第十四章 秋の空
十月。
福岡の街に、人の営みが戻り始めていた。
博多駅周辺の遺体は全て処理された。拠点の中学校を中心に、半径一キロが「生活圏」として整備された。井戸水は使えなかったが、雨水タンクと浄水フィルターで飲料水を確保した。
畑が広がった。校庭だけでなく、近隣の公園や空き地が耕された。秋野菜の芽が出ていた。大根。白菜。ほうれん草。
北九州との間に、定期的な物資と人の行き来が始まった。国道三号線の放棄車両が少しずつ撤去され、自転車で丸一日かかっていた道のりが、半日に短縮された。
九州各地の生存者との通信網が拡大した。鹿児島、熊本、長崎、大分、宮崎。各拠点の人口を合わせると、九州全体で約千五百人。一年前の人口の〇・〇一パーセント。
だが、千五百人は生きていた。
十月八日。
篠原が志賀島から博多の拠点に移ってきた。翔太とユキと、残りの島の住民全員を連れて。
「もう島に籠もっとう段階やなか。データの解読は進んどうけど、私一人の頭じゃ限界がある。他の人間の知恵が要る」
篠原はノートパソコンを会議室のテーブルに置いた。
返答データの解読率は、十月時点で約三割。残り七割は手つかずだった。
「三割で見えてきたことをまとめる」
篠原は全員の前でホワイトボードに書き始めた。
一、観測者は複数存在する(ネットワーク)
二、個々の観測者は独自判断で行動する
三、最初の観測者は「問い」に応じて停止した
四、最初の観測者は他のノードに報告を送った
五、次のノードがいつ、どう行動するかは不明
「ここまでが確定情報。ここからは推測」
篠原は赤いペンに持ち替えた。
六、観測者の目的は「理解」。ただし、各ノードで「理解の方法」が異なる可能性がある
七、最初のノードは蘇生という方法を選んだ。次のノードは別の方法を選ぶかもしれない
八、観測者ネットワークの全体的な目的、つまり「何を理解しようとしているのか」はまだ不明
「そして、最も重要な推測」
篠原は大きく書いた。
**九、最初のノードが我々の「なぜ」に応じたことは、ネットワーク全体に共有されている。次のノードは、我々が「問いかける存在」であることを知った上で接触してくる**
藤堂が言った。
「つまり、次の相手は俺たちのことをある程度知っとう。有利なのか、不利なのか」
「どちらとも言えん。ただ、**白紙の状態ではない**。最初のノードが『人間は問いかける存在である』と報告しとう以上、次のノードはそれを前提に来る。蘇生のような一方的な実験はしないかもしれん。あるいは、逆に、問いかけを封じるような方法で来るかもしれん」
美咲が聞いた。
「篠原さん。残りの七割に、もっと詳しい情報がある可能性は」
「ある。第六ブロック以降は、観測者ネットワークの構造やプロトコルに関する記述が増えとう。全部読み解ければ、ネットワークの規模や、各ノードの行動パターンがわかるかもしれん」
「どれくらいかかります?」
篠原は考え込んだ。
「今のペースやと……あと一年半。でも、もし**計算能力を上げられれば**、もっと早い」
翔太が手を挙げた。
「先生。この前の焼却作業中に、天神のオフィスビルからサーバーラックを見つけました。電源は死んどうけど、中のプロセッサは生きとう可能性がある。発電機で動かせれば――」
「計算速度が上がる」篠原の目が光った。「翔太、それ本当か」
「明日見に行きましょう」
美咲は窓の外を見た。
秋の空は高かった。一年前の空と同じ。だが、あの空の下の世界は全く違っていた。
死体の山を焼き、疫病と戦い、人間同士でぶつかり合い、それでも畑を耕し、井戸を掘り、ラジオで繋がり、データを解読し、少しずつ、少しずつ前に進んでいる。
再建できるかどうかは、まだわからない。
でも、千五百人は生きている。問い続けている。
それだけは確かだった。
美咲は胸ポケットの写真に触れた。
「お母さん。秋が来たばい」
*――千五百人の人類が、九州で秋を迎えた。*
*――畑に芽が出て、遺体が弔われ、データが読み解かれていく。*
*――空の上では、観測網が静かに待っている。*
*――次の接触が、いつ来るのか。*
*――それまでに人類は、何を準備できるのか。*
*――答えを持つ者は、まだ誰もいない。*




