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一港人の試練と青春とそれから  作者: 毛利 光玖
小学生編 第一章

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五話 団らんと疑問


 リビングのテーブルには、スーパーで買ったそれぞれが好きな惣菜が並んでいる。隣に座る母さんの所には白米のパックご飯と角煮が、自分が手に取りやすい場所に置いてある。


「みなくんはいいけど、総ちゃんは私の角煮食べないでよね」


 と父さんにふくれ顔で念を押す。


「はいはい」と言って上機嫌な笑みを浮かべている父さんは、色んな種類のチーズが乗ったプレートと鴨の燻製を自分の近くに置いていて、それらをワインと一緒にチビチビと食べている。


 俺はテーブルの中央に置かれた葉物野菜に手を伸ばす。赤や黄色もある鮮やかな色合い。加えてフルーツも乗ってるから、そればかり食べてしまいそうになる。


「あー、みなくん。 私のも残しといてよねー?」


「俺は朔臣みたいに食いつくさねーって。 はい、母さんの分」


 と箸で取って口の中に入れてやった。こういう事をすると喜ぶって、俺は知ってる。案の定、ニコニコの笑顔で頭にスリスリさせてきた。


 俺はハーブチキンソテーとちぎったパンを母さんに見せつけるように食べた。


 お菓子以外の食べ物に興味はないから、好きでもないし、嫌いでもない、なんなら味は飽きつつある惣菜。


 そんなご飯も今日は美味しくて、ふふっと笑いながら母さんを見ると「みなくんは好き嫌いしなくて偉いねー」と褒めてくれた。


「あ、ねー母さん。 今日の体験会でさ、俺、敵倒したよっ!」



「………………そう、よかった」



 母さんはかなりの間の後そう発した。


 褒めて貰えるかと思った俺は、不意を突かれて次の言葉が喉に詰まる。父さんは変わらずワインを飲んでいるし、何なら「これ美味いな」と呟いている。


「敵さ、敵。 あれ、なんかさ、なんか、ちょっと怖くね?」と必死に話題を絞り出した。


「あれ、結構こだわってるんだよ。 今回は小学生相手だから視線は動かさない設定にしたし、剣が当たるだけでダメージが入る。 でも人が剣に当たってもダメージは入らない」


 と話す母さんはテレビで見るみたいに真剣な顔つきだ。姿勢だって家じゃないみたいに正してるから、早見にバレた事なんて話せる空気ではない。


「みなくん。 今日体験してみて、BP(ビーピー)発電についてどう思った? 何でもいい、くだらない事でもいい、教えてくれる?」


 少し前のめりの姿勢は、このままメモでも取りそうな雰囲気だ。言わなくては、確かに感じた違和感を言わなくては……


 口が何度かパクパクと動いた後「早見先生って、怖くない?」と。


 笑いもせず「怖いよね、私もそう思う」と答えた。


 その先も何か続けて言いそうな様子を見せたが、また自分の食事に戻り、急いでご飯をかき込む母さん。


 俺も食べるスピードを上げる。

 父さんだけが自分のペースで食事をしている。


 和やかだったはずのリビングは、体がチクチクするみたいに居心地が悪い。この空気を俺は嫌という程知っている。だから早くご飯を食べ終え、自分のトレイの片付けだってした。



 母さんがソファーに座るように促し、恐る恐る隣に座った。


 自分を守るみたいに顔を伏せている。わざわざ重々しい空気を作って、俺に伝えにくい話をする。未だ酒を陽気に飲んでいる父さんが不愉快さを際立たせる。


「早見先生に……何か言われた? 実験に誘われたり……」


「二ノ宮って言ったのに、バレました」


「それだけ?」


 頷いて返事をすると、力が抜けた様子でクタッとソファーの背に寄りかかった。


 それだけじゃない、市華ちゃんを体験に参加させてくれとお願いしたけど、言われたのはそれだけだ。


「凪、考えすぎだよ」と父さんが口を挟む。母さんも力無く頷いた。


 でも俺の頭は、ここまで早見を警戒してる事でいっぱいになった。


 実験? 実験って何?

 あの怖い奴と母さんは何してんの?

 母さんは選手なんだよね、あいつと話すの?

 あいつも戦闘するの?


 眉間にシワを寄せていたようで、母さんの手が額に伸びる。


「ごめんごめん、確かに考えすぎだった。 変なこと言ってごめんね」


 取り繕うみたいに笑った顔を向けられ、俺はまた頷く。本当は思ったままの言葉を放ちたかった。



 回りくどいんだよってーー



 でも母さんと過ごせる時間は少ないから、怒られるような事はしたくない。父さんといる時みたいな反抗もするつもりはない。


 深呼吸して、ピアノの所へ向かった。


「ねぇ、今練習中の曲聴いてよ」


 弾けるだけで皆んなが凄いと言うピアノ。その鍵盤蓋をプレゼントを開けるみたいに開いた。


 これは、俺が今できる唯一の事。誰かの為に練習なんかしたことないけど、今考えれば母さんに褒められる為にやっていたのかも知れない。


 沢山の書き込みがある譜面のコピーを譜面台に置く手は震えていた。


 雑念を振り払い、鍵盤に指を置く。


 緊張してるからなのか、それとも失敗しないように集中してるからなのか。心はぐちゃぐちゃなのに、指が織りなすメロディーはいつもより綺麗な音を奏でる。


 父さんが「ピアノが歌ってる」と嫌味っぽく言ったけど、頭の中には留めずギロッと睨んだ。


 無事、最後の音まで間違えなかった。


 鍵盤からそっと手を離すと、拍手してくれたのは母さんだけ。初めて通して弾けたけど、嬉しくないのは何でだろう。


 対して父さんはリビングのテーブルに肩肘をついている。俺は深い呼吸を何度かして状況を把握した。


 この態度は演奏を間違えてた時のやつ。母さんがいなかったら、しつこいくらいの表現指導が待っていただろう。


 母さんは「ピアノ弾いてる指って、ずっと見てられちゃうのなんでだろー」と言ってる。



 それ、つまらなかった時の感想。



 と怒りたかった。

 いっそ喧嘩でも出来た方がスッキリするだろう。


「風呂入ってくる」


 この場から逃げたくてそう言った。夏で良かった、湯船を張らなくて済むから。


 洗面所へ行くと、ムワッとした蒸し暑さと共に、隣の家から声が聞こえてきた。ゲラゲラと笑う、騒がしくも暖かい声。今日はうちと一緒で、二ノ宮家も家族全員がいるのだと察した。


 洗面台の鏡に映る俺は、感情を殺した後の冷たい顔をしている。


 なんだか知らないけど自分の顔を見ていた。風呂に入る前って、あと服を脱ぐだけなのになぜかぼーっとしてしまう。父さんの話す声も、聞きたくないのに聴いてしまう。


「凪? 港人は凪に似てるんだから、早見先生なら気付くって。 さっきも言ったけど気にしすぎたよ。 それにまだ小学校四年生の子供を実験に誘う訳ないだろ」


 母さんに似ているらしい自分の顔を手で触った。


 口角の下がった口、鼻筋の通った高い鼻、二重幅が広めの目。髪質は硬くて、男にしては少し伸びている。でも切りに行くのがめんどくさい。


 めんどくさいのは、リビングから聞こえてくる会話も同じだ。


 実の父親が、子供をあやすような声で母親と話してるのを聞きたい奴なんていない。バサバサと服を脱いで、音をかき消すみたいに頭からシャワーを浴びた。


 消えなかったのは、早見に対して浮かぶ沢山の疑問。


 頭を洗う時も、シャワーが止められなかった。




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