七十二話 捕縛
サージスのお披露目会に一瞬だけ出席したルーカスとヴィンセントは、急いで最終便の竜飛車に乗り込んだ。自分の持つ力は大して強くは無いが、大臣が好き放題しない様に、出来るだけ長い時間城に居る必要が有った。
(……何も無いと、良いのだが……)
しかし、ルーカスの心配は杞憂には終わらなかった。
「っ…………!」
竜飛車から馬車に乗り換え、城に戻った二人は武装した騎士複数人に囲まれ、拘束される。
「申し訳ございませんが、お二人の身柄は少しの間、拘束させていただきます」
ルーカスは後悔する。やはり城を離れるべきでは無かったと。
「がっ……!」
「ぐっ……」
二人分の呻き声と共に、ルーカスの拘束が解かれる。
自分の背後で拘束されていたヴィンセントが騎士をダウンさせていた。ヴィンセントはルーカスの父が付けたルーカスだけの護衛。相手が何人居ようがルーカスを守るためだけに動く。
ヴィンセントはジャケットの内側に隠された短刀を抜き、ルーカスを抱え上げる。
「陛下。座り心地は良くないかもしれませんが、これが一番安全かと」
重心を下げ、剣を向けてくる騎士の踵を斬りつけるヴィンセント。ルーカス達に差し向けられた騎士は十人もおらず、一人でも片付ける事は出来た。
しかし、それはルーカスが腕の中に居なければの話。百七十も有るルーカスを抱えての戦闘はヴィンセントも初めて。
ルーカスに怪我をさせない様に細心の注意を払いながら国軍への打撃を最小限に留めなければいけない。
体重は軽いとはいえ、ルーカスの体はそこそこ大きく、次々と出てくる援軍騎士を一人で相手するにはヴィンセントでも難しかった。
「ぃ……!」
背後からの殺気にヴィンセントが反応する直前、ルーカスが呻いた。ヴィンセントの胸に向けて放たれた矢にルーカスが気付き、手で掴んで止めようとして失敗したのだ。
ルーカスには武道の心得が無い。ハイリーであれば簡単に掴んでいたであろう矢は、伸ばされたルーカスの左手を貫通し、ヴィンセントの体に触れるギリギリの所で止まっていた。
「へ、いか……?」
敵に囲まれた時、先に隙を見せた人間が負ける。図らずしてヴィンセントの動きは止められ、二人は捕らえられた。
入れられたのは、国益に関わる犯罪を犯した際に処刑までの時間を過ごす牢獄。城の敷地内には有るものの、城からは離れている石の塔の最上階だ。
気を失っている間に囚人服を着せられ、別々の牢に入れられたルーカスとヴィンセント。比較的手加減して殴られたルーカスはヴィンセントよりも先に目覚め、左手に刺さった矢を抜こうと足掻く。
しかし、あまりにも深く刺さり過ぎているため痛みで抜く手が止まる。
最終的には諦めて、自分の水魔法で洗浄を行うに留めた。
(ヴィンセントは大丈夫だろうか……私が無力なばかりに負担をかけて……)
ルーカスは父が遺した自分用の資産の殆どを国の孤児に注ぎ込み、自分の分は最低限すらも残さなかった。食費だけでなく教育費まで投げ打った事を、今になって後悔した。
「陛下――いえ、ルーカス殿」
聞き覚えの有るその声に顔を上げると、大臣等が立っていた。僅かに入ってくる月明かりだけでは顔を見る事は叶わないが、幼い頃から知っている声だ。
「何だ」
痛む左手を隠し、気丈に振る舞うルーカスだが、内心は取り繕う事も止めた大臣に対する恐怖で一杯だった。自分の身はどうなっても構わない。だが、ルーカスは誰よりも自国を愛し、ボロボロの土地で誰よりも自国の為に身を割いてきた。
そんなギリギリで保っていた国が目の前の人間によって滅茶苦茶に壊されるのが、ルーカスにとっては何よりの恐怖だった。
「貴方にはこの国を上げる事は出来ない。上に行くには戦争が必要なのです」
「なっ……! これ以上あんな事をすればこの国は本当に滅ぶ! エクレシアが独立国家であれているのはグランベリアと連盟からの温情のようなものなのだ! そんな状態で再戦など……!」
「いいえ。グランベリアは今や何の魅力も無い国家。ルーカス殿、新興国サージスには大量の魔鉱石が眠っているそうですな」
「な、んだと……」
ルーカスは目の前の男の正気を疑った。守護者が興した国に戦争を仕掛けよう、など正気の沙汰では無い。実際に自分の目で見たルーカスは、あちらの戦力のほんの少しを見ている。空を制しているのが強過ぎるのだ。
人口が少ない事で有名なエクレシアよりも更に少ない人数であそこまで戦力を上げるとなると、相当の手練れと技術が必要だ。
「おや、そこまで驚く様な事でも無いでしょう。魔鉱石は我々だけでなく、全世界が欲する特別な物。掘れば枯れる鉱山より余程魅力的では有りませんか?」
「相手が悪過ぎる。お前達は守護者の恐ろしさを知らないのか……?」
「宣戦布告は過半数の賛成により決定致しております故」
「国民はどうするのだ……! これ以上は保たない!」
「進化には犠牲がつきもの、と言いますでしょう……?」
鼻でそう嗤った大臣に怒りのボルテージが最高潮に達したルーカスは水のナイフで大臣を攻撃する。しかし、この牢獄は囚人による一切の攻撃を禁止している。牢獄の格子に到達する前に水は消えてしまった。
「まだそこまでの力が残っていたとは。少し侮っていたようです。あれを」
「はっ」
強化属性の騎士が再び攻撃魔法を放とうとしたルーカスを気絶させ、首に魔法具を嵌める。魔法の行使が出来なくなる囚人用のアイテムだ。
「ルーカス殿にはまだまだやっていただきたい事が有りますのでね」
大臣は高笑いを残して去って行った。
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(何だ……全身が痛い…………)
ヴィンセントは大臣が去った直後、痛みで目を覚ました。焦点の合わない目で体を見る。宙吊りにされ、何か棘の様な物が全身に巻き付けられていた。
こんな拷問器具がエクレシアの軍部に有ったのか、と感心しながら探すのは主人であるルーカス。自分の力不足で護ることが出来なかった主。孤児だった自分をここまで引き上げてくれた最愛の主人。
自分の周囲を暫く探していると向かいの牢に倒れている人影を見つける。
「――!」
自分に興味の無いヴィンセントだが、ルーカスを大切に思う気持ちはルーカスの親以上に有る。命の恩人であり、家族とも言えるルーカスがこうして傷付けられるのは何よりの屈辱。
力任せに縄を引き千切ると体が焼ける様な激痛がヴィンセントを襲う。が、そんな事、窮地に陥った主の前では些事である。
しかし、ここでは魔法が使えず、首には棘の付いた魔法を封じる魔法具が付けられている。牢獄を破壊出来る程の怪力でもなかったヴィンセントは、ルーカスの名を呼び続ける。
「ルーカス様……!」
まだルーカスが王になる前の、家族としての呼び名で。
「……ん…………」
「ルーカス様……!」
「……ヴィンセント…………」
消え入りそうな声でそう呟き、ゆるゆると起き上がるルーカス。左手にはまだ矢が刺さっている。
「ルーカス……この国は、私が愛したこの国は、もう、終わりだ……」
二十歳で即位してから七年。苦悩続きだった人生だが今回の事件で初めて、ルーカスは絶望という感情を味わった。
守護者を逃してしまった時も、父が負の遺産を遺して死んだ時も、ルーカスはここまで絶望しなかった。だが、今回は自分の宝物を奪われたと言っても過言では無い。
ヴィンセントの脳裏に浮かんだのは守護者であるフェリーチェの顔。領主や関係者を一人で葬れるくらいだから血の通っていない様な性格かと思っていたが、意外と義理人情に厚い人間。
何の見返りも求めず、恨んでいる筈のルーカスを熱から解放してくれた人。
祈って助かる物でも無いが、絶望するルーカスを見て、「どうか助けてほしい」と遠く離れた土地に居る守護者に祈った。




