第三十一章 いたちごっこ
一月二十日。残り二日。
篠原は送信機の前から離れなかった。
空からの信号の周波数は、時間あたり約0.02ギガヘルツずつずれ続けていた。篠原はそのたびにこちらの送信周波数を手動で追従させた。だが、そのたびにわずかな隙間が生まれ、島の端で倒れていたゾンビの指がぴくりと動いた。
「追いつけんくなるのは時間の問題たい」
篠原は翔太に言った。二人きりの時だけ、篠原は弱音を吐いた。
「今は0.02ずつ。でもあいつの変化速度は加速しとう。昨日は0.01やった。明日は0.04になるかもしれん。あさってには0.1。そうなったら、手動じゃ絶対に間に合わん」
翔太はノートパソコンの画面を見つめていた。過去数日間に記録された、空からの信号データ。蘇生信号のパターン。こちらが送った素数列に対する返答のパターン。そして、周波数シフトのパターン。
「先生」
「ん?」
「この返答信号のデータ、もう一回見せてもらえますか。十二月に送信を始めた時からのやつ」
篠原がファイルを開いた。素数列を送った直後に返ってきた、あの規則的なパルス。短い。長い。短い。短い。その後も毎日送信するたびに返ってきた、少しずつ変化するパターン。
翔太は一時間、画面を睨み続けた。
そして、顔を上げた。
「先生。これ、**エコーじゃないです**」
「エコー?」
「俺たちはこれを『返答』だと思っとった。こちらの信号に対するリアクション。でも、よく見たら、返答パルスの中に――**蘇生信号と同じ構造**が含まれとう」
篠原が画面を覗き込んだ。翔太が指差した部分を拡大した。
返答パルスの中に埋め込まれた、微細な波形パターン。それは確かに、蘇生信号のベースラインと同じ数学的構造を持っていた。ただし、はるかに圧縮された形で。
「これは……蘇生信号の**ヘッダー**か?」篠原が呟いた。
「ヘッダー。そうです。通信プロトコルのヘッダー。データ本体の前に付く、制御情報。あいつの蘇生信号は、毎回このヘッダーから始まっとう。周波数が変わっても、変調方式が変わっても、**このヘッダーだけは変わっとらん**」
篠原の目が見開かれた。
「つまり――」
「周波数を追いかける必要はなか。**このヘッダーの逆信号を送れば、どの周波数でも蘇生信号を無効化できる**。マスターキーです。鍵穴がどんなに変わっても、合鍵が一本あれば全部開く」
篠原は翔太を見た。
「翔太。お前天才か」
「先生に育てられましたけん」
篠原は初めて、心の底から笑った。だが、すぐに表情が引き締まった。
「ただし、問題がある」
「わかっとります」翔太の顔も曇った。
「ヘッダーの逆信号を生成するには、パターンを完全に解析せないかん。パルスの微細構造を数学的にモデリングして、位相を正確に百八十度反転させる。うちのノートパソコンの処理能力じゃ――」
篠原が計算した。
「……七日。最短で七日かかる」
残りは二日だった。




