第三十二章 五日足りない
「七日? あと二日しかなかとに?」
中村の声が高台に響いた。
篠原は頷いた。
「マスターキーの理論は正しか。翔太が見つけたヘッダー構造は間違いなか。でも、それを実際に使える形にするには計算が要る。今のノートパソコンは――」
「CPUがCore i5の第八世代です」翔太が補足した。「二〇一八年のモデル。科学計算には力不足すぎる。本来ならスパコンか、せめてGPUクラスタが欲しいところを、これ一台でやろうとしとうけん」
「五日足りん」美咲が呟いた。
「五日」中村が腕を組んだ。「五日分の計算能力が足りんのか。計算を速くする方法は?」
「パソコンを増やす」翔太が言った。「同じ計算を分割して、複数台で並列に処理すれば速くなる。七台あれば、一日で終わる」
「パソコンを七台。この島に」
「ノートパソコンじゃなくてもよかです。デスクトップ。もっと言えば、GPUが載ったゲーミングPCが一台あれば、それだけで足りるかもしれん」
中村は南の海を見た。本土の方角を。
「……また、行くとか」
翔太は首を振った。
「行って帰って来るだけで一日使う。設置と接続にも時間がかかる。今から本土に行っても、間に合うかどうかギリギリたい」
沈黙が落ちた。
篠原が口を開いた。
「もう一つ方法がある」
全員が篠原を見た。
「計算を速くするんやなくて、**計算量を減らす**。ヘッダーの全パターンを解析するんやなくて、**一部だけを解析して、残りを推測する**」
翔太が首を傾げた。
「精度が落ちます。逆信号の位相がずれたら、無効化できん可能性がある」
「わかっとう。でも、ヘッダーの構造にはっきりした数学的規則性がある。繰り返しパターン、対称性、再帰構造。全部を計算せんでも、骨格を掴めば残りは外挿できる」
「外挿の誤差は?」
「わからん。やってみんと。うまくいけば二日で計算が終わる。ただし、生成された逆信号が**正確かどうか保証はない**。七割の確率で効く、かもしれん。五割かもしれん。三割かもしれん」
中村が言った。
「三割でもやるしかなかろう」
篠原は頷いた。
「それともう一つ。逆信号が完成しても、それをただ垂れ流すだけじゃダメたい。あの返答パターンの中には、蘇生信号のヘッダーだけやなくて――**制御構文**らしきものも含まれとう」
「制御構文?」
「通信プロトコルで言えば、コマンド。『開始』『停止』『対象指定』みたいな命令体系。翔太が見つけたヘッダーはその一部。返答パターンを全部解読できれば、もしかしたら――」
篠原は言葉を選んだ。
「**『停止』コマンドを送れるかもしれん**。蘇生信号そのものを止める命令を、あいつに向かって。逆信号で上書きするんやなくて、あいつ自身に**やめさせる**」
美咲が息を呑んだ。
「でもそれは――」
「七割の逆信号よりもさらに不確かたい。制御構文の解読が正しいかもわからん。送ったところであいつが従うかもわからん。でも、逆信号と停止コマンドの両方を同時に送れば、どちらかが効く確率は上がる」
「二段構えですか」美咲が言った。
「そう。保険と本命。逆信号が保険。停止コマンドが本命。どっちかが効けばよか。どっちも効かんかったら――」
篠原は言わなかった。全員がわかっていた。
翔太が立ち上がった。
「やりましょう。計算の分担は俺がやります。先生はヘッダーの数学的モデリングと制御構文の解読を。並行して進めれば――」
「二日。四十八時間」篠原が言った。「一秒も無駄にできん」




