七十五話 事情
エクレシアの兵達が後数時間で到着するという所まで来ていたが、ルーカスが目を覚ました、と連絡を受けたサンは本来の予定をヒリュウに託し、事情を聞くため迎賓館へ向かった。
そして、目を覚まして早々ここがエクレシアではないと絶望するルーカスに、掛ける言葉を探していた。
「もう終わりだ……エクレシアはもう……」
錯乱、とまではいかないが、頭を抱えて同じ事を譫言の様に繰り返す様はとても一国を背負う王とは思えなかった。
酷だ、とは思いつつもサンはここまでの経緯を簡単に話す。エクレシア側からの宣戦布告を受け、もうそろそろ開戦になる事や、サージスはエクレシアを潰しにかかる事等。話しても良い範囲で淡々と事実を伝えた。
そしてこの部屋から抜け出されると困るから、と部屋の中に護衛隊所属の見張りを付けて後にした。今はとても事情聴取が出来る状態ではないとの判断だ。
ルーカスの片足に拘束具は付けられたが、もし付いていなくても今の精神状態では脱走することは無いだろう。
それくらい、ルーカスはショックを受けていた。
(あの方がどう国民と向き合っていたかは推し量れないが……。相手がフェリーチェ様なら救いは有りそうだな)
実際に絶望的な状況から恩赦を与えられたサンは、エクレシアに勝利した後のルーカスの処遇も悪い様にはしないだろうと思った。
「あれ? 終わったのか?」
「いえ。状況説明はしましたが、かなりショックを受けていた様で、この状態での事情聴取は難しいと判断しました。ヴィンセントが起き次第もう一度呼んでほしいと伝えたので、彼の方から聞き出そうかと」
「そうか……。分かった。ありがとう」
報告の際のフェリーチェの反応で、サンの予想は確信に変わった。父であるエトワール伯爵ならば今のフェリーチェと同じ状態になった場合、迷わず拷問という手段を取っていただろう。
(私はフェリーチェ様にお仕え出来て、幸せ者だな……)
幸せを噛み締めて、出迎えの列に並んだ。
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ルーカスとの接触は、あまり上手くいかなかったらしい。状況説明の前、ここがエクレシアではないと知った時からルーカスは酷い顔色だったらしい。
説明を始めると、「エクレシアはもう終わりだ」と譫言の様に繰り返していたとの事。仕方なくヴィンセントの起床を待って事情聴取を行う事になった。
そして、エクレシアの軍を乗せた船が港に到着した。
船から降りて来たのはポカンとした表情の騎士達。ブランがトテトテと歩いて来てニンマリと笑う。
「にんむ、成功なの。お菓子を要求するの」
「はい。ご苦労様。ありがとう」
「……! こんなにいっぱいの、良いの?」
「勿論だ。よく頑張ったな」
「わーい、なの」
デウスからも「問題は特に有りませんでした」と聞き、放心状態なのは歓迎ぶりに驚いているからだそう。
「では、わたくしはヴィーネ様の撫で撫でを貰うのでこの辺りで失礼します」
「デウスもありがとう。明日のお供物はヴィーネの好物沢山置いておく」
お供物のご飯は俺の自室に用意したヴィーネ専用の降臨台の上に置く。そこに置くだけで神界に転送されて食べられるらしい。それをデウスと一緒に食べるのが最近の楽しみなのだとか。
「嬉しいです……! ありがとうございます」
そして、ヴィーネ大好きデウスも、それを幸せとしている。俺が出来る一番の報酬だ。まあ、料理は俺がする訳じゃないから料理人に頼むだけだけど。
デウスは帰宅? 帰界? し、ブランはお菓子の詰め合わせセットを持って皆の所に行った。子供達と交換したり分けてあげたりするらしい。デウスと一緒に居ると妹感が強いが、子供達と一緒だとお姉ちゃんだな。
よし、ここからが戦の始まりだ。
俺は努めて笑顔で用意していた台本通りの歓迎の言葉を述べた。
「エクレシアの騎士達よ、よく来てくれたな。長旅で疲れも溜まっているだろう。今日は歓迎の食事を用意したから明日に向けて英気を養ってくれ。ここから少し移動した所の迎賓館が、貴方達の宿泊所だ。案内するか着いて来てくれ」
この喋り方ちょっと慣れないけど、顔に威厳が無いんだから口調だけでも取り繕えってオリヴァーに言われたんだよな。俺としても舐められるのは本意じゃないし、あと三日間くらいは頑張ろう。
騎士達はポカンとしたまま「はあ……」とか「へぇ……」とか言っていた。言うっていうか、漏れるっていうか。
そりゃそうだよな。やる気満々で挙兵してきたのに、事情を知っている筈の俺が歓迎の言葉を掛けたんだから。
迎賓館の最上階以外が今回用意した部屋。最上階にはルーカスとヴィンセントが軟禁されているから使えないのだ。
部屋割りはジャンケンで決めてもらい、今日やらないといけない大きな仕事は終了。後はヴィンセントの様子を見に行くだけ。パトロール班の自警団については騎士団総括のエヴァンが何とかしてくれるって言ってたから俺はノータッチで良いな。
サンと共に最上階に上がり、ヴィンセントがいるという部屋に入る。護衛隊所属、シノの部下が今回の見張り役。ルーカスの方にはシノが付いているらしい。
ヴィンセントはまだ眠っているが、目立った傷はオリヴァーが治してくれたから見受けられない。
不健康そうな体型だ、とヴィンセントの顔を覗き込んだ瞬間、勢いよく飛び起きたヴィンセントに頭突きをされる。
「「い……っ……!」」
「ふぇ、フェリーチェ様……! 大丈夫ですか!?」
「へ、へーき……」
「フェリーチェ、陛下……?」
俺とぶつかった事で目が覚めたらしい。ヴィンセントは正気の目で俺を見た。
「ここは……あの牢では……? ルーカス様は……」
「サン、説明を頼む」
「はい」
混乱しているヴィンセントに、サンは説明をした。幸いな事に、ヴィンセントとはちゃんと話せそうだ。
「そんな事に……」
「エクレシアで何が有ったのか、聞かせてもらいたい」
一瞬迷った後に、ヴィンセントは少しずつ話し始めた。
「お披露目パーティー後、帰国した私とルーカス様は公爵でもある大臣が仕掛けた罠に嵌り、あの塔に幽閉されました。私の方が後に目を覚ましたので気絶している間の記憶は有りませんが……ルーカス様があの大臣に何かを言われた事だけは確かかと思います」
唇をギュッと噛んで当時の事を話すヴィンセント。
「何を言われたかまでは分からないか?」
「はい……。私が目を覚ましてからのルーカス様は、同じ言葉を譫言の様に繰り返すばかりで……」
「何と言っていた?」
「私が愛したこの国はもう終わりだ。と」
私が愛したこの国……か。
「主人の側に居たければ、好きにすれば良い。俺達はエクレシアに一度痛い目を見てもらうが、殺しをしたいわけではないと言っておこう。まあ……そうは言っても例外はあるから。うちの子達を害さぬよう……」
拘束具は付けさせてもらったが、この程度なら多分抜け出せる。し、本気で逃げようと思えばこんな手錠如きでは制御出来ない。
だが、それは主人が死ぬかもしれないという不安が有ればの話。こちらに手を出さなければ主人は無事でいられると仄めかせば抵抗される事はまず無い。
ヴィンセントは、どこか昔のサンに似ているから。こう言うのが効果的なのだ。
「主人は隣の部屋で眠っている筈だ。一応、拘束させてもらってはいるが、逃げなきゃ何もせん。では、三日後にまた来る」
とりあえず、話が通じる人間が居る事が分かった。それだけで大きな収穫だな。




