第二十六章 海の底から
生存者を北側の高台に集め、仮の防衛拠点を作った。発電機を設置し、ガソリンを入れ、送信機に接続した。太陽光パネルだけでは綱渡りだった電力が、ようやく安定した。
だが、問題は電力ではなかった。
「これからもっと来るばい」中村は全員に言った。「海底を歩いて来れることが奴らに――いや、あいつにバレた。今日来たのが先遣隊なら、本隊はこれからたい」
篠原は頷いた。
「本土の沿岸にいるゾンビの数を考えたら、海底を渡って来る個体は今後も増える。島の全周をカバーする見張りは、この人数じゃ無理」
翔太が増幅ユニットを篠原の前に置いた。
「先生。これ、持って帰りました」
篠原は装置を見た。そして翔太を見た。傷だらけの手と、泥まみれの顔と、それでも誇らしげな目を。
「……よう持って帰った」
篠原は立ち上がった。左腕が痛んだが、構わなかった。
「これを組み込めば、送信出力を百倍以上に上げられる。島全体をカバーできるだけやない。本土の沿岸数キロまで届くかもしれん」
「それは、どういうことですか」美咲が聞いた。
「送信範囲内で死んだ者は蘇らん。それだけやなく――もしかしたら、蘇生信号そのものを上書きできるかもしれん。つまり」
篠原は全員を見回した。
「範囲内にいる既存のゾンビが、止まる可能性がある」
誰かが息を呑んだ。
「可能性、やけどね」篠原は釘を刺した。「鶴田さんの件は『蘇生前の阻害』やった。すでに蘇生した個体に効くかはわからん。でも、試す価値はある」
篠原と翔太は、その日のうちに増幅ユニットの組み込み作業を始めた。
夜。見張りが南の浜に新たな影を確認した。
三体。海から上がってきていた。海藻を纏い、砂に塗れ、海底を歩き通してきたのだろう、体の表面は白くふやけ、目は海水で膨張して飛び出しかけていた。陸上のゾンビとは異質の、海の死者だった。
見張りが処理した。だが、全員がわかっていた。これは終わりではなく、始まりだった。
明日はもっと来る。明後日はもっと。本土には百万を超える死者がいる。その一部でも海に向かえば、島は持たない。
増幅ユニットの完成が先か。海の底からの侵攻が先か。
時間との戦いが、始まった。
――海は壁ではなかった。 ――ただの、遠回りだった。 ――そして死者には、時間だけは無限にあった。




