」
「フォーカシュだよ、お前知らねーの? 今流行ってるカードゲーム」
「へー」と相槌を打ちつつ、朔臣の描いているイラストを見る。
カードゲームは見たことがある程度、詳しいルールはよく知らない。絵とその下に文章が書かれていたり、HPとか、そんなのがあったような……という具合だ。
朔臣は剣みたいなイラストが描かれたのを量産していて、下の説明文はにょろにょろの記号だ。
「その、ニョロニョロ、何?」
「技名とか効果とかのニョロニョロ。 全部考えんのダリーから、いつもその場で考えて言ってる」
「それアリなのかよ」
「知らねー。 けどかーさん、こういうの買ってくんねーから自分で作るしかねーんだもん。 港人、お前も手伝ってくんねー?」
まぁ、暇だし。
と手伝ってみることにした。でも朔臣から言われたのは、紙をカードのサイズに切ること。こんなの自分でやれよと思って視線を外した。
すると教室のドアの所にーー
「あっ、市華ちゃんだ」
彼女は俺を発見するなり、足早に教室へ入ってきた。手には封筒を持っている。
「ランドセルの中に入っててさ、渡すの忘れてたの。 お母さんが凪さんに渡してだって」
「オッケー」
受け取った封筒は、宛名の段階から一葉さんの一言が吹き出しで色々書いてあった。俺はそれを確かに受け取って、落とさないようにチャックのついたファイルケースにしまった。
「女ってさー、手紙好きだよなー」と朔臣がお絵描きをしながら呟く。
「市華ちゃんも手紙好き?」
俺が問いかけると「たまにお友達にお手紙書くよー!」と字を書くしぐさを見せて。
「でもお母さんは毎日書いてるから、お母さんの方がお手紙好きだと思う。 お手紙貰うと仲良くなったみたいで嬉しいだってー!」
じゃあ俺も書いてあげよっかと思ったけど、口からは出なかった。頭の中で思いついたことを隠すみたいに、ふーんと浅く頷いた。
だって朔臣が「俺は男だから手紙なんて書かねー!」と高らかに言ったから。
「お兄ちゃんも手紙書いてるじゃん」
「昨日も言っただろ? 俺カードゲーム作ってんのっ! 忙しいのっ! お前も手伝えっ!」
朔臣は一枚の小さな紙を市華ちゃんの前に出した。彼女は一瞬顔をムスッとさせたけど、何かを思いついたみたいに朔臣の鉛筆を持った。俺は立ちながら描こうとする彼女を膝の上に乗せる。
俺の膝の上でさらさらーっと描いたのは、頭に毛のない人。それを、「これお兄ちゃん」と言って朔臣に突き出す。
「はあ? 俺ハゲてねーもん!」
睨み合う朔臣と市華ちゃんは、今にも喧嘩が始まりそうな予感がする。けど俺は彼女が描いた絵が妙に気になり、出来心で頭にとんがった毛束を描いた。
「ほら、こうしたら強そうじゃね?」
強そうなパワー系のキャラに生まれ変わり、朔臣も目を輝かせた。膝の上の市華ちゃんも、心なしか同じ表情をしているように見える。楽しくなってきた俺らは、市華ちゃんが人、朔臣が剣、俺が文字を書いたりデザインを加えたりして種類を増やす。
三人で作業していると、周りでするキンキン声さえもどうでもよくなる。
「市華ちゃん、教室戻らなくていいの?」
やたら声量のあるクラスの女子が市華ちゃんにそう言った時、周りに人が増えていた事に気がついた。
注意に縮こまった彼女が小さく「はい」と言うと、女の子は俺と市華ちゃんを交互に見て。
「二人って仲いいよねー。 港人くんが市華ちゃんのお兄ちゃんみたい」
と笑ってこの場を去った。
市華ちゃんとふふっと顔を見合わせて笑い、教室まで送り届けた。なんだか知らないけど頬が緩んで、口角がどうしても上がってしまう。顔の一部がなんだか熱いのは、今日が比較的暖かい日だからだろうか。
教室に戻ってからさっきの女子に「さっきはサンキュー」と伝えた。
「あのさ、お前も手紙書くの?」
気分が良くてつい、そう問いかけていた。
「うんっ! 書くよっ! 港人くんも書くー?」
テンポよく返って来た返事に、はいっと渡された便箋。
「え? くれんの? サンキュー!」と返事をして席に戻り、すぐさま鉛筆を持った。
もし家に帰って母さんが居たら渡すんだ。今日じゃなくても渡すんだ。きっと喜ぶっ!
手紙なんて、何を書けばいいのか分からなかった。けれど実際は、母さんへの尊敬の言葉が次から次へ浮かび、書くスピードは算数の計算問題を解くみたいな勢い。手紙がどんどん埋まっていく。
『俺も母さんみたいに強い選手になる!
母さんの目指してるMVPをとる!』
最後の二行なんて、裏からでも見える程の筆圧だ。
ワクワクしながら、チャックのついたファイルケースにしまった。
学校を終え、習い事を終えても、足どりが軽い。いつもは重い玄関の扉も軽くて、そして……
「母さんっ!!」
玄関に迎えにきた母さんに、荷物を投げ捨てて飛びついた。よいしょっと俺を抱っこし、頭に口を当てている。ついほころぶ口元も家では我慢する必要はない。
いつも俺の気が済むまで抱っこしてくれるけど、今日は途中でソファーに移動した。二人で一緒にどーんと座ると、ソファーのきしむ音がした。
「みなくん、重いよー」と楽しそうに言う母さん。そんな母さんに学校からのプリントなんて渡したくないけど、今日はむしろ早く渡したいくらいだ。
先生から配られたプリントと、一葉さんから預かった封筒を同時に渡した。俺からの手紙は体の後ろに隠し、渡すタイミングをうかがう。
母さんはプリントを「ほうほう」と言いながらサラサラと読む。次に一葉さんからの封筒を見ると、ウゲーっと苦い顔をした。
「……手紙ねぇ」
その言葉に、急に空気がドンと重くなるのを感じた。後ろで持っている手紙もグシャっと握っていた。
母さんは「……で?うん……で?」と繰り返し言っている。
苦労した様子で読み終え、
「もー! 隣の人からファンレターみたいなの貰うの、監視されてるみたいでいやー!」
と頭をぐしゃぐしゃとかいている。
「あー、疲れた。 こーい味の親子丼食べたい。 総ちゃんに買ってきてって電話しよー」
と伸びをしながら電話機へ向かっていった。
俺が母さんへの手紙をポッケに突っ込んだのも気付いていないだろう。
自分の部屋で見るぐしゃぐしゃの手紙は、浮ついていた気持ちを壊された心みたいに見えてくる。けれどゴミ箱へ捨てることも出来ず、勉強机に一つだけある鍵付きの引き出しに、ガチャリと鍵をかけてしまった。
(俺、バカみてぇ……)
昨日は学校に早く着いたのに、今日は遅刻寸前で到着した。朔臣がちゃぶ台で二度寝しているとも知らず、庭で市華ちゃんと夢中になって遊んでいたからだ。
朝から全力疾走し、秋なのに滝汗をかきながら席についた俺に、クラスの女子が手紙を渡してきた。
「はい。 返事は港人くんのタイミングでいいよ」
騒がしい教室なのにはっきりと聞こえる声量は、昨日便箋をくれた子だろう。俺は急いで教科書を出していたから、返事をしたようなしてないような。でも次の時にはその女子はいなかった。
そんな事よりもう先生が来る。手紙はランドセルの奥へ適当にねじこんだ。
その手紙は夜に自分の部屋で明日の準備をしている時に発見した。そういえば貰ったなーと朝の記憶が蘇る。
手紙を開くと、なんかシールとかが貼ってあって、不自然なくらいに丸い字に、変な記号が沢山あった。変な記号は恐らく飾りで、丸い字は行間が少なくて読みにくい。
解読はできたが「……で?うん……で?」と何度も声を出していた。
凪さん凪さん、凪さん凄い、耳に出来たタコが痛くなるほど聞いた内容にイラだってくる。他にもなんか書いてあったけど頭に入ってこない。
こいつもどうせ、母さんが有名な選手だから近寄ってきたんだろう、と思わざるを得なかった。
『返事はいつでもいいからね』
手紙の最後に書かれていた言葉は俺への気づかいなんだろうが、むしろ返事を書くことを強制されているとさえ感じる。
イライラしながら頭をかき、今日塾で貰った変なチラシの裏に、手紙の返事を書いてみようと試みてみた。
けれど書く内容なんて全く思いつかなくて、チラシの表面を見る。
「あっ!」
このふざけたキャラクターに鼻毛を描いて、ヘソをデベソにして、デブにしたら市華が笑いそうだと思って落書きを始めた。自分でもかなりおかしなキャラに仕上がり、クククっと笑い声がもれる。
一度空想が舞い降りてくると手が止まらなくなる。塾で貰った変なチラシは、原型を留めていない作品に生まれ変わった。ウンコの落書きが異様に多いが、まぁいいだろう。腕を組んで鼻をならす。
「市華ちゃん、なんて言うかなー」
チャックつきのファイルに、俺が魔改造したチラシをしっかりとしまった。明日のことを考えると、新しい遊びを思いついたみたいな気持ちでいっぱいになった。
翌日以降、朔臣が寝坊ばかりするから学校へ着くのがギリギリになってしまう日が続いた。どうやら時間をずらしたことが元凶だったようで、結局は元の時間に戻した。
しばらくは良かったものの、またクラスメイトがほとんど居ない時間に着いた。しかも今日は朔臣と二人で一番乗り。
まぁ、静かだしいっか。というのが、今の俺の気持ち。昨日母さんが家にいたのもこう思える理由の一つだろう。
たまには二人で何か話すのもいいかと思い、後ろを向いた。
あいつは顔を真っ赤にし、自作のカードに文字を消したり書いたりを繰り返している。何度も頭をかいて「うー」「あーーー」と濁音混じりの声を出していて、難しい問題でも解いていそうな様子だ。
俺の視線に気づいた朔臣はギロっと鋭い目をして「ちゃんと効果とか特性書けって言われた」と文句を言う。
「俺、ルール知らねーよ?」
すると、まるで俺がヘマしたみたいに舌打ちをする。あまりのくだらなさにため息さえ出なかった。俺はまた正面を向き、図書室から借りた本を手にとり机の上に開いた。
「おい港人ー、お前ってほんと大変だよなー」
「母さんの事?」
お前も俺にそんな事を言うんだなと、あきれながら返事をした。でも朔臣は鉛筆で俺の背中を突き、まだ誰もいない席の方向を指す。
「あいつ、お前のこと好きだってー。 那瑠とケンカしてんの、俺友達と遊んでる時にみた」
……と、言われても、朔臣の指す方向には誰もいないから誰の事だか分からない。まるで透明人間に好かれていると言われているようだ。
「噂だとさー、手紙交換してお前が遊ぶの誘ったってなってんだよ。 つか港人もさ、なんでそういうの俺に言わねーんだよ。 言ってくれてもよくね? あ、もしかしてあれ? 市華いるから言いにくいってやつ?」
全く身に覚えのない情報に口元がヒクつき、喉元が閉まって吐き気さえ感じる。朔臣が俺を観察するみたいにジッと見つめているから余計に気分が悪い。
「女子に手紙なんて書いてねーし。 俺なんもしてねーよ」
ただ事実を言っただけなのに、朔臣は決まりの悪そうな顔をした。
そして「あーあ! モテるっていいよなー!」と大きな声を出し、シッシと手を払ってくる始末。
俺もムキになってふんっと前を見る。
その日は何度か朔臣の差した方向を探すように見た。けれど感じるのは、誰かからのキツい視線だけ。朔臣の話していた噂とはかけ離れている現実に、これはなんなんだ?と疑問がつのる。
やっと授業が終わり、帰りの会が終わった。
クラスメイトが一緒に帰る友達と集まり出す中「私一くんのことなんか好きじゃないからっ!」と教室中にはっきりと通る声が聞こえた。
声の主は俺をギッと睨み、友達と腕を組んでドシドシとした足取りで廊下へと出ていく。
「は?」
自分の思った以上に大きな声が出た。
「お前やるじゃん」と肩を組んでくる男子と「一くん最低」と睨んでくる女子。空いた口が塞がらない俺は、今目の前で起きている出来事が全く分からない。
好かれていた事も知らないうちに嫌われ、加えてそれはクラスメイトのいる中で宣言された。俺だって嫌いだよと返せたら楽だろうが、そもそも誰だ、一体俺が何をした、という話だ。
秋の目がチカチカするほど眩しい太陽は、そんな俺をバカにしているように見えた。




