第二十五章 島の惨状
東の浜から丘を越え、集落に近づいた。
最初に見つけたのは、靴だった。
子供用の赤い靴が、道の真ん中に片方だけ落ちていた。
美咲は足を止めた。ユキの靴だった。
「……ユキちゃん」
中村が美咲の肩を掴んだ。「今は探すな。まず状況を確認する」
集落は荒れていた。
バリケードに使っていた漁網と木材の壁が、南側から破られていた。倉庫が燃えていた。中の食料ごと。逃げる時に火を放ったのか、あるいは戦いの中で引火したのか。
地面に血痕があった。引きずられた跡が、南から北へ続いていた。
そして、遺体があった。
バリケードの近くに、二人。見張りに立っていたのだろう。一人は胸を噛まれ、もう一人は腕を。どちらも頭部に傷があった。誰かがルールに従った後だった。
美咲は吐き気を堪えた。
「蘇っとらん……」原口が遺体を確認しながら言った。「頭部処理が間に合っとう。でも、これは――」
原口が別の方向を指差した。
倉庫の裏手に、さらに三人の遺体。こちらは頭部処理がされていなかった。だが、蘇ってもいなかった。
「送信機が動いとったけんやろか……」翔太が呟いた。「送信中に死亡したら蘇らん。もし襲われた時に送信機が稼働しとったなら――」
「篠原さんが送信を止めんかったんたい」中村が言った。「襲われても、送信機だけは守ったんやろう」
五人は北に向かった。血痕の跡を辿って。
高台の送信機が見えてきた。
アンテナは傾いていたが、立っていた。そしてその周囲に――人がいた。
生きている人間が。
篠原が送信機の前に座り込んでいた。左腕を布で巻いていた。赤い染みが滲んでいた。その隣に翔太の同期の大学院生が一人、疲弊した顔で見張りに立っていた。
そして、篠原の背後の岩陰に、十数人が固まっていた。
美咲は走った。
「篠原さん!」
篠原が顔を上げた。目の下に深い隈があり、唇は乾き切っていた。だが、生きていた。
「……美咲ちゃん。おかえり」
「何があったとですか」
篠原は送信機を振り返った。バッテリーの残量インジケーターが、赤く点滅していた。
「今朝の四時頃。南の浜に奴らが上がってきた。最初は二、三体やった。見張りが気づいて対処した。でも、次から次に来た。海の中から。波が引くたびに、新しいのが立ち上がった」
篠原は巻かれた左腕を見下ろした。
「バリケードが破られて、集落が混乱した。私は送信機を止めるわけにいかんかった。鶴田さんの件がある。送信中なら、殺された人も蘇らんで済む。やけん――ここに残った」
「腕は?」
「噛まれた。いや――噛まれかけた。歯は通っとらん。爪で引っ掻かれただけ」
美咲は篠原の腕の布を少しめくった。三本の裂傷。深くはないが、生々しかった。
「消毒は?」
「原口さんが島におらんかったけん、海水で洗っただけ」
原口が駆け寄り、すぐに傷の手当てを始めた。
中村は岩陰の生存者を数えた。
「……何人残っとう」
篠原が目を伏せた。
「二十八人」
出発前は三十七人だった。遠征隊の五人を除いて三十二人。そのうち二十八人。
四人が死んでいた。
「遠藤さんと、吉田さんの奥さんと、池田の息子と――」
篠原は最後の名前を言うのに、少し時間がかかった。
「――宮本のおじいちゃん。最後まで南のバリケードで戦っとった。七十二歳やのに。鉈振り回して、三体は倒した。四体目に――」
篠原の声が途切れた。
「でも蘇っとらん」篠原は送信機を見上げた。「四人とも。送信中やったけん。四人とも、ちゃんと死ねた」
ちゃんと死ねた。この世界では、それが最後の尊厳だった。
中村は黙って帽子を脱いだ。




