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一港人の試練と青春とそれから  作者: 毛利 光玖
小学生編 第一章

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三話 BP発電体験会②


 体育教師が整列の号令をかけた。男子生徒がほとんどだからか、声かけの口調は厳しい。


 学年ごとに整列させているが、そのクラスのリーダー格でありそうな男子生徒がさらに声を上げて整列させている。


「おい、港人、お前は俺の前だろ」


 朔臣が俺の後ろに並んだ。クラス毎の名前の順にならんでいる徹底ぶりは、皆んなのやる気が手に取るように分かる。


 端に並んだ見学者はほんの数名で全員女の子。市華ちゃんが小さく手を振ってくれたから、小さく手を振って返す。


「それでは、早見(はやみ)正隆まさかた先生の入場です。 皆んな、大きな拍手を」


 マイクが割れそうな大きな声と、大きな拍手。会場は拍手に包まれているが、俺は手を叩くふりをした。



 扉が開いて、早見を一目見た瞬間。胸がヒヤッと凍った。


 

 出入り口から現れたのは、白衣を着た細身でひょろっと背の高い医師。


 怖いくらいきっちり整えられた髪、眼窩が深く、二重幅は離れていても分かる広さ、おまけに目が全く笑っていない不気味な見た目。


 体が完全に固まり、唾をゴクリと飲み込んだ。今まで出会ったどんな先生よりも怖い。後ろに視線を向けると、朔臣も同じように凍りついている。


 早見はごく微かに口角をあげ、ヒクヒクと動く口元は必死に笑顔を作ろうとしているように見える。


 生徒を歓迎しているとは到底思えず、何を考えているのかも分からないオーラ。体育館はシンとした空気に包まれた。


 ゆっくりとした足取りで壇上に上がり、大きなプロジェクタースクリーンの左隣に置いてあるパイプ椅子に座ったところで、


 体育教師が「続いて、広報の風見(かざみ)咲子さきこさんの入場ですっ!」と声を張り上げた。


 早見の次に入ってきた女性はスカートスーツに身を包み、朝の情報番組で見るような笑顔を作っている。


 カツカツとヒールの音を鳴らし、皆んなに笑顔を向け、時折手を振りながら壇上の左端に置いてある演台へ向かった。


 演台の前に立ち、生徒の事を端から端まで見渡した後「青柳小学生の皆さん! こんにちは!」と明朗な声で挨拶した。


 隣には全く笑っていない目で生徒たちを見下ろす早見がいるからか、挨拶の声が少ない。


「さーて、早速だけど、皆さんに質問です! BP発電を知っているお友達は手を上げてー!」


 数秒だけ間が空いた後、一人が手を挙げた。


 すると皆んながゾロゾロと手を挙げだす。俺も肘を曲げたまま、なんとなく手を挙げているフリをする。


「すごーい! 皆んな知ってるんだね! お姉さん嬉しいっ! じゃあ今度は、お姉さんの事を知ってる人っ!」


 手を挙げた者は少ないが「風見咲子ー!」とふざけて声を上げている奴がいる。バカそうな奴らが他にも何か言っている。


 風見は満面の笑み、隣に座る早見は俺らを氷のように冷たい目で見ているから正反対だ。


「よかったー、お姉さんの事を知ってるお友達もいて安心したよー。 さて、改めまして私は、アナウンサーとBP発電の宣伝担当をしている風見咲子っていいます。 皆んな今日は私のこと、咲ちゃんって呼んでいいからね!」


 と発すると、体育館全体に小さな笑いが起きた。


 俺はくだらなくて笑わなかったけど。


「さーて、これから今日やるBP発電の体験についてのお話をしまーす!」


 体育館の照明が落とされ、白いプロジェクタースクリーンが真っ白に照らされる。


「BP発電とは。 仮想空間で戦闘している時に脳から出る微弱な電流を大きな電気に変える発電の事だよー」


 と画面に映された文字を風見は読み上げる。


「これは私のすぐ隣にいる、医師であり、研究者でもある早見正隆先生が発明したものなんだ」


 発明者の早見正隆を可愛らしいイラストに変えたアニメ絵と、脳のイラスト、二頭身で黒い袴のような姿をした選手が剣を使って戦っているチャーミングなアニメーションが流れた。


「実際に行うBP発電は、二つ並んだブースにそれぞれ選手が入り、専用のゴーグルを付け、剣を持って、同時接続された仮想の空間で戦うよ。


 けど、いきなりこれをやるのは難しいから、今日は選手も、選手を目指している人もやる戦闘訓練をやります。 戦うのは動かない仮想の敵だよ」


 仮想の敵という単語に、皆んなが「えー」と不満の声を漏らした。俺はだろうなと思ってたけど。


 風見は生徒たちの声を待っていたかのような顔で端から端の生徒を見ている。


「そうだよねー、戦いたかったよねー。 でーもっ! 今日皆んながする仮想空間での戦闘は“特別仕様”! ゴーグルから見える景色は、現地の光景をリアルタイムで反映してるよ」


 だからといってリアクションは起きなかった。


 反対に俺は、特別仕様の所だけやけに弾んだ声を出していたのが気になった。これは本当にリアルタイムで流れているかを確認したら面白そうだ。


「最後に念の為伝えておくね。 今日は体験だから脳から電力は取らないよ」


 風見は手でオッケーのマークを作っている。生徒の反応も薄い、この行動はいるのだろうか。


「さぁ! 仮想の敵を思いっきり剣で切って、敵のゲージを三つ減らしてみよう!」


 やたら元気な声と共にスライドが終わり、体育館がパッと明るくなった。

 風見が号令をかける。


「じゃあ今度は、皆んな後ろを向いて! 白いブースの壁に戦う映像が映し出されるよ! この列のお友達から順番にやってみよう!」


 風見が一人一人を誘導しながら体験は進む。白いブースの壁には、さっきのように原っぱの上のステージがプロジェクターで映し出されていた。


「なー、港人ー。 俺って今日、仮想空間で人と戦うんじゃねーの?」


 朔臣が頭にハテナを浮かべて話しかけてきた。


「違う違う。 今日は仮想空間で、仮想の動かない敵と戦うんだよ」


「えー、期待して損したー」


「一流の選手も同じトレーニングをするんだって、母さんが言ってた。 だから拗ねるなよ」


 口をへの字に曲げたままの朔臣は、ぶつくさと文句を言っている。俺は放っておくことにした。



 トップバッターは下級生。プロジェクターに映し出された男の子は、剣と身長が同じくらいの長さに見える。


 仮想の敵は男の子と同じくらいの背丈。刀を頭上に振りかぶった状態で構えている。敵は説明された通り、全く動く気配がない。


 体の小さな小学生が、大きな剣を振り、仮想の戦闘相手をガムシャラに切り付けている。


 周りの奴らも、俺と朔臣も「いけいけっ!」と声を上げた。


 敵の体力ゲージをゼロにした時なんか、サッカーの試合観戦でゴールを決めた時のような熱狂につつまれた。


 仮想空間にテレビ中継の時のように観客はいなかったが、俺らがその役割を担っていた。


 そして周りの風景は、リアルタイムかどうかを確認するのを忘れていた。


 仮想の動かない敵といえど、人によって倒し方は様々だった。勢いよく相手を切り倒す者、遠慮がちに切る者、動けなくなってしまう者もいた。



 周りの奴らはずっと飽きもしないで声援を送っている。俺は徐々に展開のパターンが想像できるようになってしまい、熱狂からはすっかり冷めてしまった。


 リアルタイムだと言っていた周りの風景を見て時間を潰すのも、ただの原っぱとランニングや散歩をしてる人がたまに映るくらい。正直つまらない。



 なので、頭の中で実際にあの場に立った時のイメージをしながら観察することにした。


(多分、どこを狙っても攻撃が入るだろー。 今の奴だって、ただ剣を当ててるだけだったし……)


 と沢山の策を練る。


 体験は滞りなく進み、順番が目で数えられるくらいに迫ってきた。


 口角が上がり、息が上がってくるのが自分でも分かった。


 順番は後ろからなので、朔臣が先だ。さっきからずっと周りの奴らと「早く来ねーかな」「なぁ、今のみた!?」と鼻息荒くしている。


 こいつは運動神経がいいから、難なくこなすだろう。


 朔臣は威勢よくブースに入った。けれどスクリーンに映し出されたのは、仮想の敵相手に完全に固まるあいつの姿。


(は? 動かねーんだから、さっさと倒せよ)


 俺はため息をついた。


 冷めた目で見ていると、体をガクガクさせながらもなんとか敵を倒した。


 ブースを出てからは鼻高々に、「俺、敵、倒した」と得意気な様子で俺に話しかけたのなんか、バカ過ぎて再度ため息をつきたくなった。


「はい、じゃあ次のお友達ー?」という風見の声にすぐさま体が動く。


「お名前はー?」


「俺はにの……」

 風見とピタッと目が合った。


「あれ? 君、もしかして……」


 ハッとして咄嗟に、「俺、二ノ宮港人!」と声を張る。


 風見はニコリと笑い「じゃあ、港人くん。 お姉さんと一緒にブースに入ろっか」と背中を押された。


 胸が緊張とは違う、嘘をついてる時みたいな高鳴り方をしている。



 ブースに入ると、そこは少しの汚れもない真っ白な空間が広がっていた。とても箱の中とは思えない、どこまでも走れそうな空間。加えて外の音が全く聞こえてこない。耳がおかしくなりそうだ。


「はい、では、次はこのゴーグルを頭につけてもらうね。 これがVRゴーグルだよー」


 風見は俺にスキーのゴーグルみたいな物を渡した。これが本物のVRゴーグルかと息を飲む。


 レンズに相当する部分は白くて分厚く、意外と重さはない。ゴーグルをつけたが、視界はまだ真っ白なブースの中だ。


「よし、次は剣を持ってみよう。 そしたら目の前に戦闘相手が現れるよ」


 剣を渡され、戸惑うこともなくしっかりと握った。とびきり重くはないけれど、ずっしりとしている。汗ばんでくる手をしっかり握ると、視界が一気に変わった。



 風がそよぐ音、原っぱの上にある白いステージ。



 隣にいたはずの風見は見えなくて、目の前には人の形をした無個性な仮想の戦闘相手がいる。背の高さは同じくらいだが、頭上に剣を構えているせいで大きく見える。


 戦闘相手の左上に緑の横棒が三つに分かれた体力ゲージが表示されている。


『では剣を振って相手を切ってみよう! 三回相手に当てたら港人くんの勝ちだよ!』


 VR装置から指示が聞こえてきた。


 待っている間に考えた事と、今の感覚を照らし合わせた。


 どこに当たってもダメージは入るから当たればいい。


 軽く剣を振ってみたけど、腕の動きは剣の重さに負けることはないだろう。



(だからこうだっ!)



 剣を頭上まで振り上げ、ガラ空きの脇腹にめがけて勢いよく斬りつけてみた。


 何かが手に当たった振動がして、思わず自分の手を見た。敵を攻撃した感覚まであるとは思わなかったからだ。


 仮想の敵を切った感覚は誰かを叩いた時とも違うけど、当たった感覚だけは確かにあった。


 左上のゲージが一つ減っていたことにも、後から気がついた。


 同じように剣を振り続けていたら、気がつけば辺りはまた真っ白な空間になっていて、隣には風見がいた。


「おめでとう!どう?楽しかった?」


 過剰に楽しそうな様子でしてきた問いに、顔を引き攣らせて引いてしまった。


 勝手に「楽しかったよね」と相槌を打たれ、剣と装置を回収された。



 早く朔臣と市華ちゃんに感想を言いたくて急いでブースから出た。けれど真っ先に感じたのは壇上にいる早見からの、まるで天敵がこちらを睨んでいるような視線。



 体が勝手に震える。初めての戦闘体験で感じたワクワクなど、一瞬でどこかへ消えた。



 次に体験する奴が「どけよ」とぶつかってきて、ようやく我に返った。舌打ちを返しつつ、早見の事を見る。


 あいつはもうこちらを見ていない。


 ほっと胸が落ち着いた。


 体験が終わった奴らはさっきみたいに綺麗に整列しておらず、個々で話している。朔臣は友達と騒いでいるけど、たまには混ざってもいいだろうという気分になった。


「なー港人っ! 敵っ、弱かったよなっ!」


「お前ビビってた癖に何言ってんだよ」


 朔臣の間抜けさに、ほっと安心している自分がいた。



 中盤を過ぎてくると、体験を終えた者たちの列はぐちゃぐちゃだ。加えてオシャベリが目立ち、体育教師が何度も注意している。


 動かない敵、加えて剣が当たっただけで攻撃が入るのはもう見ていて飽きる。俺もさっきから欠伸が止まらないし、朔臣はまた別の友達の輪に混ざっている。


 一人になった俺は市華ちゃんの方を見た。すぐに目が合ってニコッと笑い合った。


 どこか羨ましそうな顔をして体験会を見学する彼女。



 こんな敵なら、市華ちゃんだって倒せるーー



 早見は壇上に座り、生徒たちを硬い顔つきで見ている。先生たちは生徒を見るのに必死。


 市華ちゃんにも同じ事をさせてあげたいという思いは俺を止めるブレーキにはならなかった。意を決して壇上にあがり、


「あのっ、早見先生っ! あそこに座ってる女の子! あの子にもやらせてやってください!」


 威勢よく言ったはいいものの、早見の鋭い眼差しが俺の事を刺す。目の奥が全く笑っていない、人の温かみが一切感じられない顔。


 加えて病院でしか見ない白衣は、この人が医者であることを実感させ、まるで命まで握られている感覚に陥る。


「君、誰かに似てるね」と早見はとても低い声で発し、その声がさらに恐怖を煽る。


「お、俺は二ノ宮港人! あの子の兄です!」


 負けそうになる気を取り直して言うと、静かに立ち上がり見学者のいる所へ向かった。俺が後ろにいないみたいな早足だ。


「この子っ!」と彼女の事を指差す。


「君もやってみるかい?」


 と早見は立ったままの状態で尋ねた。市華ちゃんは一瞬不安そうな顔をしたが、目つきを変える。


「やりたい!」


 と声を張りつつも、手は震えている。


 市華ちゃんは少し震えながら、風見とブースに入っていった。プロジェクターに映された彼女は緊張で目が泳いでいる。手に持っている剣は身長程あり、振れるか心配になる大きさだ。


 朔臣が俺の近くに来て、「おい、市華大丈夫かよ」と案じた時。


 市華ちゃんはよろけながら剣を振り上げ、足が絡み、大きくコケてしまった。大泣きする姿が映し出される。そこで映像は止まった。



 俺と朔臣はすぐブースの側に駆け寄る。


 ブースから出てきた風見が「早見先生! 怪我したみたいです! 早く中へ! 皆んな、早見先生はお医者さんだから大丈夫だよ!」


 早見は周りの動揺に何一つ動じていない、ゆったりした歩き方でブース内に入っていった。


 中からの音なんて一切聞こえてこない。待っている時間が無限に感じ、脂汗が出てくる。



 ようやく早見だけが出てきた。



 俺らに向かい「打撲だ。 痛がっているが、靭帯や骨に異常は無いと見られる。 でも念の為しばらく安静にし、疼痛や腫脹が続く場合は病院へ行きなさい」


 早口で述べられた言葉はほとんど頭に残らなかった。辛うじて残った「安静にして」という言葉に安心など出来なかった。隣にいる朔臣は眉間にシワを寄せて、いかにも分からなそうな顔をしている。


 市華ちゃんが体育教師から運び出され、風見がお仕舞いの号令をかけた。


 その時、俺の肩に早見が手を置いた。


「一港人……、だね? 凪によろしくね」


 そう小さな声で言われ、息が止まった。苗字を言っていないのにバレていた。


 なんで俺の事が分かったんだよ――


 震えながら早見を見ると、目は笑っていないのに奇妙な程口角をあげている。その様子はまるで獲物を前にした蛇のよう。




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