番外編四 後世に残るやらかし
疲れが最高潮に達し、オリヴァーと間違えた結果うっかり口を滑らせ、オブシディアンが俺の本当の出自を知ってしまった。
聞いていたのが信頼している相手で良かったと思うと同時に、疲れとは恐ろしいものだと改めて実感した。
正常な判断が出来ないどころか、目の前に居るのが誰かも正確に分からなくなるなんて。眼科に行くべきだろうかと思ってしまう俺はきっとまだ疲れているのだろう。
「へえ、フェリーチェのいた世界には色んな人が居たんだね」
「そーそー……」
「おたくっていう種族はどんな言語を使っていたの? この世界だと、連盟に所属してる国は基本的にどこも同じような言語だよね?」
「おたくっていうのは種族名じゃなくて……」
という会話をしたのは覚えている。そのまま寝落ちしたのだろう。目が覚めると寝室に居た。どうやら俺は疲れ過ぎると口のリミッターが外れる様だ。
「何話したんだっけ……?」
クラリッサとの婚約もこんな感じで纏まった様な物だから良い加減この癖? 直さないと。
布団から這い出てジャージの上から羽織を被って立ち上がった瞬間、襖がダンッと開けられた。
「フェリーチェ様……!」
入って来たのはルナールだった。
「ど、どうした?」
「オブシディアンの事です! 何ですかあの妙な喋り方は!」
「え、え?」
昨日の俺何言ったんだ……?
「とにかく来てください!」
「わっ……!」
ルナールに俵持ちをされ、走られる。何で百七十くらいしか無いルナールが俺みたいな大男を担いで走れるのか分からないが、何か言おうにも舌を噛みそうで何もいえなかった。
腹にめり込んでくる肩の痛みに耐えた俺は、ベシッとオブシディアンの執務室にぶん投げられた。
「あ、フェリーチェたん!」
「…………」
え……? なんて?
「フェリーチェ、たん……?」
「昨日教えてくれた。愛する人に対して使う呼称なんだよね? ヨメ? には出来ないから、代わりに今度から四六時中側に居て見守る事にしたよ」
………………。
俺の阿保!
何でそんな古のオタク情報を喋っちゃったんだ! ヨメ文化とか呼称とか、世代ですらないわ! 掠ってすらいないわ! それにこんな美の化身みたいな男に四六時中側に居られたら落ち着かん!
「あ、あのですね……あの話は俺が意図したものではなく……」
「……? でも、ボクはフェリーチェたんが大好きだよ? 推し? っていうものだと思う」
純粋無垢な瞳でそう言われ、俺は何も言えなくなった。こんな目を前に否定するのはとても心が痛い。
「じゃ、じゃあせめて俺の居ない所で言ってほしい……。そういうのって直接言うものじゃないから……。それに俺は四六時中側に居なくても大丈夫だから……」
俺の中では最早都市伝説と化していた古のオタクも推しを前にして『◯◯たん♡』なんて言わないだろう。
それに、純愛も一線を越えたら変質者でストーカーなのだ。俺は友達を変態ストーカーにしたくない。それにオブシディアンが居なければその仕事はルナールに回ってしまう。
俺のせいでルナールが過労死するのは本意じゃない。ルナールは寿命が無いだけで、オブシディアンと違って死ぬ時は死ぬのだ。
俺じゃなくてルナールの側に居てあげてほしい。
土下座三十分で何とか許してもらった。俺の前では今まで通り。俺の居ない所では好きなだけ『フェリーチェたん』って呼んで良いという事になった。
ルナールからは「全く……フェリーチェ様は……」と言われた。
自分で自分の尻拭いが出来なくて誠に申し訳がない。
この選択が俺の来世に影響してくるとは夢にも思わず、今逃げられた事に安堵していた。




