六十話 ルーカス・エクレシア
五月の月例会は、サージスでやる事となった。まだ国際空港が全部の国に無いので俺の転移で各国の王宮に転移し、連れて来る事になる。
エクレシアを抜け出す時は火事場の馬鹿力を遺憾無く発揮して転移したが、今はもう連発しても疲れなくなった。
今回は開国祭について話したいので「どうしてもエクレシアにも出席してほしい」と手紙で知り合いの王達に相談したら、ハイリーから「任せとけ」と、他からは「グランベリアが何とかしてくれる」との返事が返って来た。
日が迫って来てから「出席するってよ」の手紙。
一緒に謎の生物がグッドマークをしているイラストが描いてある。意外とお茶目だな、ハイリー。この手紙だけでは通称が脳筋族だとは思えない。
クローシアの定食屋地下をはじめとして、どこの国でやった時も月例会は目立たない建物だったが、今回はスタッフの練習も兼ねて迎賓館で開催する。サージスの街を見たいとの希望も有ったので全員泊まり。警備は厳重にした。
昼間は自警団の約半分が、夜間は自警団所属の鳥人族という万全体制だ。
「よう」
「こんにちは、ハイリー王」
当日、グランベリアとエクレシア以外を迎賓館前に送り届けてからハイリー王とエクレシアに向かった。俺はエクレシアの国王の顔が分からない。偽物を送り込まれる可能性を危惧してだ。
「じゃあ、飛びますね」
地図タップ転移でハイリーと共にエクレシアの王宮に向かった。
エクレシアの王宮は見窄らしいの一言に尽きる。城を修理し、維持する金すら無いのだろう。
「誰だ、貴様」
指定の場所で待っていたのが誰かは分からないが、ハイリー王が地の底を這う様な超ひっっっっくい声を出したから王本人ではないのだろう。
「国王陛下は現在床に伏せていらっしゃいます。ですので、月例会は我々が代理として出席させていただきたいと思っております」
彼は大臣だろうか。少し、いやかなり肉付きの良い体だ。父さん達の収めた税金がこの肉になっていると思うと、とても不愉快だ。
俺が無意識に放ってしまった殺気に気付いたのだろう。大臣(仮)達はガクガクと震え始めた。いけないいけない。ここで必要以上に脅すのは良くない。何とか引っ込める。
「ルーカスに一度会わせろ。コイツは守護者だ。本当に病気なら、治せるかもしれない。良いか? よく考えて返事をすることだ。これはただの要求ではない。命令だ」
他国とはいえ、一国の王に逆らう事は出来ず、大臣(仮)は消え入りそうな声で「ご案内いたします」と言った。一瞬、憎々しげな視線を向けられたが俺は何も悪くないので無視を決め込んだ。
「床に伏せている、というのは事実らしいな」
案内された国王の私室には、本当に彼が国王なのかと疑ってしまう程に何も無かった。
ベッドと、簡易的な執務セットが有るだけだ。目を見開いて驚いている側近らしき人物の服も見窄らしく、その辺の商会長の方が良い格好しているのではと思うくらいだ。
そして国王本人。俺達の周りに住んでいた平民の方がまだ健康的な体型だった。目元は窪み、頬は痩せこけ、くっきりと隈が浮き上がっている。二十代だと聞いていたが、この見た目のせいでプラス十歳分くらい老けて見えてしまう。
「治せそうか?」
「ただの病気なら、治せます。ですが、寝不足と栄養不足は流石に」
多分、寝不足と栄養不足に過労が重なって免疫力が落ちているのだと思う。普通の風邪も免疫力が低ければ命に関わる。俺の治癒魔法は一時凌ぎにしかならないのだ。
「ハイリー・グランベリア陛下とお見受けいたします。そちらの方は……?」
「フェリーチェだ。子供だが、グランベリアの友好国の王だ。時間になって現れたのが国王じゃなかったからな、迎えに来てやった」
「申し訳ございません。陛下は数日前から体調を崩されていまして……。治癒師は呼ばない様にと厳命を受けましたので、何も出来ない状況なのです」
「だからフェリーチェを連れて来たのだ。コイツは守護者だ」
ハイリーはさっき大臣(仮)達に言った事と同じ事を側近に告げた。
「体力がある程度戻るまでは安静にして構いません。月例会は数日くらい後ろに回しても問題無いので。それで、治させていただけるのでしょうか?」
「……感謝いたします」
魔法を使うと喉元や頭が淡い光に包まれ、苦しそうにしていた息が少しだけ和らいだ。もう少ししたら発汗も止まると思う。
「それにしても、大臣は何をしているのだろうな」
「知りたくもないですね」
「そうだな……。よし、行くぞ」
「えっ……ご、後日というお話では……?」
「サージスの迎賓館の方がここより過ごし易いはずだ。予定としてサージス訪問は入ってるんだろ」
「それはそうですが……」
「じゃ、行くぞ。フェリーチェ」
俺は地図タップ転移を使った。誘拐だと言われかねないが、その時はハイリーが何とかしてくれる筈だ。転移先はエクレシア用に用意した客室のベッド。
華美な装飾は利便性に欠けるという事で、上品な装飾という物を心掛けた。参考にした特定の物というのは無いが、俺が泊まった事の有る旅館やビジネスホテルを意識して設計図を描き、毛布やマットレスのデザインはほぼロイが作ってくれた。
実際にベッドを作ったのは家具職人のオリヴァー父。適度なクッション性が有って、寝心地は最高だった。結局は寝相が悪くて落ちたけど。
「おお……。凄いな。豪華な装飾が無いのに高級感が有る」
「ここは……」
「フェリーチェの国、サージスだ」
「ようこそ。今回の月例会会場国のサージスです。強引に連れて来てしまってすみません。体調が回復したら月例会を開きますのでスタッフに伝えてください。六時頃に夕食を部屋に運ばせますのでそれまではお寛ぎください」
早く自分の部屋を知りたそうなハイリーの為にも、慣れない場所で、動けない主人を護らなければいけない側近の為にも俺達は退出した。
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「守護者……彼がエトワール伯爵家を……」
ハイリーとフェリーチェが居なくなった迎賓館の客室。穏やかな寝息を立て始めたルーカスを逐一気にしながらヴィンセントは唇を噛んだ。
自分達がみすみす逃してしまった守護者は建国をして、王になってしまった。守護者本人から、そして被害者本人から聞いた訳ではないが、ヴィンセントとルーカスはエトワール伯爵領を潰したのが守護者であると、ほぼ確信している。もう、どうやってもエクレシアには戻せない。
目の前に居る子供が守護者だと知った時最初に考えたのは、どうやってルーカスを護るか、だった。
自分を不当に扱った国王に復讐心を抱いていてもおかしくはなかったからだ。しかし、与えられたのは罵倒でも殺意でもなかった。
純粋な善意でもなかったが、主を苦しめていた熱から解放してくれた。半ば無理矢理だが、ルーカスをストレス源から離してくれた。
クオリティは未知数だが、今日の分の夕食は摂れる。最後にまともな食事をしたのは一体いつだろうか。過去を振り返ってみるが、全く思い出せない。
「……ヴィン、セントか……? ここは……」
数十分もすれば、ルーカスは目を覚ました。多少声を出し難そうにしているが、苦痛は浮かんでいない。
「お目覚めになられましたか、陛下。ここは今回の月例会会場国、サージスの迎賓館でございます。サージス王が守護者だったため、転移にてここまで」
「そう……守護者……。私を見て何か言っていたか……?」
「月例会は陛下の体調が回復し次第で良い、とだけ。六時頃に夕食が来るそうです。それまではどうか、お眠りください」
「そうさせてもらう…………」
ヴィンセントは再び深い眠りに落ちたルーカスを想う。年が近いから、と前王の命によりヴィンセントはルーカスの側近となった。その前王が亡くなってから、大臣や前王の元側近達によって傀儡国王に仕立て上げられたルーカス。
多数決が全てを決めるエクレシアで誰一人味方の居ないルーカスは日に日に痩せこけ、人生の全てを諦め、自らの予算を残らず国の孤児達に使った。
自分の治療費すら払えなくなる程に。ルーカスもヴィンセントも水属性。安全な水は供給出来ても、病気を治す事は出来ないのだ。
もっと自分の事を顧みてほしい。そう望む事はさせてほしいと息を吐いた時、部屋の扉がノックされた。時計を見ると六時丁度だ。
「お夕飯をお持ちいたしました」
「どうぞ」
エルフ族の少女が持って来たのは二人分の食事。自分の分も有るのかと意外に思っていると、大変な事に気付く。
食事が主と従者で違うのは普通の事だが、白身魚の煮付けが自分の所に、見るからに貧相などろりとした何かがルーカスの方に置かれたのだ。どちらが主か訂正しようかルーカスが迷っていると、少女が口を開く。
「こちらは鱈の煮付けでございます。そしてこちらが、すりおろし林檎を使用した、ヨーグルトという物になります」
「よぉぐると……?」
聞き慣れない単語に目を瞬く。
「フェリーチェ陛下は体調を崩された際、食べ物を受け付けなくなってしまわれました。そのような中で唯一口に出来たのがこちらのヨーグルトになっております。病み上がりで急に固形物を入れると体が吃驚してしまいます。鱈の煮付けはもうお一人分、用意がございますので食べられそうであればお持ちいたします」
「お気遣い、感謝します……」
「では、何かございましたらこちらのベルを鳴らしてお呼びください」
そして、エルフの少女は退出していった。
「美味しい……」
今まで食べた、何よりも。
ヴィンセントが食べ終わった頃、ルーカスは起きてきた。
「久しぶりだな。こんなに美味い食事は」
ヨーグルトを難なく食べたルーカスは、持って来させた鱈の煮付けもペロリと平らげた。
「そうですね……」
「国の方は、大丈夫だろうか……。大臣達は……」
ルーカスは、自分を操り人形にしている大臣が、自分が居ない事で今まで以上に好き勝手に政治をするという事を危惧していた。
月例会に出ないのは、どの面下げてグランベリアに会えば良いか分からないという事よりも、自分が長期間国を開ける事に対する不安が拭えなかったという事の方が大きい。
「月例会では、何を言われるのでしょうか……」
「降伏勧告か、開戦の宣言か。どちらにせよ、ここがエクレシアとどれくらい離れているか分からない以上、逃げ帰る事は出来ないな……」
消灯の時間になり、ヴィンセントは従者用に用意されていた部屋に引っ込んだ。
一人になったルーカスは、一応横になってみるも眠る事は出来なかった。普段は眠らないで仕事をするのが日常で、仮眠も硬いベッドで一、二時間寝たら終わりだ。いざ寝ろと言われても難しい。
起き上がる、寝転ぶを繰り返し、ルーカスは諦めた。消灯直前に来たエルフの少女からベルを鳴らせばいつでも来ると言われていたルーカスは、チリンと遠慮がちにベルを振る。
「お呼びでしょうか、ルーカス陛下」
「あの、中々眠れなくて……」
「では、ホットミルクをお持ちいたしましょうか? 眠れない時に飲むとリラックスが出来る、とフェリーチェ陛下も仰っていました」
「それを頼む」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ライトの魔法具を作動させ、待つ事五分。鳥の羽を背に生やした女性がお盆にマグカップを乗せてやって来た。夜行性の鳥人族、戦闘も出来る迎賓館のスタッフだ。
「熱いので火傷にお気を付けください」
ふぅ、ふぅと冷まし、喉に流し込むと強張っていた表情筋が緩むのを感じた。ホットミルクはリラックス効果が期待出来るから眠れない夜に良い、とフェリーチェは前世から愛飲していたのだ。
(フェリーチェ・サージス……。私を恨んでいる訳ではないのか……?)
ルーカスの思考はそこで途切れている。




