第十六章 送信
十二月に入り、篠原と翔太は再び装置に向かった。
今度は受信ではなく、送信のために。
島にある材料で14.7ギガヘルツの送信機を作る。篠原の知識と、鶴田の電気工事の腕と、漁船の無線機から取り出した増幅器。出力は微弱だったが、相手がこちらの微弱な死亡パルスを三万六千キロ先から検知できるなら、こちらの送信も届くかもしれない。
「何を送るとですか」美咲が聞いた。
篠原は考え込んだ。
「まず素数列。2、3、5、7、11、13……これは宇宙のどこでも変わらん数学の言語たい。知性があるなら、これが自然現象じゃないと気づくはず」
十二月十五日。送信機が完成した。
島の高台に設置されたアンテナは、見た目には頼りない金属の骨組みに過ぎなかった。だが、篠原は「やれることはやった」と言った。
四十三人全員が高台に集まった。あの浜辺の夜以来、初めて全員が一つの場所に集まった。
中村も来ていた。黙って腕を組み、後ろの方に立っていた。
篠原がスイッチに手をかけた。
「これで相手が何か返してくるかもしれんし、何も起きんかもしれん。最悪、怒らせるかもしれん。それでもよかと?」
誰も反対しなかった。
美咲が言った。
「送ってください」
篠原がスイッチを入れた。
素数列が、14.7ギガヘルツの電波に乗って、空に向かって飛んでいった。
一分。五分。十分。三十分。
何も起きなかった。
一時間が経ち、人々は一人、また一人と高台を離れていった。
美咲は残った。篠原と翔太も残った。そして中村も、黙って残っていた。
日が暮れた。星が出た。
観測装置は14.7ギガヘルツの蘇生信号を受信し続けていた。いつもと同じパターン。何も変わらなかった。
美咲は膝を抱えた。
「……聞こえんかったんかな」
篠原が答えようとした、その時だった。
観測装置の波形が――跳ねた。
翔太が飛び起きた。
「先生! パターンが変わっとう!」
篠原がノートパソコンに駆け寄った。画面の波形は、今まで見たことのないパターンを描いていた。蘇生信号のベースラインはそのままだったが、その上に――別の信号が重畳されていた。
規則的なパルス。短い。長い。短い。短い。
「これ……」篠原の指が震えた。
「返事、ですか?」美咲が聞いた。
篠原は首を横に振った。
「わからん。ノイズかもしれん。ただ――」
篠原は波形を記録しながら、低い声で言った。
「こげなパターンは、百日間の観測で一度も出たことがなか。私たちが信号を送った直後に、初めて出た。偶然かもしれん。でも――」
中村が、初めて口を開いた。
「偶然じゃなかったら?」
篠原は中村を見た。
「偶然じゃなかったら――あれは、聞いとう」
風が吹いた。冬の冷たい風が、高台の四人の頬を撫でた。
何かが変わったのか、何も変わっていないのか。まだわからなかった。ただ、美咲の胸の中で、名前のつけられない感情が、もう一度形を変えた。
絶望ではなかった。希望とも違った。
それはたぶん――対峙だった。
三万六千キロの彼方の、名前もわからない何かと、初めて向き合った。こちらから声を上げ、相手が――もしかしたら――それを聞いた。
美咲は立ち上がった。
「もう一回、送りましょう」




