ルシアンの幸せ、ロイの兄としての愛と雨に消える涙
私にはほとんど記憶がない。 どこで生まれたのか、育ったのか何も思い出せない。
この堤防の主任のロイドさんの話だと、僕は夜の見回りので、堤防の土手の上で酒によい倒れていたそうだ。
私はもともと身寄りがなく、2年ほど前、堤防の管理の仕事でロイドさんに雇われ、彼と一緒に様々な堤防を見て回っていたようだが、残念ながらその記憶もない。
「何の記憶もない」という私にロイドさんは「これから、空の頭にいろいろ詰め込めばいいさ」と笑った。
彼は新しい堤防を築く仕事の依頼があったので、これから人を雇ったり忙しくなるぞ、と主任のライドさんは私に言った。
私は彼のために必死に仕事を覚え、空の頭を補うべく、堤防の勉強をした。
堤防作りは力のいる大変な仕事だが、僕には会っていると思った。
堤防が崩れそうになった時、作業員たちと必死に堤防を守っている時、なぜか、フッと頭に浮かんだことがある。
それは同じ位の年の男の子と楽しく泥の堤防で遊んだ記憶だ。
どうやら、私は堤防の近くで生まれ、育ったようだ。
堤防は無事に守られ、改造案も通り、今回の私の働きで、ライド主任からも作業員の人達にも認められ、私はこの仕事にプライドをもって取り組むようになった。
この堤防が完成したら、私はこの堤防の責任者になり、主任に昇格する。
ロイドさんは引退するそうだが、彼とは変わらぬ関係を持ちたいと思う。
孤児の私を拾ってくれ、私を育ててくれた、私にとっては彼は親同然だ。
ほとんどない記憶ではあるが、なぜがワインと薔薇の花を見ると、懐かしさが心の奥にともる。
柄でもないが、近くの花屋で薔薇をよく買うことがある。
その花屋には、美しい娘がいて、彼女は私がよく花を買うお礼にと高級ワインを私にプレゼントしてくれた。
それが、きっかけで私は彼女と付き合うようになった。
主任に昇格したら、結婚しようと彼女にプロボーズした。
なんの記憶も持たない、孤児のような私だが彼女は心よく、プロポーズをうけてくれた。
もうすぐ私にも家庭ができる。
私はこのことを主任のロイドさんや、皆に報告すると、皆は自分のことのように喜んでくれた。 今、私は幸せだ。
ルシアンの昇格の話と近いうちに結婚するとの、ロイドの報告を聞き、ロイエンタールと私は、彼の働く堤防にリチャードの操る馬車で目立たぬよう見に行った。
私は黒いドレスを着て、ロイとともに馬車に乗った。
ルシアンは日に焼けた顔をして、元気そうに働いていた。
私たちは彼をしばらく見ていたが、そのうち雨が落ちてきた。
雨の中ルシアンは一生懸命働いていた。 ロイはそんな彼を見て雨の中泣いていた。
雨は彼の涙を消してくれていた。
「あなた」とマリアンヌは声をかけ、そしてロイをだまって見ていた。
帰りの馬車の中、マリアンヌは今回の堤防完成の功績と結婚のお祝いに薔薇の花と高級ワインと報奨金を公爵家から、ルシアンに送りましょうと、言うとロイも「豪勢だな」とほほ笑んでくれた。
雨の降る馬車の中で、静かな時間が流れていった。




