第二十九章 起動
一月十九日。午前六時。
夜明け前、全員が高台に集合した。
三十三人。遠征前の四十二人から、九人が減っていた。鶴田。遠藤。吉田の妻。池田の息子。宮本。そして昨夜、南の浜の防衛で二人が噛まれ、処理された。さらに一人が、夜中に心臓発作で死んだ。送信中だったから、蘇らなかった。
三十三人が、高台の送信機の周囲に集まっていた。
篠原は装置の前に座っていた。顔色は悪かった。額にうっすらと汗が浮いていた。熱は下がっていなかった。だが手は震えていなかった。
「手順を説明する」篠原の声は明瞭だった。「まず既存の送信を停止する。次に増幅ユニットへの電力供給を開始。周波数同期に約六十秒。出力安定まで約三十秒。合計九十秒で新システムが立ち上がる」
篠原は全員を見た。
「この九十秒間、蘇生阻害は消える。そして起動後に何が起きるかは、正直わからん。島のゾンビが止まるかもしれんし、何も起きんかもしれん。それでも、やる」
中村が前に出た。
「防衛配置につけ。九十秒間、何があっても装置に近づけさせるな」
三十三人のうち、戦える者は二十人足らずだった。高台の周囲に円陣を組んだ。内側に篠原と翔太と装置。その周囲を、武器を持った者たちが囲んだ。
美咲は篠原のすぐ傍に立った。右手に鉈。左手は装置の支柱を掴んでいた。
中村は円陣の最前列、南側に立った。海から来る敵が最も多い方角。鉈を構えた。
「佐々木、時間を計れ」
佐々木が腕時計を見た。
「了解」
夜明けの光が、水平線を赤く染め始めていた。
海の上に、影があった。昨夜よりも多い。数えきれないほどの頭が、浅瀬に向かって動いていた。
「篠原さん」中村が言った。「やってくれ」
篠原はスイッチに手をかけた。
「既存送信、停止」
パチン。
小さな音とともに、送信機のランプが消えた。島を守っていた見えない盾が、消えた。
「増幅ユニット、電力供給開始」
発電機が唸りを上げた。新しい装置に電力が流れ込む。計器の針がゆっくりと動き始めた。
「周波数同期開始。カウント、スタート」
佐々木が叫んだ。
「九十秒!」
最初の十秒は、何も起きなかった。
二十秒。南の浜で、海から上がったゾンビが高台に向かって歩き始めた。五体。十体。続々と。
三十秒。東側からも来た。丘を越えて。集落の方から。昨夜処理しきれなかった者たち。
「来たぞ!」中村が叫んだ。
四十秒。最前列にゾンビが到達した。中村の鉈が閃いた。一体。二体。三体。佐々木がハリガン・バーで横から薙ぎ払った。
五十秒。東側の防衛線にゾンビがぶつかった。漁師が銛で突き、老人が斧を振った。一体が防衛線を抜けた。美咲が飛び出して鉈を振り下ろした。倒れた。
六十秒。篠原が叫んだ。「周波数同期完了! 出力安定まであと三十秒!」
南側が崩れかけていた。ゾンビの数が多すぎた。中村は三体を同時に相手にしていた。鉈を振り、蹴り、体当たりで押し返した。
七十秒。中村の右腕に歯が触れた。腕を引いた。ジャケットの袖が裂けたが、肌には届いていなかった。
「中村さん!」美咲が叫んだ。
「来るなッ! 装置を守れ!」
八十秒。翔太が美咲を引き戻した。円陣の内側で、篠原が計器を睨みつけていた。出力の針が、じりじりと安定域に近づいていた。
八十五秒。北側から一体が突破した。誰の防衛線も抜けて、まっすぐ装置に向かってきた。
美咲が立ちはだかった。
海から来た男だった。漁師だったのかもしれない。ゴム長靴を履き、海藻を纏い、膨張した目でまっすぐ美咲を見ていた。
美咲は鉈を振った。男の頭に当たった。だが浅かった。男はよろめいただけで、再び腕を伸ばしてきた。
美咲は後ろに下がれなかった。背中に装置があった。
二撃目。今度は深く入った。男が崩れ落ちた。美咲の足元に。ゴム長靴が、美咲の靴に触れた。
「九十秒!」佐々木が叫んだ。
篠原がスイッチを入れた。
「増幅システム、起動」




