第二十八章 最後の夜
その夜、美咲は眠れなかった。
高台の端に座って、海を見ていた。月明かりの下、波間に黒い影がいくつも見えた。海面から突き出た頭。肩。腕。海底を歩き、浅瀬に差し掛かって水面から顔を出した者たちが、月光に照らされて、ゆっくりと岸に向かっていた。
見張りが一体ずつ処理していた。だが、処理する端から新しい影が現れた。
「眠れんと?」
中村だった。隣に座った。
「……明日、うまくいくと思いますか」
「わからん」
中村は正直だった。いつもそうだった。嘘で人を動かさない男だった。
「わからんけど、やる。それだけたい」
しばらく二人は黙って海を見ていた。
「中村さん」
「ん?」
「鶴田さんの時、鉈振れんかったやないですか」
中村は動かなかった。
「あれは、弱さやないと思います」
中村は美咲を見た。
「あの人と一緒に島を守ってきたけん、振れんかったんでしょう。それは弱さやなくて――」
美咲は言葉を探した。
「――大事にしとったっちゅうことたい」
中村は長い間黙っていた。そして、小さく笑った。
「……お前、いつの間にそげん大人になったとか」
「大人やないです。まだ十七たい」
「十七で十分大人ばい。この世界じゃあな」
波の音だけが響いた。
「美咲」中村が言った。名前で呼ばれたのは、初めてだった。
「明日、起動する時。九十秒間、送信が止まる。その九十秒の間だけは、俺が全員守る。お前は篠原さんと翔太の傍におれ。装置を守れ」
「はい」
「死ぬなよ」
「中村さんこそ」
中村は立ち上がった。
「さっき言うたろう。わからんけど、やる。それだけたい」
中村は見張りの方に歩いていった。美咲はその背中を見送った。
あの日、天神の地下街で「走れ。止まるな。振り返るな。生きろ」と言った男。博多港までの二キロを、全員の先頭で走った男。鶴田の前では鉈を振れず、膝をついた男。
この人を失いたくない、と美咲は思った。




