六話 学校での
夏休みが終わって初めての登校日。今日は宿題を提出して、グラウンドでの全校集会が終わったら解散。毎日こうであって欲しいくらいの楽な日だ。
夏休み明けの小学校四年生の教室は、いつになく仲の良い友達同士の輪が出来ていて賑やか。日に焼けたクラスメイトたちを見ると、特別好きでもないが久しぶりに会うからか話に混ざりたくなる。
朔臣たちの輪に入ろうと、ランドセルの片付けもそこそこに自分の席から離れようとした。
「ねぇねぇ、港人くんっ! 那瑠の話聞いてっ!」
甲高い声で呼ばれたのは隣の席の女子だ。
一応振り返ると、図らずしてその子を中心とした輪に入るような形になってしまった。
「那瑠ねー! パパとママとハワイ行ってきたんだー!」
「へぇ」と適当な返事をすると「那瑠ね、ちょっとしたホームステイみたいな事したのねー。 あ、那瑠って意外とチャレンジャーでしょっ? 凄くない?」
親と一緒だったんだろ?と返したかったが、口を開く前に「そう思うよねっ!」と、俺の気持ちとは正反対のことを言われた。
辛うじて発した「お」の一文字は声に出たのかも分からない。
「それでねー、BP発電の事スピークしたら、向こうのホストファミリーも知ってたよ! トッププレイヤーの子供とクラスメイトだよって言ったら、ワンダホーって言われちゃったー。 ミス 一凪、ユー、ノウ? って言ったら、知らないって返ってきたから、那瑠教えてあげたの! とっても美人なプレイヤーがジャパンにはいるんだよって!」
俺の事なんかお構いなしに話は進んでいる。ただ顔を見て、話を聞いてるフリをしているだけ。押し付けがましく話された内容のほとんどは頭に残っていない。
周りを取り囲む女子は、そんな一方的に喋る彼女と対等に話してるかの様子で頷き、相槌を打つ。
「へぇー」俺はそいつらよりだいぶ適当な返事をしているのに、中心にいる女はこっちに歩み寄ってくる。
「じゃーん! 港人くんにお土産だよー!」
「そう、ありがと」
ピンク色の袋に入ったお土産を折角だから受け取った。「中身見ていい?」と確認を取ると、大きな声で「うん」と返事が返ってきた。
中身はまたしてもピンク色の、なんかキラキラしたボールペンと消しゴム。
朔臣がヒョイっと俺の背後から顔を出す。
「あー! お土産だー! 俺のはー!?」
「朔臣くんのなんか買ってないよー!」
“朔臣くんのなんか”という言葉に眉をひそめる。取り巻きの女子たちもクスクス笑っているのが、更に俺を苛立たせる。
でも朔臣は、ただ口をすぼめて「ちぇっ」と返しただけ。
肩を落とす朔臣に「これやるよ」と俺は貰ったやつを差し出した。だって朔臣がずっとお土産を見てたから。
けど朔臣は俺の手を払って「はあ? いらねーし」と声を荒げ「お前、女子にお土産貰っていい気になってんじゃねーの?」と俺をあおってくる。
「は? なってねーし。 いらねーから」と冷めたトーンで返した。
すると朔臣はみるみるうちに顔を真っ赤にしてウワーッと俺に殴りかかってきた。
俺もムカついて体当たりをして返す。こんな時に分かりやすく殴り返したら負け。無鉄砲に殴ってくるのをガードしつつ、スネに蹴りを入れたりしてると朔臣はムキになってくる。
何度も周りの机に体が当たり、喧嘩は荒れに荒れていた。
俺らの横では取り巻きの中心にいる女子が大声で泣いて耳がキンと痛い。
そんなヒートアップした時に限り、運悪く先生がやってきた。
大きな怒鳴り声のお陰で朔臣が収まったのは不幸中の幸いだった。
同時にあれほど泣いていた女子が態度をコロッと変え、
「朔臣くんが港人くんの事殴りました!」
それは事実だけど違う、そう言い返したくて俺は唇をギュッと強く噛んだ。
「朔臣くんっ! 何やってるの!」
反論したらいいのに、朔臣は先生に「はい」とヤケクソな返事をする。
俺は険しい顔をして朔臣に無言で『なんで言い返さないんだよ』と言ったけど伝わる訳もなく、俺より口を曲げてジッと睨み返された。
くだらねー事件から始まった学校。
一つも宿題を手につけていない朔臣が先生に叱られる様子は、煩わしさを倍にしてくる。
(あー学校ってめんどくせー)
登校した時より軽いランドセルを背負って校庭へ出る。生徒たちがわらわらと集まっているから、このままこっそり帰ってもバレないんじゃないかと思ってしまう。
だって帰ったら母さんがいるかもしれないから、一分一秒でも長く母さんと一緒にいたい。
整列の号令がかかり、全校集会が始まる。
先生が代わる代わるなんか話しているけど、どうでもいい話ばかり。俺の頭の中は会えるかもしれない母さんの事でもちきりだ。
校長先生は、夏休みはどうだったとか、久しぶりに皆んなの顔を見られて嬉しいとか、そんなの俺にとってはどうでもいい。
だって学校が早く終わった日、母さんが家にいたことがあった。今日がその日かもしれないのだから、校長先生が話している新学期からの目標よりその事の方が重要だ。
「じゃあ、次は上級生に大切な事を聞いてみよう。 BP発電の訓練生を目指す人は手を挙げてー」
うっかり手を挙げそうになった。上級生たちを見ると、男子の大半が挙手をしている。でも手を挙げていないだけで、俺も同じ所を目指している。
「おおっ、去年より多いね。 夏休みにBP発電の体験会が来たからかな。 他の学年の子にも分かるように説明すると、BP発電とは仮想の空間で戦闘した時に出る頭からの信号を電力に変える発電だよ。
そこで戦闘する選手になりたい子や、BP発電に関わりたい子たちは、BP発電の訓練生にならないといけない。 訓練所へ行けるのは、仮想空間で戦える才能がある人だけ。 とっても凄い人じゃないとなれないんだ。
先生は、夢に向かって頑張れるのは今しか出来ないと思っている。 だから上級生の皆んな、受験に向けて頑張ってね」
校長先生の言葉は、まるで強くてかっこいい俺の母さんを褒めているみたいだった。俺も訓練生になって、母さんみたいに強い選手になりたいと手を強く握っていた。
全校集会が終わってすぐさま市華ちゃんを探した。身長はクラスで一番小さいけど、ずば抜けて可愛いから俺の目にはすぐに入ってくる。今だって、後ろ姿なのに人混みの中でもすぐに見つけられた。
「あっ! 市華ちゃんっ!」
駆け寄ろうとした矢先、ボコボコのランドセルを背負った奴が彼女の前にいた。こいつはいつも市華ちゃんをいじめてくる奴。
しきりに貧乏だとか服がどうとか、舐めた態度でいじめ始めた。早く盾になりたくて、周りの奴らを押し切って走った。
そいつが市華ちゃんに体当たりをしたのは防げなかったけど、倒れた彼女への追撃は庇うことによって防ぐことができた。
「おいやめろよ!」
俺の声より大きな声がした、朔臣だ。その声は、膝を擦りむいて大声を上げて泣いている市華ちゃんと重なる。
俺は市華ちゃんの前に両手を広げて立ち、朔臣はいじめっ子に勢いよく走って突っ込んでいく。小学四年生の中では一番大きな体をした朔臣に追いかけられたいじめっ子は、早々に降参した。
「自分より弱い奴いじめんじゃねーよ、この弱虫っ!」
朔臣がトドメに放った一言は、きっといじめっ子の耳になんて届いていないのだろう。いじめっ子は悪びれる表情ひとつせず、フンとそっぽを向いている。
「市華ちゃん、大丈夫?」
彼女は俺が手を貸さなくても自ら立ち上がり、砂をはらう。必死に涙を止めようと、服で目元をぬぐい、声をヒクヒクさせている。労わるように服の砂をはらってやった。
「港人くん、ありがとう。 お兄ちゃんも」
そういえば後ろに朔臣もいた。ツンとしているのはいつもの事。「別にー」と空を見上げているのも、あいつらしい。
「なぁ朔臣」そう、今日一連の事なんてなかったみたいに話しかけた。
「今度の日曜、父さんが朔臣も一緒におやつ買いに行こうだってさ。 たまにはお前の好きなもんで揃えようぜ」
まだツンとしている朔臣は「まぁ、悪くねーかもなー」と答えた。そして恥ずかしさを隠すみたいにグラウンドで遊んでいる友達の輪に入っていく。
「ねぇ、あいつの事、置いて帰る?」
「置いて帰っちゃおー!」
乗り気な市華ちゃんは目元に涙の跡があり、今も少しだけ鼻をすすっている。手を繋ぐ前に、ポッケに入れておいたやつを渡した。
「これ、貰ったからあげる」
市華ちゃんは中を見ていいか確認を取り、中身を見るとワァと声を上げた。キラキラした目で、ピンクの消しゴムを空にかざしている。
「かわいー! ありがとう!」
よかった。いつもみたいに、大きな目を細めて、見ている方も思わず笑顔になってしまう明るい市華ちゃんに戻った。
手を繋ごうとしたけど、あっと声を出した市華ちゃんはランドセルから何かを取り出した。そして白い石みたいな物を、得意気に見せてきた。
「ふふーん。 この石、綺麗じゃない? なんかさ、星に見えない?」と鼻高々に語って渡してきた。
手に取ると、確かに太陽光に照らされた白い石は夜空に輝く星に見えなくもない。
「こんな綺麗なのよく見つけたね! 嬉しいっ! ありがと!」
手に取ってみると、白い石の中にキラキラ光って見える部分がある。どこにでもありそうな石だけど、わざわざ拾うくらい綺麗だと思ったのだろう。
よく観察していると、市華ちゃんはねぇねぇと声をかけてきた。
「あとね、私難しい言葉覚えたの」
いつになく得意気な顔だ。ん?とその難しい言葉が発せられるのを待つ。
その難しい言葉はなかなか発せられない上、表情も段々と曇ってくる。でも再び得意気な顔をしたから、ようやくその言葉を聞けるのかと思った時。
「…………忘れちゃった」
俺は思わず吹き出した。だって恥ずかしさを隠すみたいに得意気な顔のまま言ったから。声を上げて笑う俺を、市華ちゃんは「もー」と言ってポカポカとたたく。もうお腹が痛い、息も苦しい。
「港人くん笑いすぎー!」
目尻に涙がにじんできて、袖でふくと少し落ち着いた。プクッと頬をふくらます市華ちゃんと、さっき貰った石。笑いが治ったお陰で冷静になれた。
「これ……ゴミじゃね?」
市華ちゃんはバレたとばかりに走りだした。全力で走っているのだろうけど、すぐに追いついた。でもまた転んだらいけないから、その速度に合わせて追いかける。
「おいー! お前ゴミ渡すんじゃねーよ!」
「ゴミじゃないもんっ!」
「ゴミだろー! このー!」
疲れた市華ちゃんが足を止めたから、その隙にこれでもかと脇をくすぐると、キャーキャー声を上げながら地面に尻餅をついた。もっとしたかったけど、両脇を抱えて立たせてあげた。
俺は目を細めてニコッと笑い、市華ちゃんは口をニカッと開いて笑った。互いが手を差し出し合い、手を繋いで帰った。
家に母さんは居なかったが、意外と落ち込まなかった。だって俺は小学生を卒業したら訓練生になる。こんな事で一々悲しんでいられない。
家の中でパシパシと頬を叩く音が響いた。




