詰んでませんか-か=詰んでません
「ねぇ化学。
あなた何かいいアイデアないの?」
ハッカーは私をつんつんした。
どうしよう。
ちょっとボーっとしてた。
「例えば、どんなアイデア?」
私は尋ねた。
「そうね。
廃人状態の魔導士を、上手く使って。
なおかつ、回復させるようなアイデア」
ハッカーは天井をボーっと見つめる。
そんな都合のいいアイデアなんて、
あるわけない。
ここは物語の世界ではなく、現実なのだから。
私はそう思った。
いや……。
ちょっと待てよ。
私の脳内の思考エンジンが回り始めた。
私は会話内容を思い出す。
……
彼らは、ほとんど戦うことなく、高レベルになった。
実戦に投入すると、事故が多発した。
高レベル魔導士⇒高レベル魔法を使い精神が崩壊したそうだ。
「では高レベル魔導士はどうしますか」
「常に怯えているという感じでしょうか」
……
戦うことなく、高レベルになった……。
これは低級の魔法の習熟度が低く、そのために、高レベルの魔法に耐えられなかったのでは?
それだと逆に低級の魔法を低い出力で使えばどうなる?
「あの……、
あくまで仮説ですが、
低級の魔法の習熟度が低く、そのために、高レベルの魔法に耐えられなかったとするなら、
逆に低級の魔法を低い出力で使い習熟度を上げれば?」
私は言った。
「低級の魔法を低い出力で使い習熟度を上げる……、
たしかに、ケガの治療でもリハビリはそんな感じだよな。
しかし精神で同じことが言えるか?」
物理は首をかしげた。
「恐怖を解消するのに、対象に慣らす。暴露療法というのがある。
やってみる価値はあるんじゃねぇか」
ミリオタは答えた。
「低出力で、ずっと使い続けたい魔法ってあるかな?」
私は尋ねた。
「アイスクリーム食べたいから冷蔵庫」
ハッカーは笑った。
「たしかに冷蔵庫を作れると、保存レベルが一気に上がる。美味しい肉も食える」
物理は答えた。
「美味しい肉ですか。それはありがたい。ぜひやりましょう」
軍師は言った。
……
それから、
廃人となった魔導士たちは城の貯蔵室に呼ばれ、低出力で氷魔法を使うように言われた。
低出力の魔法を使うということに、魔導士たちは戸惑い、どこか納得しきれない様子で立ち尽くしていた。
名門の誇りが、彼らの足をわずかに鈍らせているのが見て取れた。
その時、偶然通りかかった王女が、足を止める。
「……※※家の魔導士というのは、低出力の氷魔法すら扱えぬのかしら?」
からかうようでもあり、試すようでもある声音だった。
魔導士たちの背筋が、ぴんと伸びる。
王女はそう言ってから、ほんの少しだけ口元を緩めた。
叱責ではなく、期待を込めた微かな笑みだった。
その一言で、空気が変わった。
魔導士たちは互いに顔を見合わせ、小さく息を整えると、静かに詠唱を始めた。
ただこれが案外と苦戦をしていた。
一人の魔導士は呟いた。
「この低出力の氷魔法……、舐めてたよ。
正直かなり難しい」
それでも、魔導士たちは名門の出身。
その意地とプライド。
そして復帰したいという思いを背に、
長い長い微調整を行った。
エアコンの温度調整のように、リモコン一つで温度を変えるような便利なものではない。
詠唱の音量や読み上げ速度、そして杖の角度、
微調整にはマニュアルもなかった。
ただ職人がアナログの道具を使いこなすように、
微妙なさじ加減で細部を調整する。
つまり、
いい塩梅という暗黙知。
そういった職人芸が必要とされたのだ。
チートでレベルをあげたとはいえ名門の子息。
数日の間に、低出力で氷魔法を運用するコツを覚え、交代制で24時間
冷蔵保存と冷凍保存をすることができるようになった。
調整が完全になった時、
空間の音が完全に止まり、貯蔵室は静寂に包まれた。
大雪が降った真夜中。
雪が物音を吸収し、音の気配を殲滅するかのように、静寂を作った。
魔導士たちの目から、涙が流れ、そしてそれはすぐに凍り付いた。
「……できた」
どこからか、かすかな声がした。
しかし、やはりその喜びさえも、
静寂の中に消え去っていった。
……
魔導士たちの冷蔵庫&冷凍庫が軌道に乗った頃、
ハッカー要望のアイスクリームが誕生した。
きっかけは王女の一言だった。
「ハッカーが言っておったアイスクリームとやらを食べたい」
それから、
王城は騒然とした。
アイスクリームを食べたことのあるものが、私たちだけだったからである。
とはいえ、私たちは料理のことを知らない。
ただ知っているのは、
アイスクリームは生乳、砂糖でできているくらいだ。
でも、ここは異世界。まず砂糖がない。
手に入るのはハチミツくらいだった。
そこでまずは、生乳にハチミツを加え、凍らせることにした。
するとまず水分だけが凍り、脂肪分が分離した。
そしてただのカチコチの氷と脂の塊が出来上がった。
「そういえば、生乳って加熱殺菌してなかったっけ」
私は言った。
皆うなづいた。
次に生乳を低い温度で温めた。ある一定以上の温度になると、タンパク質が凝固するので、それ以前の温度でとどめた。
そして、同じようにハチミツを加え凍らせた。
再びただのカチコチの氷と脂の塊が出来上がった。
「アイスクリームってふんわりしてるけど、あれなんで?」
ハッカーは言った。
「空気が入っているのでは?」
ミリオタが答えた。
「空気ってどう入れるの?」
ハッカーは尋ねた。
「ぷくぷくするやつ」
チェスが答えた。
「エアーを送る奴なら、モーターがいるな」
物理が言った。
「あの空気を含ませるなら、混ぜればいいのでは?」
料理長は尋ねた。
皆うなづいた。
それから、魔導士が氷魔法を低出力でかけながら、料理長がへらを回転させた。
桶の縁から白い霜が広がり、内側では、とろりとした乳がゆっくり粘度を変えていく。
「止めるな。固まりかけている」
料理長は言った。
それから、しばらくしてアイスクリームのようなものは出来上がった。
ハッカーは恐る恐るスプーンで口に運ぶ。
「甘い……、
うん、これはアイスクリームと呼んでもいいよ」
ハッカーは目を閉じた。
私たちもスプーンを手に、味見する。
皆うなづいた。
遠目から観察していた王女がつかつかとやってきた。
料理長からスプーンを奪い、
一口食べる。
「甘い……、
これがアイスクリームか……。
者どもよくやった」
王女は目を閉じた。
貯蔵室には、氷の軋む音だけが残っていた。
気が付くと、
魔導士たちは、膝から崩れ落ち、涙を流していた。
私は思った。
役に立たないとレッテルを貼られた者たちが、
再生を果たすというのは、
ここまで心を打つものなのかと。
そして、
その再生のきっかけは、ほんの小さな出来事なんだと。
そう気付かされたのだった。
「詰んでるって思ってた。でも、少しだけ違ったのかもしれない」
ハッカーは言った。
「そうだな、まだまだできることはあるんだろうな」
ミリオタは呟いた。
遠くで猫の鳴き声が聞こえた。
END
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この作品は完結していますが、
反響があれば続編を書く可能性があります。
ブックマークしておくと、もし更新された場合に追いやすくなります。
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