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五十七話 スポンサー


 二月最終週。まだまだ暑い日が続く今日、エテルニオンから楽士と商会所属技師を率いたシルヴェリスがやって来る。



 サージス時間の午後二時頃、一行は転移にて劇場の第一リハーサル室に到着した。第一リハ室は、音楽隊の楽器管理室と練習場所の小ホールに繋がっているので。


 既に音楽隊のメンバーは全員到着しており、楽士達は代表者であるセロに許可を得た上で、楽器の状態確認を始めた。



 一人一人専門楽器が違う様で、吹奏楽で使用される楽器の担当者だけでなく、コントラバス以外の弦楽器の担当者も来てくれていた。

 俺が無限牢獄で出したお遊び程度のヴィオラも診てくれるらしい。歴の短いヴィオラをオーダーするかは別として、自分の楽器がこの世界でどんなグレードに位置しているのかは気になる。



「フェリーチェ、ネスを貸してくれてありがとう」

「いえ、こちらから言った事なので。あの子は馴染めていますか?」


「最初は言葉使いのせいで遠巻きにされていたけれど、三日が経ったくらいからかな。城の使用人達を無自覚に籠絡していってね。今ではぼくより人気有るかも」



 籠絡って……。まあ、上手く馴染めてるなら良かった。


「あの、フェリーチェ様は絶対音感をお持ちですか?」



 シルヴェリスと話していると、俺のヴィオラを診てくれていた楽士の男性が、そう話しかけて来た。


「はい。生まれつきのものですし、かなり正確かと」



 前世の俺の友達で、音大に行った後天性の絶対音感持ちが居たが、後天的に手に入れた絶対音感は一度に三音くらいまでしか分からないとか、細かな音程を直せないとか色々不便らしい。



 俺みたいに曲を一回聴くだけで譜面に起こすのは後天性じゃ難しい、と言われた事がある。音楽を仕事にしているプロならともかく、俺みたいに素人に毛が生えた程度の人間なら。


「少し弾いてみたのですが、音程を合わせるだけでもかなり大変です」


 まあ、前世で俺が使ってたやつもスペック低かったからな。中古だったし。こっちでも低評価なのか。



「チューニングだけでは全く足りないので、どの音が酷いのか一音ずつ確認して指の位置を日によって調整しながら弾いてました」


「それ、大変じゃない?」

「大変ですよ。でも、お客さんはこっちの事情とか知らないので」



 中学で音楽部活に入る前からそれは俺のモットーとしてあった。客に不調を悟らせない音楽。


 極端な話だけど、例え指の骨が全部折れていたとしても、音が出ない鍵盤が大量に有ったとしても、客は時間を作って金を使って観に来ているわけだから最高の演奏が聴きたい。



 一時期はそういうアクシデントに備えた練習ばかりしていたものだ。その時の癖で、毎回一音ずつ合わせる、という普通なら面倒な作業があまり苦じゃない。


「それに、本業じゃないですしね」


 ここ重要。もし音楽が本業なら今すぐにでも新しくて良い物をオーダーしていたと思う。でも、本業じゃないって事は、大した金にならないという事。今もピアノを使う事の方が多いんだからオーダーするにしても、ピアノ優先だな。



「……そうだね、国王だもんね。フェリーチェは」


「はい。意識しないと練習時間も取れないですし、練習で後回しにした分は後々自分の首締めてきますから」



 オリヴァー達も俺の尻拭い出来る程暇じゃないし、もしそんな暇が有るなら休んでて欲しい。



「他の楽器も……その、何と申し上げたらよろしいか……」

「杜撰な管理体制でしたから、駄目になるのが早かったのでしょう」


 言いにくそうな楽士に代わって言うと、楽士だけでなく、会話を聞いていた技師達もブンブンと首を縦に振った。



「何で、そんな他人事なの? フェリーチェが自分の屋敷から持って来た物じゃないの? あれ、でも前来た時は平民って言ってたな……」


「訳アリの人から譲り受けた物です」



 シルヴェリスは今混乱している。正体を極力漏らさない様注意を払い、ギリギリ嘘ではないラインを狙った。殺されたのは訳アリだし、国に回収されなかったって事は譲ってもらっても良いって事だから。日本ならあり得ないが、この世界の価値観では普通の事だ。


「それよりも、音楽隊の演奏を聴きませんか? ボロボロの楽器とは思えないくらいの出来です」



 ここは早めに話題を変えるのが吉。予定に入っていた音楽隊の演奏鑑賞。シルヴェリスの意識を楽器の管理体制から演奏に向けた。小ホールにも客が入れる様になっているので、俺達は前の方の席に腰掛けた。


 演奏曲はウィンター・マーチ。全体チューニングを終えて、セロが指揮台に立つ。


 金管で最初の一音目が入るのだがその瞬間、隣でシルヴェリスが息を呑む音が聞こえた。失望の溜め息でないなら、いくらでも呑んでほしい。



 音楽隊は、ヴィーネ生誕祭で演奏したあの時よりも更に上達している。とてもオンボロ楽器を使っているとは思えない。自分に合う楽器を得たら、より洗練されたものになる筈だ。




「…………」


 最後の一音の余韻が消えても尚、シルヴェリスは声を出さない。……意識は有るよな? 目開けたまま失神してるとか、無いよな?



「っぷは……」


 あ、息してなかったのね。そりゃあ、声出ないわ。蘇生したシルヴェリスは自分の頬をみにょんと抓った。



「いたい……。ゆめ、じゃない……?」


「現実ですよ。どうでしたか? 音楽隊の演奏は」

「芸術に触れて、息をするのを忘れたのは初めてだ……。聞き惚れてしまったよ」



 音楽が盛んに行われているエテルニオンの国王からのお墨付きだ。シルヴェリスの言葉はしっかりとセロ達の耳にも届いた様で、小さくガッツポーズを取る人も居た。


「フェリーチェ陛下、是非我が商会とのスポンサー契約を――」

「いえいえ、是非我が商会を!」


 一人の商会長が申し出たのを皮切りに、俺は暫くの間アピール責めされた。シルヴェリスはまだ放心状態が抜け切っていないので、当然助けてはくれない。聖徳太子じゃないんだから、一度に話しかけられても内容なんて半分も理解出来ないって。


 とりあえず、各商会毎に得意分野という物が有るので複数の商会とスポンサー契約をする事で、何とかその場を収めた。



 セロは指揮者だが、ソロでヴァイオリンとピアノが弾ける。個人的なスポンサー契約を結んでいた。契約をした以上は宣伝しなければいけないので、今後は国外での演奏機会も出てくると思う。


「もし良ければサージスから誰か留学に来てほしいな。エテルニオンにはアルカーノっていう音楽都市が有るから」



「音楽都市……!」


 それに反応したのはセイ。



「こら、セイは音楽隊の一人でしょう?」

「でも、ホルンは僕以外にも居るし……」


「行きたければ行っておいで。セイが戻って来た音楽隊は更にレベルアップしそうだから。俺はセイの音楽留学に賛成する」



 俺は一度エテルニオンでプロの演奏を聴いている。向こうで集中的に学べれば、まだ幼いセイはどんどん吸収していって、いずれは音楽の世界で名を馳せる様になるかもしれない。地球界のオーストリアが、エテルニオンだと思う。



「良いんですか!」

「ああ。その代わりサージスの音楽隊員って立場は国外でも背負わせちゃうけど」


「分かりました。身を引き締めて臨みます」

「え、ほんとに来てくれるの?」

「留学は本人が望めば俺は引き止めませんよ。音楽やりたいって子なら尚更」

 親近感湧いちゃうから。



「分かった。ホルン専攻で大丈夫かな?」

「ホルンは初心者ですが、頑張ります」


「ホルン以外でじゃあ何かやってたんだ」

「はい、姉の影響で、ヴァイオリンを。ソロ活動の時はヴァイオリンですが、音楽隊は吹奏楽団なので弦楽器はコントラバス以外使う機会が無くて」



 その瞬間、技師達がわらわらとセイの元に群がっていった。管楽器専門と思っていた人が実は弦楽器奏者だったと知ったから、当然だろう。


「セロは良いのか? 留学とか」

「はい。私は幹部の一人ですし、この国で音楽をするのが楽しいですから」


「そうか? それなら良かった」

「え……幹部……?」



 技師を引っぺがしてセイと握手を交わすシルヴェリスが、ぐりんとこちらを向いた。


「こんな、こんな幼い子供が……!?」

「一応、俺より年上ですよ。幹部全員。中枢機関の最年少が俺です」


 セロは十四歳。オリヴァーと同い年だ。


「フェリーチェ、今いくつ?」

「あれ、言ってませんでしたっけ。俺、十一です」



「十一歳の、元平民が、建国……?」

「母親が元貴族令嬢なので学が全く無いわけではないですよ」


 流石の母さんも国作りについては何も教えてくれなかったけど。一介の男爵令嬢はそんなこと勉強しないようで。公爵家でも、令嬢はやらないらしい。


「でも、そうだとしても音楽の知識量は普通の十一歳じゃないし、守護者だという事を考えても強過ぎると思うんだ。あの脳筋族に勝つって相当やらないと」



「…………。俺ってもしかして、天才……?」



 前世の記憶が有る事は両親にしか話していない。ここは全力ですっとぼけるしかないな。


 かなりわざとらしいが、シルヴェリスも察してくれて、それ以上突っ込んで聞かれる事はなかった。これがマオだったら突っ込まれていたかもしれない。偏見だけど。



 それにしても、俺って結構上に見られてたんだ。同世代に比べれば、ここ一年で一気に身長は伸びた。

 筋肉が付きにくい父さんの体質が遺伝してるせいでヒョロいけど、身長だけなら前世の中学生男子くらいある。若くても十五、六は有ると思っていたのかもしれない。魂は抜けていないが、かなり驚いている。悪い事をしたわけじゃないのに少し申し訳ない気分になった。



「と、とりあえず……。セイくん、留学中は寮に入ってもらうから特に必要な物は無いけど、何か有ったら相談してね。入ってもらう学校は王家のだから融通はきくよ」


「い、いえ、そんなそんな……。こちらこそよろしくお願いします」



 セイはその日のうちに自分のパートの引き継ぎを済ませ、新学期からの入学準備に入った。なんと吃驚、こっちでも入学式は四月らしい。

 もうすぐ三月という事で既に入試は終わっており、合格発表までの期間でクラス分けも済んでいるらしい。


 だが、セイはシルヴェリスからのスカウトという事で特別に期間外でも入試が受けられた。結果は勿論合格。既に受けていた人達を追い抜き、ぶっちぎりの主席での入学になった。あの腕で合格しないわけが無いとは分かっていたが。



 祝いの言葉は掛けておいた。音楽隊の名を背負って主席での合格ということで何かしてあげたいと思ったのだが、ご褒美は「作曲を勉強してくるので僕の作った曲をいつか弾いてください」との事だった。


 そんな事で良いのならいくらでもやれる。セイは俺が曲を作っていたのを見て興味を持ったらしい。勉強したくても周りには作曲家が居ないと途方に暮れていたところ、シルヴェリスからのあの誘いだったと。留学許可を出した事にかなり感謝してくれていた。



「セイ、主席合格は見事よ。でも、それに胡座をかいてフェリーチェ様の音楽隊の名を汚す事だけはするんじゃないよ」

「はい、ねえさん。それじゃあ、行って来ます」


 入学式の数日前。制服をカッチリ着こなしたセイは、エテルニオンとサージスを繋ぐ出来たばかりの国際空港を利用し、出発した。



 エテルニオンの音楽学校は五年制。国際空港は高いから頻繁に行き来する訳にもいかない。短くても後五年は簡単に会えなくなる。


 さっきまで厳しい顔をしていたセロが少し涙を浮かべていたのは見ない振りをした。

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