第二十章 福岡の街
福岡の街は、死んでいた。
いや――死に損なっていた。
ビルは建っていた。看板も残っていた。天神の商業施設のガラスは割れ、中から洋服や雑貨が路上に散乱していた。車が道を塞ぎ、信号機は傾き、アスファルトの割れ目から雑草が伸びていた。
そして、彼らがいた。
最初に見たのは、コンビニの前に立つ中年の女性だった。制服を着ていた。おそらく店員だったのだろう。八ヶ月間、同じ場所に立ち続けていたのか。肌は灰色に変色し、髪は半分抜け落ち、右腕は不自然な角度に曲がっていた。目だけが――濁った灰色の目だけが、微かに動いた。
五人を、見た。
低い呻き声が漏れた。
「動くな」中村が囁いた。
女はゆっくりと足を引きずり、五人の方に向かってきた。だが、動きは遅かった。八ヶ月間動き続けた体は、筋肉が擦り減り、関節が固まりかけていた。
中村が手で「迂回」の合図を出した。五人は建物の裏手に回り、女の視界から消えた。
呻き声が遠ざかった。
美咲は心臓が喉から飛び出しそうだった。島では見ることのなかった光景。これが、自分たちが逃げてきた世界の、八ヶ月後の姿だった。
大博通りを西に進んだ。
通りには車が数珠つなぎに停まっていた。あの日、逃げようとしてそのまま放棄されたのだろう。車の中に、まだ座っているものがいた。シートベルトに固定されたまま、八ヶ月間もがき続けたのか、窓ガラスの内側は引っ掻き傷だらけだった。五人が近づくと、中から濁った目がこちらを見て、くぐもった呻き声を上げた。ガラスを叩く枯れた指の音が、乾いた街に響いた。
「無視しろ。車ん中からは出られん」中村が言った。
天神交差点に差し掛かった時、状況が変わった。
中村が拳を上げて全員を止めた。
交差点の向こう側――旧大丸の前の広場に、群れがいた。
百体は下らなかった。立っている者。座り込んでいる者。地面を這っている者。目的もなく、ゆっくりと渦を巻くように動いていた。生前の習慣の残滓なのか、かつて人が集まっていた場所に、死者もまた集まっていた。
「天神は突っ切れん。回るぞ」
中村の判断は早かった。五人は天神を南に迂回し、薬院を抜けて西新方面を目指すルートに切り替えた。距離は伸びる。だが、群れの中に突っ込むよりましだった。




