第十四章 沈黙の日々
あの夜から、誰も空の話をしなくなった。
篠原は観測装置の電源を切らなかったが、データを見ることもなくなった。翔太が時折、記録だけは続けていた。義務のように、あるいは惰性のように。
島の日常は、驚くほど静かだった。
朝、起きる。井戸から水を汲む。畑の雑草を抜く。漁に出る。魚を捌く。食べる。見張りに立つ。眠る。また朝が来る。
十月が過ぎ、十一月になった。
中村は相変わらずリーダーだったが、以前のように声を張ることが減った。指示は的確だったが、短かった。「あの夜」以前の中村なら言ったであろう「頑張ろう」も「負けるな」も、もう出てこなかった。言ったところで、何に頑張るのか。何に負けないのか。誰も答えを持っとらんかった。
篠原は畑仕事をするようになった。科学者の手は土に向いとらんかったが、誰も何も言わなかった。翔太がそっと隣で同じ畝を耕した。
鶴田は黙々と島の防備を固め続けた。柵を作り、見張り台を補強し、武器になりそうなものを整備した。誰のためというわけでもなく。ただ、手を動かしていないと頭がおかしくなりそうだったのだろう。
六歳のユキだけが、変わらなかった。浜辺で貝殻を拾い、野良猫を追いかけ、夜は翔太の隣で眠った。ユキにとって世界は最初からこうだった。「前の世界」を知らない子供にとって、これが普通だった。
美咲は、毎晩、母の写真を見た。
写真の中の母は笑っていた。美咲の中学の入学式の日に撮った写真だった。桜が舞っていて、母は美咲の肩に手を置いて、目を細めていた。
美咲はその写真を見るたびに、あの夜のことを思い出した。
四月二十三日。母の息が止まった夜。熱に浮かされた母が、最後に「美咲、ごめんね」と言った夜。そして美咲が、震える手で――ルールに従った夜。
あの時、母の体を動かしたのは、母ではなかった。
あの空の上の、名前もわからない何かだった。
美咲は毎晩、その事実を反芻した。怒りでも悲しみでもない、名前のつけられない感情が、少しずつ、少しずつ、形を変えていった。




