第五章 藤堂
翌朝。
美咲は早起きして、キャンプの中を歩いた。
朝靄の中、すでに動いている人たちがいた。井戸から水を汲む女性。畑に向かう老人。焚き火の前でお粥を炊く男。
二百人のキャンプは、一つの小さな町のようだった。
畑の横を通りかかった時、声をかけられた。
「福岡から来た子やろ?」
振り返ると、四十代の男が畑の畝に膝をついていた。短く刈った髪。日焼けした顔。穏やかな目。だが、体つきは明らかに一般人のそれではなかった。
「……はい。田中美咲です」
「藤堂だ」
美咲は身構えた。黒木が警戒していた男。
藤堂は立ち上がり、手の土を叩いた。
「そう怖い顔するな。畑仕事しとうだけたい」
藤堂は背が高かった。百八十は超えている。だが威圧的な雰囲気はなかった。むしろ、穏やかですらあった。
「黒木さんから色々聞いとうやろ。俺のこと」
美咲は正直に頷いた。
藤堂は苦笑した。
「まあ、あの人の立場から見たら、俺はやりにくい存在やろうな。でもな、田中さん」
藤堂は畑の向こう、キャンプの外に広がる北九州の街並みを指差した。
「あの街に、何十万体の遺体がある。夏が来たら疫病が出る。それは確実たい。コレラ、赤痢、ペスト。抗生物質がない世界で、一度疫病が広がったら止められん。このキャンプの二百人が全滅する可能性すらある」
藤堂の声は落ち着いていた。煽るような調子ではなかった。
「遺体を処理せんと、夏を越せん。処理するには人手と組織が要る。一体一体に手を合わせて弔う時間はない。効率的に、大量に、焼くしかない。それが俺の主張たい。間違っとうか?」
美咲は答えに詰まった。
間違っていない。論理としては正しい。疫病のリスクは原口も指摘していた。
「でも……」美咲は言葉を探した。「あの人たちは、誰かの家族やったんです。名前も確認せんで、焼くだけっちゅうのは――」
「わかっとう」藤堂は遮らなかった。美咲の言葉を最後まで聞いた。
「わかっとう。俺もな、部隊の仲間を何人も失った。名前も知っとうし、家族のことも知っとう。弔いたい気持ちはある。でも、弔いに時間をかけとう間に生きとう人間が死んだら、それは本末転倒やなかか」
沈黙が落ちた。
藤堂は美咲をまっすぐ見た。
「もう一つ聞いてよかか。お前さんたち、志賀島の三十三人。空の上のあれを止めたっちゅう話やろ。篠原さんっちゅう科学者がおるとも聞いた」
美咲は警戒した。
「あの人が解読しとうデータ。あれの中身は、お前さんたちだけのもんか? それとも、全人類のもんか?」
美咲は答えなかった。
藤堂は続けた。
「俺が言いたいのは、情報は共有すべきやっちゅうことたい。空の上にまだあれがおるなら、それは俺たち全員の問題やろう。三十三人だけで抱え込むもんやない」
美咲は黙ったまま、藤堂の目を見つめた。
この男は、黒木が言うような単純な権力欲の持ち主ではないかもしれない。言っていることは正しい。遺体処理も、情報共有も。
だが、美咲は同時に気づいていた。正しいことを言う人間が、必ずしも正しいことをする人間とは限らないことを。




