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六十六話 出発


 月日は流れ、もうすぐ十月も終わる。あと数日でサージスの開国祭が始まる。

 船は完成し、国際空港に待機した竜飛車は大幅なリニューアルを遂げた。今までは無かった水回りを新たに付けたのだ。

 内装もそれに伴い、かなりアップデートされている。トイレを付けた分のプライバシー確保や臭い対策等。



 それと、色々な人が来るから国内での犯罪件数が増えるだろうと踏み、常駐の警備員を街中に配置した。正直やり過ぎかとも思うが、今回招待した人の立場を考えれば妥当だろう。



 開国祭の成功の可否に、今後のサージスが掛かっていると言っても過言ではない。これが成功すれば、もっと沢山の祭が出来るようになるかもしれない。


 前世で言うところのオリンピックや万博みたいな。俺は二十四年のオリンピック開会式を見る前に死んじゃったし、万博も教科書でしか知らない。でも、不祥事さえ無ければどちらも楽しいイベントだと思うのだ。




 開国祭が無事成功に終わったら、俺が生きている間にどちらかを実現させてみたい。多分、現実的にはスポーツの方かな。スポーツそのものを国内で少しずつ普及させていって、世界大会にしていきたい。


 価値観、合うと良いなぁ。俺が知っているスポーツなんてたかが知れてるけど、数百年もすればいつかこの世界独自の物に進化するかもしれないしな。俺は何百年経っても同じ立場に生まれ変わるらしいから、最悪来世に期待しても良い。



 昨日出したクルーズは、来月二日に到着する予定だ。三日が迎賓館でのパーティーなので、船で来ても時間的には十分間に合うだろう。

 竜飛車はエクレシア以外の各国に設置された国際空港の方に向かった。エクレシアにもいつかは作りたいけど、今はまだ無理。国王からの許可が得られてないからな。



 俺はサンとヒリュウを連れて、屋台の準備がほぼ完成した街に下りる。どの店も試作品作りに興じていて、大通りはとても賑やかだ。ヴィーネの要望で、日本の夏祭りの様に神社までの道も飾り付けられている。



 自分も当事者としてこの祭りを楽しみたいのだろう。分かる。その気持ちは俺もよく分かる。


「ふぇるちゃん」

 可愛らしいその声の方を振り向くと、ライムがちょこんと立っていた。


 ……君、俺の事そんな呼び方してたっけ。農家の誰かが言ってるのを真似したんだろうか。まあ、渾名で呼ばれるのは別に良いけども。



「どうした、ライム」

「ボク、『ふるぅつ・すむうじぃ』つくってみたんだ。ふぇるちゃんにも、のませてあげる」


「ありがとう」



 紫色っぽい物と、橙色っぽい物の二種類有る。さて、どっちから飲もう。


 紫色の方は多分、ブルーベリーとかラズベリーのミックスだな。酸っぱそうな匂いがする。

 橙色の方は南国系かな。パインかバナナかマンゴーか、はたまたミカンかまでは分からないけど、俺が好きそうなのは多分橙色の方だから、紫色から飲むか。



 グラスに注がれたスムージーを口に入れると、ブルーベリーの酸味は意外に感じられなかった。結構、まろやか。


「乳製品入れた?」

「せーかい。『よぉぐると』と、あとは『ばなな』もいれてみた」

 ヨーグルトにバナナか。これなら酸味が苦手でも飲みやすそうだ。



「美味いよ。じゃあ、次はこっち」

 一度水でベリースムージーを流し込み、俺的な期待値が高めの橙色の方に手を付けた。


「ん……! 俺、これめっちゃ好きだ」

「りゅうがおかの『ばなな』と『みかん』をつかったの。ふぇるちゃんなら、『ぜったい』きにいるとおもってた」



 今度から週に一回とかで良いからアレンに頼んで付けてもらおうかな、スムージー。原材料の産地は竜ヶ丘らしいし、入手難易度は低い筈だ。


「当日、これ買いに行くよ」

「まいどぉ。じゃあまたねー、ふぇるちゃん」



 ふわふわの口調や可愛らしい容姿に似合わないコインマークを作ると、ライムは帰っていった。サンとヒリュウ分の試作品を二つずつ置いて。


「二人共、スムージーは好きなタイミングで飲んで良いからな」

「「はい」」

 この二人は俺がゴーサインを出さないと食事も睡眠も休憩もしない様な人達。だから初めに言っておいた。



 最終的には俺とサンが橙派、ヒリュウが紫派に別れた。ここの何が美味しい、や、橙派だけど紫のここも良いよね、等と褒め合うだけの平和な派閥となった。

 俺も、どっちかと言われたら橙派だというだけで、紫もすごい美味しいと思ったので。

 

――――――――――――――――――――


 十月三十一日。クラリッサとリリィの二人はお互いの母と少数の護衛と共に、国際空港のロビーに居た。パーティー用に仕立てたドレスと下着以外は全てサージスで揃える算段だ。



 使用するのは八人乗りの竜飛車。クローシアからサージスまでを約七時間で飛ぶ。

 少し離れたスウィート公爵家の領地へ行くのに馬車で一週間以上掛かることを考えると、とてつもない速さだ。しかも、乗り心地は馬車以上。



 担当の竜騎士が荷物を預かり、座席の下に作られた荷物スペースにベルトで固定する。設備について簡単な説明を受けた後、クラリッサ達を乗せた竜飛車はゆっくりと浮き上がった。


 少し不思議な浮遊感も直ぐに消え、クラリッサとリリィはそれまでの興奮から一転、眠ってしまう。長時間クラリッサの母、エルサも「これは眠ってしまうのも仕方がないわ」と感じていた。

 屋敷のソファーの様に深く沈み込むような柔らかさはないが、適度な角度に設定された背もたれや、使ってくれと言わんばかりの膝掛け。



 また、竜飛車の内部は魔法具が使用されているため、反応させる魔力の程度で明るさが変えられる。ライトの魔法具ってこんなに便利に調節出来た物だったかしら、と首を傾げるエルサ。

 王妃は初めて経験する空の旅に、外の景色を楽しむことしか出来ない。

 そして、飛行から三時間程が経過した。海以外何も見えなくなり、退屈してきた頃だった。



 突然、コンコンコンと扉がノックされる。


「どちら様?」

 丁度その音で眠気も覚めてしまったエルサは扉の向こうに居る人影にそう声を掛けた。

「担当竜騎士でございます。軽食をご用意いたしましたが、いかがいたしますか?」



 相手が竜騎士という事実に青ざめるエルサ。というのも、エルサ達の中で、馬車では御者が持ち場を離れる事は事故に直結するというのが常識だったからだ。

 改良が加えられた竜飛車と更なる進化を遂げた竜騎士と竜。これらを知らない人からすれば、ゾッとする事は間違い無い。ただ、ここは海の上。逃げる事は出来ない。震える声で入室の許可を出す。



「こちら、サンドイッチとフルーツスムージーでございます。護衛の方の分もご用意させていただきましたので、よろしければどうぞ」


 恭しく礼をした竜騎士に、エルサは忘れそうになる。ここが海の上という事を。しかし、何とか思い出し、言葉を搾り出す。



「あの、貴方達は竜の操作が仕事ではないのかしら? 私の記憶が正しければ、竜騎士は貴方だけだったと思うのだけれど……」

 一瞬、きょとんとした竜騎士はエルサの言葉に穏やかに笑みを浮かべた。


「私共はただの主従関係ではございません。相手は我々人間と同等の知能を持つように進化した魔族であり、私が普段行っているのは最低限の制御と迷子防止の地図係だけにございます。後は目的地までを真っ直ぐ飛べば良い、というところまで行く事が出来れば、四六時中あの場所に居なくても問題無いのです。因みに、飛行中に扉を開けても大丈夫なのはフェリーチェ陛下により結界が張られているためにございます」



「…………そういえば、そんな説明を最初にされた様な気がするわ……」



 これは竜に認められた人間にしか出来ないが、竜も竜人族も多いサージスでは、竜騎士でなくとも出来る人は多く居る。ロイの様に偶々懐かれたケース等。


 慣れた手つきで天井からテーブルを下ろす様子にエルサは肩の力を抜く。こんなに慣れているのなら心配ないだろう、と。



「では、何かございましたらご遠慮なくお申し付けください」

 扉の鍵が外側から閉められる音がして、竜騎士は持ち場に帰っていった。


「貴方達、軽食を持って来ていただいたわ。起きなさい」

「ふぇ……」

 爆睡していた護衛達と娘、義姉達を起こし、エルサはスムージーに口を付けた。



「美味しいわ……」

 思わずそんな言葉を零す。


「そうね。クローシアだと、王宮でも中々こんなに美味しい物は食べられないわね」

 クローシアでフルーツといえば、紅茶やケーキに添えるか生で食べるかだけだ。エルサはサージスに行った事が有るが、その時はまだスムージーは無かった。

 全員にとって食べ慣れない味ではあったが乳製品で飲みやすくなっていたからか、直ぐに飲み終えた。



 サンドイッチに挟まれた野菜も瑞々しく、とても時間が経過しているとは思えなかった。これもフェリーチェが各竜飛車に付けた無限収納あっての物だ。


 そこからはサージスについての話に花を咲かせ、四時間という長い時間はあっという間に過ぎていった。



「到着いたしました。直近の目的地はどちらで?」

「まずは荷物を置いて一息つきたいわね。宿の準備は出来ているかしら?」

「はい。では迎賓館までの牛車をご用意いたします」


 歩道と車道を分けた事により、牛車と歩行者の事故は起きていない。人力車と牛車の事故もゼロだ。

 用意された牛車に乗ってみると、馬車よりも開放感があり、時折吹く初夏の風も気持ちが良い。



「お待たせいたしました。こちらが泊まっていただきます、迎賓館でございます」


 国際空港から牛車で三十分。一行は迎賓館に案内される。ルークは和風別館を所望したが、エルサ達は特に何も言っていないため本館だ。



「綺麗な所ね」

「お母様、私早く中に入りたいですわ」

 クラリッサに急かされ、中に入る。




「「おかえりなさいませ」」



 スタッフによる歓迎を受けて向かった部屋は、自宅とほぼ変わらない作りだった。フェリーチェと家具職人達が、想定される客の出身国の家具様式を勉強して作ったからという事に気付くのはもう少し後。


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