七十四話 招待
「戦では必要な物が幾つも有りますよね?」
「ああ。人に金、食料、武具、水……それから士気も必要だな」
「はい。そこにわざわざ呼び付ける理由が有ります」
これは多分、俺達にしか出来ない。
「何だ……?」
「サージスの人間は元々エクレシアの人間。知人が居る可能性も有るよね。ぼくが兵士なら、あんまり攻撃したくないかも」
シルヴェリスは想像しているのか、少し顔を顰めた。
「確かに……あれが王になっていたとして、進んで命を賭けて戦う兵は居ないだろうな。相手が自分の知り合いなら尚更だ」
ハイリーもそれに同意する。
そして、もう一つ。俺には考えが有った。
「うちからエクレシアに大きめの船を出したいんですけど、連盟的には大丈夫ですか?」
「構わないよ」
じゃあ、あれを使おう。
「ヒリュウ……は居ないな」
「フェリーチェ様。おります」
どうしようかなと思った時、空気が揺れて竜のままのヒリュウが背後に立った。
「戻って来てくれたんだ、ヒリュウ」
内心吃驚し過ぎて心臓バクバクだが、悟られない様に口角を上げて振り返る。
「オリヴァー様にお任せすれば心配は無いと判断しましたので」
「客船管理課に伝えてくれ。戦争回避の為の戦をする事にした。一番グレードの高い船の用意をしておいてって。全力でもてなすぞ」
「かしこまりました」
元エクレシアの騎士から騎士の待遇は聞いている。
そこで思い付いたのは超優遇する、という事。大臣(仮)か俺。どちらに着いた方が利になるか。これで逆に士気を上げてしまう可能性もまあ無くはないが……。そうなったらエクレシアも脳筋しか居ない事になるな。
俺の目的はエクレシアに不満を抱かせる事。内部崩壊を起こさせる事。
「フェリーチェ……本気でエクレシアを手に入れる気か?」
「ルーク王は、俺が売られた喧嘩を流してこんな冗談言う人間だと思いますか?」
「……いや、思わないな。エクレシアがフェリーチェの手に渡ったら、クローシアは協力させて貰おう」
「それは頼もしいです」
ルーク王はサージスを最初に認めてくれた人だから。世の中って結局コネと権力でどうとでもなるんだなぁ。
「じゃあ主役も居なくなったし、サージス側の企みも聞けたし、ぼく達もそろそろ解散にしようか」
シルヴェリスの号令で、緊急月例会は終了した。
さ、帰ろ。
帰国すると、まだ宣戦布告された事は広まっていない様で、日常が流れていた。急いでオリヴァーの元に向かい、緊急で幹部会の招集をかける。
「せ、宣戦布告!?」
「何でそんな事に……?」
すぐに人は集まり、俺の帰国から一時間程度で幹部会は開かれた。そして、皆揃って口をあんぐりと開ける。
「フェリーチェには、何か思惑が有るのよね?」
マリーの言葉に俺は頷き、緊急月例会で有った事を話した。この宣戦布告に国王本人の意思が絡んでいなさそうな所も含めて。その辺はエクレシアに飛んでくれたサンが話してくれた。
「エクレシアの王ルーカス、及び側近騎士ヴィンセントですが、王宮敷地内に建てられた塔に監禁されていました」
「塔? 地下牢とかじゃなくてか?」
「はい。ですが、環境だけで言えば地下牢の方がまだマシでしょう。二人が監禁されていた塔は国益を損なう恐れのある重大な犯罪を犯した人間が処刑までの数日間、入れられる場所でした。光は最低限すらも入らず、ベッドやトイレ等の生活に必要なものは一切無い場所です」
うわぁ……。そんなとこ、一瞬でも入りたくないわ……。
「また、ヴィンセントは鋭い棘が付いている鎖で全身を傷つけられており、ルーカス王は左手に矢が刺さっている状態で発見されました。こちらは、オリヴァー様の魔法で回復に向かっています。現在は迎賓館の方に保護していますので、目を覚まし次第、私が事情を聴取する予定です」
「ありがとう、サン。ヴェルザードにも俺が礼を言っていたと伝えておいてくれ」
「はい、ありがとうございます」
あの大臣(仮)の手の者が二人を捕縛したとして、ヴィンセントをどう無力化したんだろうか。たった一人で国王を守れる人間なら、ヴィンセントは相当な手練れの筈。何だろ。動揺でもさせたのか?
「それで、王の意思が介入していないと判断しても尚、宣戦布告を突っぱねなかった理由は?」
唯一事情を知っているオリヴァーが腕を組んで俺を見る。
「まず一つ目の理由。軍部のモチベーション維持のため。今回は戦ではなく、公開軍事演習として行う事が了承されている。エクレシア側も、それで良いらしい。二つ目。いちいち周りチョロチョロされるのは煩わしい。ここらで一旦潰しておきたい。で最後。うちの軍部が負ける気がしないから」
「フェリーチェ様……」
軍部の最高権力者、エヴァン・シェンリルが感激したように天を仰ぐ。息子のマオも目をキラキラさせた。
「人間を遥かに凌駕した身体能力の魔族とまともにやりあえるお前達が、今更人間に遅れは取らないだろ?」
「そうですな……。我々は鬼人族や鳥人族、竜人族など、戦闘に特化した種族から日夜指導を受けていますから。最初は死屍累々の地獄絵図でしたが、現在はそれなりに腕の立つ者も出ております」
ニヒヒと笑ったエヴァン。マオは若干引き気味だ。親子でも結構違うな。
「全力でお相手いたしましょう。こちらに損害を出さぬよう……」
分かってるじゃないか、エヴァン。あちらは戦だと認識しているかもしれないが、あくまでこれは軍事演習。損害を出してはいけないのだ。
「あの闘技場使うの? 子供達が怖がっちゃうから、なるべくそこで完結させてほしいわ」
学童達と接する機会が多いマリーらしい心配事だな。
「演習は闘技場で行うつもりだ。向こうの兵は迎賓館に泊まってもらおうかと。民間人が入らない、且つ大量の人間を収容出来るのは迎賓館しか無いからな」
「それなら私達教師からも皆に伝えておくわ。何日くらいかかりそうかしら」
「三日。三日でカタを付ける」
俺は全員に作戦を話した。月例会で話したよりも詳しく。ここには各分野のリーダーが居るから、この作戦を聞けば各々の役割が分かる筈だ。
「――と、こんな感じだ。いけそうか? 負担が大きくかかる事になるが……」
「お任せを」
「まかせて。『しょくりょうこ』には『やさい』も『おこめ』もたっぷりある」
「弟子達も料理の試食係が出来て喜ぶでしょう」
「ありがとう。じゃあ、広報課は新聞で一連の動きを報道してくれ。生誕祭の直前だからバタバタするだろうけど、よろしく頼む。俺は向こうに招待状を書いてから船を持っていく」
そこで幹部会は解散。それぞれ持ち場に戻った。
俺の方は招待状を懐に忍ばせて客船管理課の元に行き、転移でエクレシア沖に。正直この際自称国王の大臣(仮)が戻っていなくても良い。もう準備してあるらしいし。
って事で、船をヒリュウに任せてエクレシアの王宮に地図タップ転移した。
そこから更にルーカスの部屋まで行く。
開国祭前の月例会の時に一度来たきりだったが、こんな感じだっただろうかと思ってしまった。
ギシギシと音が鳴るささくれだらけのベッドは、天蓋と装飾彫刻が施された豪華な寝台に様変わり。小学校の勉強机くらいしかサイズが無かった執務机は海賊船の船長室にありそうな大きな執務机に、いつ崩壊してもおかしくなさそうな椅子は立派なソファーセットになっていた。
きっと税金をドバドバと投入したのだろう。あんた達、俺んとことドンパチやる気は無いのかい? 緊急月例会まで開いて、口先だけな訳無いよな。
「だ、誰だ!」
「あ、フェリーチェ・サージスです。あんた達が宣戦布告した国の王やってまーす」
ハァイ、と手を軽く上げると、その場に居たプニプニ達が悲鳴を挙げる。人に宣戦布告するくらいだから肝の据わった奴かと思っていたが、俺の見当違いだったようだ。
「これ招待状。宣戦布告、受けてやるよ。港にうちの客船を停めてやったからそれでサージスまで来い。勝てば魔鉱山の権利はくれてやるよ」
まあ、勝たせる気無いけど。
「そろそろ生誕祭だ。こんなくだらない戦、三日で終わらせてやる。首洗って来いよ」
「ふ、ふん! その言葉、覚えていろよ! 三日と言わず、一日で白旗を上げさせてやる!」
何か……緊急月例会でも同じような台詞を聞いた事が有るような、無いような。
「それではさようなら」
次はサージスの客船スタッフの転移。客船は今スタッフが居ない。誰かに盗られないよう、ヒリュウだけはお留守番してもらっているが、その他は誰も居ない。
運転士、清掃員、案内スタッフ。他にも配備しなければいけない役職は有る。今回は開国祭と違って危険も有るので有志で募集を掛けた。
採用したのは十五歳以上の人間と自衛可能な魔族。合わせて二百人程。人間枠は十八歳以上が望ましかったのだが、そこはこっちの人の価値観に合わせて。
大量の軍人を相手にするには少々心許無い人数では有るが、それを聞いても尚やりたいと言ってくれた稀有な人達だ。
彼らを五人一組で船に運び、客人が到着してからの流れを確認した。今回はお菓子食べ放題に釣られて来たブランも船旅に同行するので、そこまで心配はしていない。
身の危険を感じたら容赦なく蹴飛ばしたり投げ飛ばしたりして良いと言っておいたし。娘の心配をしたヴィーネが派遣した神獣、デウスも居る事だ。心配は要らない。
「ブランに限らず、皆も危ないと思ったら手を出して良い」
「なにかあったら困るから、ブランが守ってあげてもいいの」
「わたくしも、腕には自信が有りますので」
「デウスの助けはいらないの。ブラン一人でできるの」
はっきりした拒絶にデウスは苦笑いを浮かべる。サージスでは最早見慣れた兄妹のやり取りだ。ブラン……反抗期にはちょっと早くないかい……? あれか? 幼児に有りがちなイヤイヤ期ってやつか? 親の助けを借りずに、何でも自分でやりたがるっていう。
「デウス、ブランの子守りも有って大変だと思うけどよろしくな……」
「平気ですよ。ブランは遊び甲斐の有る妹ですから」
ニッと笑ったデウス。あれ、こんな子だったっけ……? ブランの前では揶揄いたがりのお兄ちゃんなのかな。まあ、引き受けてくれるなら何でも良いけど。
「そ、そうか。じゃあよろしくな、皆」
「はい。全力でおもてなしいたします」
今回のフロアリーダーがそう言い、後ろに並んだ皆も頷いてくれた。後は船の出航を見送って、帰国だな。
ヒリュウの背に乗って空気に擬態し、上空で待っていると武装兵達が歩いて来るのが見えた。
「騎兵が五十騎程度で歩兵が五百人程度です。一国を落とすと意気込んでいる割にはかなり少ないですが……少数精鋭なのでしょうか」
「そんなに少ないのか!?」
「はい。人間を超越した実力者ならば遊び甲斐も有りますが、もし普通の人間であれば、こちらの騎士達が物足りないと感じる可能性が有ります」
サージスが人口少ないからって油断してう……。それかこれが全勢力か。未だにグランべリアと休戦中ってことは、軍も疲弊してるだろうし。
これ、俺達のオーバーキルで終わらないと良いけど。




