五十八話 イベント予定
旅客竜飛車に乗り、約六時間。セイはエテルニオンの国際空港に到着した。出来たばかりという事もあり、エテルニオンでは人を乗せた状態での着陸は初めてだった。民衆がその記念すべき瞬間を一目見ようと、国際空港の周りに殺到している。
契約スポンサーの商会が急ピッチで仕上げたホルンとヴァイオリン、メンテナンス用具を持ち、着替え等それ以外の荷物はお世話係兼護衛の青年が運ぶ。
留学先の学校は、例外は有るが一人につき一人以上の使用人が居るのが普通だ。
芸術家は総じて生活能力が無いそうで。それを知ったフェリーチェが急遽、護衛隊から身の回りの世話も出来るエルフ族をセイに付けたのだ。セイも生活能力が低い芸術家の一人なので。
エルフ族の男性は、シノを筆頭に遠距離戦が得意で目も良い。音楽隊の一人である自分が安全に過ごせる様に、と従者を選抜したフェリーチェからの配慮にセイの口元は少しだけ緩んだ。本当に、本当に少しだけだが。
国際空港からは事前に(シルヴェリスが)手配した迎えの馬車で寮に移動する。普段は領地に引き篭もっている貴族の子息もこの学園に来るので、入学前であっても合格証明書さえ出せれば寮は使用可能なのだ。
生徒数が多い為、部屋は二人で一つ。相手が余程の偏屈者でない限りは相部屋である。
セイの所属する音楽隊は軍楽隊とも言える。普段はサージス城近くの騎士団の寮で四人一部屋だ。しかも、自分以外は全員竜騎士や護衛隊の人間。揃いも揃って癖の有る人物達だった。相手が偏屈だろうが変わり者だろうが、自分のペースを乱されない自信が有った。
到着の合図で馬車を降りると、セイが知る何よりも大きな建物、アルカーノ音楽学園が眼前に構えていた。寮のエントランス係に合格証明書を見せて鍵を受け取り、指定された部屋に向かう。
「失礼します。今日からお世話になります、セイ……で、す……?」
寮の扉を開けたセイは言葉を失う。後ろに控えていた従者のエルフも唖然としている。寮はそこまで狭くないが、その部屋は窮屈に感じる程に物が散乱していた。
床が見えないほど――いや、地層が出来そう程散らかされたのは、譜面。大量のピアノ譜だった。流石のセイもここまで散らかった寮は見た事が無い。
「あーー! ゴメンゴメン、忘れてたぁ」
バサバサと床の譜面を掻き分けて出て来たのはテオ・アグレット。アルカーノ音楽学園に主席で入学し、現在は作曲家として活動している五年生。セイの同室生徒だ。
「初めまして。セイ・ドルチェといいます」
「オレはテオ、テオ・アグレット。ゴメンね、直ぐに片付けるから」
「手伝いましょうか?」
「良いの? ありがとう、助かるよ」
へにゃりと笑ったテオは寝癖頭を押さえながら床に散らばった譜面を机の上に積み上げていく。
(こんなに大量の紙、どこで買ったんだろう……)
あまり変わらない表情の下、セイはそんな事を考える。作曲を勉強したいセイにとって紙は必須。しかし、この世界では貴重品。
(後で聞こう)
幸い音楽隊員としての給料は貨幣が流通し始めてから今までの分、約一年分貰っている。高くても最低限の枚数は揃えられる筈だ。
トントンと紙の端を揃えてテオに渡す。
「ありがとう、助かった。何かお礼が出来れば良いんだけど……」
「あの、この大量の紙をどこで買ったか教えていただけませんか。僕、ここで作曲の勉強をしたいんです」
「……。キミ、主席?」
「はい」
「なら学園に言えばいくらでも用意してくれるよ。この学園、主席の生徒には至れり尽くせりだから。オレ、この紙にお金使った事無い」
アルカーノ音楽学園では通常の学校と同じ様に、テストが有る。二期制で、前期末と後期末に一度ずつ。そこで主席を取ると学園側からの支援を受けられるのだ。
学費や諸経費を学校が負担してくれたり、練習室の予約優先権まで手に入る。四年間、主席の座を誰にも譲らなかったテオは受けられるだけの恩恵を受け、売れた譜面の分の印税も有り、大量の金を溜め込んでいる。
(なるほど。生徒の競争意欲を掻き立てる事で高レベルな奏者を安定して輩出しているのか)
「そうなのですね。教えていただきありがとうございます、テオ先輩」
その瞬間、セイの中でもう一つの目標が決まった。入学前に定めていた目標は、作曲家として活動出来るだけの実力をつける事。
そしてたった今追加された目標が、在学中に一度も主席を譲らない事。セイは一人の音楽隊員として来ているのだ。誰か他の人間に主席を譲るという事は、プロとしてのプライドが許さなかった。
セイは一式揃えた教本を見て、予習を始めた。自分の世界に入ったテオが唸りながら机に齧り付いているが、そんな事は気にならなかった。
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「フェリーチェ、国際空港出来たけど外からの人達っていつ頃から受け入れる?」
セイがエテルニオンに発って一週間が経過した。エテルニオンとの連絡役にしたネスからの報告では、六時間の飛行を経て問題無く着いたそうだ。そこで上がってくるのが、いつ頃に他国の人間を受け入れるのかという問題。
遊園地のホテル感が否めない迎賓館(和風の別館有り)は既に完成している。国際空港も、サージス側は完成している。船便は航路の関係で少し手間取ったが、無事にクルーズの許可をもぎ取った。
こっちの世界でも前世よりは厳密じゃないが、領海という存在が有る。国際旅客船だとどうしても他国の領海に踏み込まなければいけないので、通したい国とその通過点の国が通行許可を出さないと運行が出来ないのだ。
許可を得られたので新たに客船管理課という部署を作り、今は総合デザイン課と共同で客船の開発を行っている。
許可が得られた全ての国にクルーズが配置出来るまでだと少し遅い気がする。
「んー……軍の方はどうなってる?」
「化け物揃い。今の自警団なら、束になればフェリーチェと戦っても五分は保つ。竜騎士団はかなり竜族との絆を深めていて、この間は新たに入った個体の歓迎会をしていたよ。護衛隊は活動機会は少ないけど、フェリーチェの知る通り。狩人はBランクくらいまでなら個人で狩れる様になってた」
なら、自衛は問題無さそうだな。
「じゃあ、犯罪件数とその傾向は?」
「……分かんない」
「……え?」
「犯罪の報告、来た事無いから」
「いやいや、一件くらい有ってもおかしくないよな!?」
「普通の街なら。でも、この街には自分の意思でフェリーチェに着いて来た人と、フェリーチェの恐ろしさを身を持って体感した人しか居ない。フェリーチェに迷惑を掛けるのを嫌がる人と、フェリーチェを怒らせたくない人しか居ないから」
ああ……そういう事……? なら、犯罪が起こらないのも納得かな。
地球には、衣食足りて礼節を知るってことわざが有るけど、ここでは足りなかった時も犯罪が起こらなかったって事だ。オリヴァー達幹部の人徳と、俺のコネと、植え付けた恐怖のお陰だな。
「じゃあ、街の皆に通達して欲しい。開国祭をやろうって」
「開国祭?」
「そう。今までのサージスは、竜ヶ丘としか交流が無くて、偶に俺が個人で輸出入するくらいだった。鎖国はしてないけど、地図にはまだ載せてない。この開国祭で他国の人間にお披露目するんだよ。クルーズが一台でも完成すれば、俺が転移でゴリ押せる」
無人のクルーズごと対象国の港に転移すれば良いのだ。一国ずつやっていると何週間掛かるかわかったものじゃないので、サージスから一番遠い場所に行ってから徐々に拾って行く感じにしたい。
俺の力に依存しすぎるから長期的に見ればアウトだけど、開国祭の一瞬の間だけなら問題無い。
「なら、いずれ安価で提供出来る宿屋も作った方が良いかな。客船はどちらかと言うと平民向けなんでしょう?」
「ああ。将来的に貴族向けに展開する事も考えたいとは思ってるけど、今の所は竜飛車を使えない下級貴族と平民向けにって想定してる」
往復一千万は財布にかなりの痛手を負わすから。平民なら家が潰れるだろうし、貴族でも母さんの実家みたいな没落寸前と言うか、没落したというか、そういう家だと難しいと思う。
でも、開国祭は主に貴族や商会長を招待するから最初のクルーズは豪華にしても良いかな。竜騎士は数が少ないし。宿屋も今回招待する人達は迎賓館に収まる程度に抑えるから優先順位は高くない。
「一度幹部会を開いて、客船の進捗を確認しつつ開国祭の日程を詰めていこう。フェリーチェは早めに招待状書かないとだし、招集は二日後の午後一時頃で良いかな」
「ああ、それで頼む。ありがとう」
ルナが葉書サイズの紙にササっとペンを走らせ、退出した。各課に招集状を届けてくれるのだろう。どんどん仕事が早くなっていって、いっそ怖いくらいだ。
どんなに遅くても、招待状は一ヶ月前には届けておきたい。こりゃあ、開国祭は何ヶ月先にならか分からないな。




