涙の別れと旅立ち
三度目の雷が轟きカイトは衝撃で再び宙を舞った。今度は幸いなことに露店のテントがクッションになってくれた。――雷鳴が止んだ後、カイトは暗雲がキダン上空から移動を始めたのを確認した。それはモンスターであるのだから当たり前なのだが、まるで意思を持っているかのようだった。空はいまだに暗く濁ったままだ。
「くっ、くそ……」
体中の切り傷・擦り傷が痛み、肩を強打したのか左腕があがらない状態だが直撃を免れただけ幸運と呼ぶべきか。それとも眼前に広がる地獄絵図に今こうして居合わせてしまっているのは不幸に違いないのか。
数発の稲妻の矢でキダンの街は壊滅状態であった。苦痛に泣き喚くものもいれば家屋が崩れた前で放心するもの、倒れこんだまま微動だにしないものもいた。
「!!お……おっちゃん!」
その動かないものはゴブリンの商人だった。カイトは慌てて駆け寄り声をかけるが……すでにゴブリンは息を引き取ってしまっていた。
「嘘だろ、そんな。ゴブリンのおっちゃん!目を開けてくれよ」
おそらくデミホルンで最初の涙が流れていた。
あの明るく優しかったゴブリンとのこれまでの想い出がカイトの頭を駆け巡った。
――誰もいないキダンの教会で目覚めた時、そこがどこかわからなかった。病室で寝ていたのではないのか。……夢なのか。だとしたらしばらく覚めないで欲しいな。どうせ目覚めてもいつもと変わらない退屈な病室の中なのだから。
何故か腰ベルトにデッキケースが装着されていたことはとても心強く感じた。
立ち上がり外へ出た。日の光がまぶしく、通りを挟んだ向かい側の露店では何やら肉が焼かれ甘辛い香りが鼻をくすぐった。まだ起きたばかりだからか少し肌寒くも感じた。……やけにリアルな夢だな。五感が刺激され現実味を感じたが、モンスターたちがひしめく街の光景がカイトの思考を混乱させた。
通りを少しあるくと「お、ここらじゃ見ねえ顔だな」と聞こえ、そちらへ振り向きしばし固まってしまった。
「お前さんに言ってんだよ」
とゴブリンはこちらを指さしてくる。
「お、俺?」
「そうそう。旅人かい?」
「……旅人なのかな?」
「なんだい、そりゃ?」
ガハハッと笑うゴブリンに気に入られたカイトはキダンの街のことやデミホルンのことを教えてもらった。一文無しだとわかると宿屋代を貸してくれたりもした。借りたものはしっかり返さねばと思い、思い切ってゴブリンに相談した。
「お金……《オヴィー》っての稼ぎたいな」
「何かしらのアイテムを持ってくりゃ、なーんでも買い取ってやるぜ!だがそのための力が必要だ。力といっても何も腕っぷしの強さだけじゃねえぞ。カイトの今『持っている何か』のことさ」
……そうだ、俺には仲間たちがいる。デッキケースから《アーマード・ファルコン》のカードを取り出しゴブリンに得意げに見せようとした時、カードから光が放たれアーマード・ファルコンが実体を持ち上空を舞った。
「おいおい、《召喚士》だったのかよ!なら、この世界で生きていけるじゃねえか」
生きていける……その言葉が体の奥深くにしみ込んだように感じた。その時からカイトの異世界での人生が本当の意味で始まったのだ。
――いまだ宙に舞う粉塵は完全には落ち着かず、怒号と悲鳴が何層にも重なり聞こえる中ゴブリンはその命を終えデータ分解されていった。
「ううう……ああ……うああああ」
カイトは声にならない声で泣いた。分解がものの数秒で終わりアイテムが出現した。《ゴブリン族の首飾り》である。
数週間後
キダンを襲った暗雲はデミホルン全域で確認された。いまや世界の空全体が暗く染まり昼でもやや薄暗く光が差し込まなくなってしまった。
各地で本来の自然界には存在しないタイプのモンスターが出現し、既存のモンスターたちを次々と襲った。それらは《クライシス・モンスター》と呼称され懸賞金がかけられたりもした。この非常事態の中、獣人型の中でも腕の立つ騎士タイプや武闘家タイプのモンスターたちはこの《クライシス・モンスター》の討伐に繰り出したのである。
――カイトもその討伐組の一人となった。
あれからキダンは街としての機能を完全に失った。カイトは別の街に拠点を移し宿屋で療養していたのだ。
傷も癒え左肩も完治した今こそ旅立ちの時だ……もし本当に《魔王》がいてこの世界を暗くしている黒幕であるなら……俺はそいつを絶対に許さない……
デッキケースからカードを取り出しテーブルに広げ、相棒たちを再確認した。今までとは違い危険で過酷な旅になるであろうことはカイトもわかっていた。
「まずはクライシス・モンスターを倒す。おっちゃん、見ていてくれ」
広げたカードをデッキケースに戻し、ゴブリンの形見である首飾りを下げ宿屋の扉を開き外に出た。




