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死者の目覚め  作者: モモンガ太郎
第2部

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第三十章 まとまったはずの日々

二月。


美咲のスピーチから一週間。


拠点は落ち着きを取り戻しつつあった。データは公開され、合同巡回が始まり、北九州から帰った十五人のうち七人が戻ってきた。完全にではないが、繋がりは回復していた。


篠原と鹿児島の元暗号解析官が共同で、第二ノードの四十七分間の返答データを解読していた。二人の解釈が食い違う箇所は「両論併記」としてまとめられ、全拠点に共有された。


永田は公開されたデータに基づいて、各拠点の備蓄状況と人員配置を整理し始めた。藤堂は合同巡回の指導に回り、拠点の若い男女に見張りと護身の基本を教えた。黒木は北九州の農地拡大に力を注いだ。


三つの柱は形を変えて、回り始めていた。


美咲は記録ノートを開いた。遺体記録のノートは五冊目に入っていた。だが、最近は別のことも書いていた。会議の内容。各リーダーの発言。決定事項。食い違った点。


記録することが、美咲の役割になりつつあった。遺体の名前だけでなく、生きている人間の営みも。


二月八日の朝。


美咲は違和感を覚えた。


朝の配給の列で、隣に並んでいた二人の男が話していた。鹿児島から来た若い男と、福岡の元住民の中年の男。


「昨日の会議で、永田さんが食料の配分を変えるって言うとったろ」


「言ってないよ。そげな話は出てない」


「いや、確かに言うとった。鹿児島の取り分を増やすって」


「それはお前の聞き間違いやろ」


口論は短く終わった。だが、美咲は引っかかった。昨日の会議のノートを確認した。


永田はそんな発言をしていなかった。食料配分の議題自体が、昨日の会議にはなかった。


記憶の食い違い。また始まった? いや、第二ノードの干渉はもう止まっている。観測装置にも、0.5ヘルツの信号は検出されていない。


ただの聞き間違い。そう結論づけた。


翌日。


別の場所で、似たようなことが起きた。


合同巡回中に、藤堂の元部下と黒木のキャンプ出身の男が口論になった。


「お前、昨日の巡回で俺の持ち場を勝手に変えたろう」


「変えてない。最初からあの配置やったろ」


「嘘つけ。俺は西門を担当しとったのに、お前が北門に回せと言ったやないか」


「言ってない。何の話かわからん」


美咲は巡回のシフト表を確認した。


その男の持ち場は最初から北門だった。西門ではない。


だが、男は西門だったと「はっきり覚えている」と主張した。


**記憶の食い違い。**


第二ノードの後遺症か。それとも――


美咲は篠原のところに行った。


「また記憶の食い違いが起きとうんですけど、0.5ヘルツの信号は出とらんのですよね?」


篠原が観測装置を確認した。


「0.5ヘルツは完全に沈黙。14.7ギガヘルツも。既知の全帯域で異常なし」


「じゃあ、後遺症ですかね」


「かもしれん。ただ――」


篠原は首を傾げた。


「気になることがある。食い違いのパターンが、**偏りすぎとう**」


「どういうことですか?」


「第二ノードの干渉中は、記憶の混乱はランダムに起きとった。名前を忘れる、日付を間違える、手順を飛ばす。無差別やった。でも、今起きとう食い違いは、全部**人間関係に関わるもの**たい」


美咲は考えた。確かにそうだった。


配給の量。永田の発言。巡回の持ち場。全て、**誰かと誰かの間で摩擦が起きるような種類**の記憶だけが食い違っていた。


自分の名前を忘れる人はいなかった。作業の手順を間違える人もいなかった。ただ、「あの人がこう言った」「あの人がああした」という、**対人関係の記憶**だけが、微妙にずれていた。


美咲の背筋が冷えた。


「篠原さん。これ、後遺症やないかもしれん」


篠原は美咲を見た。同じ結論に達しつつある目だった。


「ノード3」


「集団行動の観測者」


二人は同時に観測装置に走った。


0.5ヘルツは沈黙。14.7ギガヘルツも沈黙。だが――


「翔太! 全帯域スキャンや! 電磁波だけやない。**全部**調べろ!」


翔太がスキャンを実行した。電磁波の全帯域。音波。重力波検出器の代わりになるものはないが、少なくとも既存のセンサーで拾える全てを。


結果は全て陰性だった。


何も検出されなかった。


「……何もなか」翔太が言った。


篠原は腕を組んだ。


「電磁波でも音波でもない。じゃあ何たい。何でこんなことが起きとう」


美咲は窓の外を見た。校庭で、合同巡回の交代組が引き継ぎをしていた。二人の男が、何かの確認で軽く揉めていた。すぐに収まったが、以前なら笑って済んでいたような行き違いだった。


「篠原さん」美咲が静かに言った。「もし、ノード3の干渉が**電磁波じゃなかったら**」


「なかったら?」


「検出する方法がない。検出する方法がないから、来ていることにも気づけん。私たちが今感じとう違和感は、後遺症だと思い込む。そして、そう思い込んどる間に、**静かに集団が壊れていく**」


篠原は黙った。


「集団行動の観測者やけん。電磁波で脳をいじるなんて雑なことはせんかもしれん。もっと繊細に、もっと巧妙に。**人と人の間にある信頼そのもの**に介入する方法があるとしたら」


「そんなことが可能か?」


「わかりません。でも、ノード1は死者を蘇らせた。ノード2は脳波に干渉した。どっちも、人間の科学では説明できんことやった。ノード3が、**検出不可能な方法**で集団の結束に干渉しとったとしても、驚くことやないと思います」


篠原は額を押さえた。


「検出できない。つまり、来ているかどうかすらわからん。対処のしようがなか」


「対処のしようがない、かもしれんです」美咲は言った。「でも、**意識することはできる**」



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