第二十四章 煙
志賀島が見えてきた時、最初に気づいたのは佐々木だった。
「……煙が出とう」
全員が船首の方を見た。
島の南側――集落があるあたりから、黒い煙が一筋、冬の空に立ち上っていた。
焚き火の煙ではなかった。量が多すぎた。そして色が黒すぎた。何か大きなものが燃えている煙だった。
中村がエンジンの回転数を上げた。
「篠原さんたちに何かあったんでは」原口が言った。
美咲は手すりを握りしめた。島に残した三十七人。篠原。ユキ。あの送信機。
港に近づくにつれ、異変の輪郭がはっきりしてきた。
港の防波堤に、人影が立っていた。
だが、手を振っていなかった。動いていなかった。ただ、立っていた。
中村が双眼鏡を上げた。そして、下ろした。
「……ゾンビたい」
美咲の血の気が引いた。
「なんで島におると!? 砂州は壊したはずやろ!」
中村は双眼鏡をもう一度上げ、港の周辺をゆっくりと見回した。防波堤に三体。港の広場に五体。漁協の建物の前に二体。
「十体前後。多くはなか。だが――どこから来た」
佐々木が海を指差した。
「あれ……」
港の外れ、岩場の波打ち際に、何かが打ち上げられていた。人の形をしたものが、波に洗われながら、這い上がろうとしていた。海の底から。
翔太が呻いた。
「海底を……歩いて来たんだ。泳げんでも、沈んで、底を歩いて……」
泳げない。それは事実だった。だが、溺れもしない。呼吸をしない体は、水中で窒息することがない。海に入れば沈む。沈めば海底に着く。海底に着けば、歩ける。潮の流れに押され、転び、流されながらも、それでも歩き続ければ――いつかは対岸に辿り着く。
「死者は泳げない」。それは法則だった。だが、法則の裏側に、彼らは気づいていなかった。
死者は、溺れもしない。
「距離の問題やっただけたい……」中村が唇を噛んだ。「本土から志賀島まで海底を歩けば、いつかは着く。時間がかかっただけで……最初から来れたんたい」
美咲は港のゾンビたちを見つめた。砂州を壊して安全だと思っていた。海が守ってくれると思っていた。だが、海は壁ではなかった。ただの、遠回りだった。
「篠原さんたちは?」美咲の声が震えた。
中村は双眼鏡で島の内陸を見た。煙は集落の南端――食料庫に使っていた倉庫の方角から上がっていた。
「高台の送信機は……見えん。木に隠れとう。ただ、島の北側には動く影が見えん。もし生きとうなら、北側に逃げとうはず」
「上陸するぞ」佐々木が言った。
「待て」中村が手を上げた。「正面からは入れん。港にゾンビがおる。東の浜から回る」
船は港を避け、島の東岸に回り込んだ。小さな砂浜に船を寄せ、五人は静かに上陸した。




