不正(チート)の通用しない世界
外の明かりで目が覚める。
朝の匂いが、生活の輪郭をくっきりさせた。
「物理さん。また会議だそうです」
チェスの叫び声が聞こえる。
ずいぶん早いな。そう思ったが、もうみんな部屋から出ていた。
私だけ、寝坊したようだ。
こちらの朝は早い。
夜が早いのだから無理もない。
むしろ異常なのは、私たちのいた世界のほうだろう。
こちらのほうが、よっぽど正常だ。
会議は食事を摂りながら行われた。
ハッカーの提案で、朝食はサンドイッチ形式になった。
あの堅いパンに熟成チーズを挟んだもの。
それにスープと干した果実。
今日の朝食はこれだけだった。
「食事を食べながらでいいので、聞いてください。
今日は、高レベル騎士と、高レベル魔導士についてです」
軍師は言った。
「たしか、もうほとんど残ってないのですよね」
私は尋ねた。
「はい。先の侵攻で一部を除き、命を落としました」
軍師は答えた。
「少しは残っているのなら、ずいぶん戦力になるのでは」
チェスは尋ねた。
「それが実は厄介な事で、動けないのですよ」
軍師は答えた。
「侵攻で魔王軍にやられたのですね」
ミリオタは言った。
「いえ。それがそうではなく。実にお恥ずかしい話なのですが、説明します」
軍師は語りだした。
パーティを組むと、
そのメンバーは、
直接戦闘に参加せずとも、
レベルが上がるという事がわかり、
貴族や魔導士家系の子弟が、
金を払い高ランクの魔導士や騎士とパーティを組む事が横行した。
彼らは、ほとんど戦うことなく、高レベルになった。
魔獣たちが侵攻する前までは、
戦う事もなく見せかけのレベルでよかったが、
実戦に投入すると、事故が多発した。
事故の例としては、
高レベル騎士⇒腱が切れて寝たきり。
高レベル魔導士⇒高レベル魔法を使い精神が崩壊したそうだ。
「つまり、
魔王軍が図らずも不正を暴いてしまったと……、
そういう事か」
ミリオタは呟いた。
軍師はうなづいた。
「それで、我々になにをしろと?」
私は尋ねた。
「事故を起こした者を復帰させる。あとは人材の育成システムの構築です」
軍師は答えた。
「はいはいはい。もうすぐに答えでるよ。回復魔法か、回復薬を使えばOK」
チェスは言った。
「ベタだけど最善だな」
ミリオタは笑った。
「回復魔法、回復薬。
そんなものがあるのですね。
さすが勇者様、それはどちらに?」
軍師は尋ねた。
「この世界には回復魔法とか回復薬はないの?」
チェスは言った。
「私は存じ上げません」
軍師は答えた。
「じゃあケガをしたら?」
ハッカーは言った。
「薬草や薬で治療します」
軍師は答えた。
「どれくらい時間がかかるの?」
チェスは尋ねた。
「切り傷程度であれば1週間くらいで治りますが、骨折とかだと数か月は治りません」
軍師は答えた。
「めっちゃ普通じゃん」
チェスは言った。
「もちろんですよ。それが普通でしょ」
軍師は答えた。
「回復なしは、ムリゲーだな」
私は呟いた。
「よくよく考えると、回復魔法とか、回復薬とか、一番チートかもな」
チェスは頭をかいた。
「しかしどうする?回復魔法なし、回復薬なしなら、普通に軽い事故で死ぬから、責任重大だぞ。それに俺たちだって、襲われたら、すぐに……」
ミリオタは言った。
「縁起の悪いこと言わないでよ」
ハッカーはミリオタの背中をつつく。
「それで、
どう再生させますか?」
軍師は尋ねた。
「腱が切れたなら、不可能じゃないの?
筋肉と骨のワイヤーが断線した状態でしょ。
自然治癒はほぼ起きない。
私達の現代医療でも縫合手術+長期リハビリが前提だし」
化学は言った。
「少なくとも騎士の前線復帰はムリです。
後方支援は?」
私は尋ねた。
「実務経験がないから、教官としてはムリです」
軍師は答えた。
「戦略アドバイザーとかは」
ミリオタは尋ねた。
「戦闘経験もない者に可能でしょうか?」
軍師は答えた。
「それは俺らもだからな」
ミリオタは言った。
「あなた達の知識は、こちらのものと全く違う」
軍師は首を振った。
「すまない。騎士については保留にしよう」
私は答えた。
皆うなづいた。
「では高レベル魔導士はどうしますか」
軍師は尋ねた。
「どんな状態なの?」
チェスは言った。
「常に怯えているという感じでしょうか」
軍師は答えた。
「恐怖なのかな?私たちと似てるかもね」
ハッカーは呟いた。
皆うなづいた。
「似ている?
あなた方は十分に活躍されている。
一体何が似てるというのですか」
軍師は言った。
私は答えるのが恐ろしかった。
「僕たちも、外に出るのが怖くて、家の中に引きこもっていたのですよ」
チェスは答えた。
「家の中に引きこもっていた。
それの何が悪いのですか?
貴族も王族も皆引きこもってますよ」
軍師は言った。
「いや。そうじゃないんだ。俺らの世界では、外に出て働くのが普通なんだ」
ミリオタは答えた。
「家の中で仕事をしても、
外で仕事をしても、
どっちでもいいのではないですか?」
軍師は尋ねた。
「そうじゃないの。
仕事をしてないの」
ハッカーは答えた。
「仕事をしていなくても、
生活が出来ているなら、
それでも良いではないですか。
何を気にされるのですか?」
軍師は尋ねた。
「ねぇ。普通って何なんだろうね。
私は普通じゃないって自覚しながら、
普通でない事を誇り、そして否定していた気がする」
化学は言った。
「そうかもね。
クラスの奴ら、
みんな頭湧いてるんじゃないって思いながら、
自分が一番おかしいんじゃないかと、
思ってたかもしれない」
ハッカーは言った。
私は胸が苦しくなった。
普通じゃないのを肯定しながら、
普通じゃない事を否定し続けていた。
それは自分への最大の欺瞞だった気がする。
「なんか、自分に対して甘く、逆に自分に対してずいぶん塩対応だった気がする」
私は言った。
この世界ではチートは通用しない。
それは私達も例外ではなかった。
できる事は、ただ一つ一つ歪みを調整することだけなのだと、私達は気付きつつあった。




