第二十五章 篠原への疑惑
一月十日。
永田が、中村と美咲を呼び出した。
「単刀直入に言う。篠原さんの解読結果は、信用できるんですか」
美咲は身構えた。
「どういう意味ですか」
「篠原さんも二十日間の干渉を受けとう。思考力に影響が出とったのは、本人も認めとうやろ。信号が止まった後、回復したと言っとう。だが、それは**篠原さん自身の判断**たい。干渉を受けた脳が、自分は正常だと判断しとうだけかもしれん」
中村が眉を寄せた。
「永田さん。篠原さんを疑っとうんか」
「疑っとうんやなか。確認しとうんです。篠原さんが解読した返答データの内容に基づいて、私たちは判断を下しとう。ノードの数が四体であること。第二ノードの特性。接触のスケジュール。**全て、篠原さんの頭を通した情報**たい」
永田は眼鏡を直した。
「もし篠原さんの認知が――無自覚のうちに――歪められとったら。解読結果が間違っとったら。私たちは間違った情報に基づいて動いとうことになる」
美咲は言い返そうとした。だが、言葉が出なかった。
永田の指摘は、論理的には正しかった。
篠原の解読を検証できるのは翔太だけだった。だが、翔太も同じ干渉を受けている。二人とも脳が書き換えられていたら、ダブルチェックは意味をなさない。
「何が言いたいとですか」美咲が聞いた。
「解読データの生データを公開してほしい。篠原さんの解釈を通さない、生の数列データを。それを、干渉の影響が比較的軽かった人間――例えば鹿児島のキャンプにいて、後から合流した人間に、独立して検証させたか」
「篠原さんのプロトコル解読がなかったら、生データは読めんです」
「わかっとう。だから、プロトコルの文法体系も公開してほしい。篠原さんが独占しとう知識を、全員で共有する。そうすれば、篠原さん一人の頭に依存せんで済む」
中村は黙っていた。
美咲は思った。永田の主張は合理的だ。だが、その裏に何があるのか。
知識の共有は正しい。だが、知識が共有されれば、篠原の立場は変わる。今は篠原だけがあの言語を読める。それは権力だった。意図せぬ権力だったが、それでも権力だった。
永田はその権力を分散させたがっている。動機は合理性か。それとも、別の何かか。
美咲は永田に聞いた。
「永田さんは、篠原さんが意図的に情報を隠しとう、と思っとうんですか」
永田は首を振った。
「意図的にとは思っとらん。篠原さんは誠実な人やろう。だが、誠実な人間でも、脳が歪められとったら、自分では気づけん。これは篠原さんの人格の問題やない。**構造の問題**たい。一人に情報が集中しとうことが問題なんです」
美咲は答えなかった。
永田は正しい。だが、その正しさが、篠原を追い詰めることになりかねない。




