第十三章 名前のないもの
十月の夜空は澄んでいた。
街の灯りが全て消えた世界では、星が信じられないほど鮮明に見えた。天の川が、島の上に白い帯となって架かっていた。
四十三人全員が、浜辺に出て空を見上げていた。
三万六千キロの彼方に、何かがある。四月八日に突然現れ、地球上の全ての死を監視し、死の信号を検知するたびに、蘇生の信号を返す――何かが。
「衛星なんですか」美咲が篠原に聞いた。
「形はわからん。大きさも。誰が作ったのかも。ただ、それがやっとうことだけはわかった。地球上のあらゆる場所で、あらゆる生物の死を検知して、三分から十五分以内に蘇生信号を送信しとう。タイムラグの差は、おそらく対象の生体質量に依存しとう。人間より犬の方が早かった」
中村が腕を組んだ。
「なぜ、そんなものが?」
篠原は静かに答えた。
「それはわからん。山際先生がたどり着けんかった問いと同じたい。ただ――」
篠原は空を見上げた。
「一つだけ、わかったことがある。これは自然現象じゃなか。誰かが――あるいは何かが、意図的にやっとう。原因は『ない』んじゃなかった。原因は――空の上にあった」
波の音だけが響いていた。
六歳のユキが、翔太の手を握りながら、空を指差した。
「あのね、あれ。あの星、動きようよ」
全員がユキの指の先を見た。
星々の間を、ゆっくりと、一つの光点が移動していた。人工衛星の軌道としてはあり得ない動きで――止まり、向きを変え、また動いた。
まるで、こちらを見ているかのように。
篠原が呟いた。
「……あれが、そうかもしれん」
誰も動けなかった。
頭上の光点は、しばらく不規則な動きを続けた後、すうっと――消えた。
だが、島の観測装置は記録し続けていた。14.7ギガヘルツの信号は、一秒も途切れることなく、地球に降り注ぎ続けていた。
美咲は空を見上げたまま、母のことを思った。
母を蘇らせたのは、病気ではなかった。母を死なせたのは病気だったが、母をあの姿に変えたのは――あの空の上の、名前もわからない何かだった。
「……止められるんですか」
美咲の声は小さかったが、波の間を縫って、全員の耳に届いた。
篠原は長い沈黙の後、答えた。
「わからん」
篠原はそれだけ言って、黙った。
長い沈黙の後、美咲はもう一度聞いた。
「……止められんとですか」
篠原は美咲の目を見なかった。
「三万六千キロ先たい。ロケットもなか。通信手段もなか。仮にあったとして、相手が何なのかもわからん。言葉が通じるかもわからん。そもそも――意思があるのかすらわからん」
誰も何も言わなかった。
中村が静かに立ち上がった。だが、いつものように全員を鼓舞する言葉は出てこなかった。彼はただ海を見つめ、そして座り直した。
波が砂浜を洗った。星が瞬いた。
四十三人は浜辺に座ったまま、空を見上げ続けた。原因はわかった。だが、わかったところで何も変わらなかった。あの信号は今この瞬間も、地球のどこかで死んだ誰かを起き上がらせている。明日も。明後日も。彼らが全員死に絶えるまで。あるいは――その後も、永遠に。
そして三万六千キロの彼方で、名前のない何かが、地球を見下ろし続けていた。
――原因は、空の上にあった。 ――だから何だ、と誰かが言った。 ――誰も、答えなかった。




