五十六話 新たな連絡役
黙って俺の話を聞いていた二人は、信じられないと言いたげな表情だ。
「貨物用には乗った事無いけど、旅客用は今まで乗ったどんな乗り物よりも快適だった」
「余も乗ったが、あそこまでとは思っていなかった。あれは金を取って然るべきだ」
「寧ろ、取らないとか言ったら二人がかりで説得するよ」
運送費の方は高めに設定しても良さそうだな。旅客用を白銀貨五枚と提案されたが、貨物用はどうしようか。
竜達の身体的負担が大きいのは貨物だが、運が無かった時に精神的負担が大きいのは旅客。負担を掛けるのはどちらでも一緒だが、選ぶとしたらどちらの方がしんどいだろう。
「運送費は白銀貨十枚だとしても、ぼくは払うよ。一度に積める量は決して多くはないけど、船よりも早いし、空だから座礁して沈むって事も無いでしょう? 船便のリスクを考えれば、高くない金額だ」
一回一千万か。シルヴェリス基準だと、安くはないけど高くもないらしいな。
「余も、それくらい取って良いと思うぞ」
「もっと取っても払う所は払うだろうしね」
「分かりました。旅客が一回につき白銀貨五枚、貨物が一回につき白銀貨十枚。竜騎士達と経理の子に伝えておきます」
多分めちゃくちゃ驚くだろうな。騎士団という一つの軍に所属していた竜騎士達でも、白銀貨の一つ下、大きくても金貨までしか知らないだろうから。
と言うより、それ以上の給金をあの領地で出せるとは思えない。元領主子息で現宰相補佐、経理担当でもあるルナも白銀貨十枚を一度に目にする機会は無かったと思う。
「なあフェリーチェ」
「はい、ハイリー王」
「その国際空港ってうちも作って良いのか?」
「許可を頂けるならグランベリアとの便は用意します」
「ヴァレンシアの方も、まずは貨物便をお願いするわ」
「分かりました。併せて竜飛車開発課に伝えておきます」
便を用意するにあたり、グランベリアにはエクレシアとの戦をさっさと終わらせて欲しい。が、何か事情が有って休戦している可能性が高い。首は突っ込むべきじゃない。俺がすべきは竜飛車開発課への報告だけだ。
「お礼を言うわ」
「ありがとな、フェリーチェ」
酔いが回り始めたのか、少し顔の赤い二人がそう言ってくれた。取り引きの話は酒の席で案外簡単に纏まったりするものだ。このコミュニティはそういう価値観らしく、こういった話は基本的に月例会でしかされないらしい。
緊急事態が発生した場合には例外として緊急月例会が開かれるとのこと。
最後の開催は十年程前になる。エクレシアとグランベリアで鉱山戦争が勃発したが、その時は緊急月例会が開かれたらしい。
エクレシアの前王は話し合いではなく争いを選んだ。それ以降、エクレシアは月例会に出席していない。これじゃあ連盟に入ってる意味も無いだろう。何かあった時に孤立を深めるだけだ。完全に貧乏くじ引いた現王には少し同情する。
「他に何か言いたい事の有る奴は居るか?」
「ぼくから、フェリーチェに」
「あ、はい。何でしょう」
「始まる前に言った事、検討してくれると嬉しい。十八軒の商会もそうだけど、フェリーチェになら皆こぞって作りたがると思うから」
「分かりました。俺の分はもう少し落ち着いたら検討させてください。ただ、音楽隊の方は早めに揃えてあげたいです」
俺の本業は音楽家ではないが、セロ達は音楽を仕事にしているから。
「なら今度、楽士と技師を連れてサージスに行っても良い?」
「はい、連絡用にエテルニオン専属として竜を常駐させましょうか?」
「出来るならお願い。クローシアを通すと時間が掛かっちゃうから」
「じゃあ、近いうちにフリーの子を付けますね」
オブシディアンが保護した竜人族は全員名を付けている。そのうちの何人かはサージスの方を拠点にしているから、彼等の中で擬態が使える子を連絡役にすると思う。
誰にしようか。ヴェルザードみたいに人見知りをする子はやめた方が良い。今は慣れてそれなりに喋れる様にはなったヴェルザードだが、最初は緊張してルーク王に相槌ひとつうてなかったらしい。
ルーク王よりもテンションが高くてお喋り好きなシルヴェリスに人見知りな子を付けるのは酷と言える。
やる事リストにエテルニオン担当竜追加、とメモしておいた。今日の月例会で決まった事を忘れない様にとメモ帳を持って来ていたのだ。竜飛車の件、魔鉱石の件、そして音楽隊の件の下に書き加えた。
これで大丈夫。幹部会議の招集状を出す時に、漏れがあったなんて笑えないから。
――――――――――――――――――――
「戻ったよ」
月例会終了後、フェリーチェの転移で帰国したシルヴェリスは例のコンサートの主催者――自分に宛てて書かれた手紙を引っ張り出した。
自分のはまだ先になるが、音楽隊の分は早めに用意してあげたい。
フェリーチェはシルヴェリスにそう言った。技師と楽士をサージスに連れて行く約束を取り付けたので、手紙を出して来た十八の商会に返事を書く。書くのはシルヴェリスではないが。
それから将来に期待が出来そうな楽器系の商会と楽士の選定も。
国内の商会と楽士の名簿に目を通していると、空間が揺らいだ。強い魔素に、シルヴェリスの護衛は本能的に戦闘準備をする。
「オレはネス。フェリーチェ様の命で、今日からエテルニオン専属の連絡役に就任したんだ。よろしくな! 所属はサージスだけど、任務以外はこっちに居て良いって言われた。ヴェルザードのアニキよりは弱いけど、人間よりは動けるから、助けが必要なら何でも命令してくれよな」
自己紹介を受け、シルヴェリスは近衛達の警戒を解かせた。
「ぼくがシルヴェリス。これからよろしくね、ネスくん」
「ああ!」
シルヴェリスは、まだ幼さと快活さが残るネスの頭や頬を撫でた。シルヴェリスは元々、子供を甘やかす事が好きなのだ。
当時五歳だったルークの娘を撫でようとして全力で静止されてから女児に触れる事は避けているが、少年ならば問題無い。
「それじゃあまず。報酬は現金払いと現物支給、どっちが良い?」
「衣食住の保証……だから、現物支給になるのかな……?」
「衣食住は元々保証するつもりだったよ。ヴェルザードみたいに拠点がサージスじゃないんでしょ?」
「ああ。でも本当に、衣食住以外はあんまり興味無いんだ」
「それなら給金はその都度エテルニオン硬貨でサージス宛に支払うよ」
「そういうことなら……」
ネスが衣食住以外に興味を示さないのは、湧いた時の環境が原因だ。まだ五年程しか生きていないネスだが、湧いてから保護されるまでは恐怖の連続だった。
魔素の濃い場所――凶暴な魔物が多く徘徊する魔素湖で湧いてしまったネスは、他の個体の様に師匠が居ない。危険過ぎて、他の魔族が寄り付かないからだ。地属性に寄っていたから、擬態で隠れながら生きて来た。
危険な場所を抜けたと思ったら今度は人間に襲われ、偶々魔族の保護活動をしていたオブシディアンとフェリーチェの部下に救われたのだ。
Cランクの竜人族であったネスは、その気になれば襲って来た人間を殺すことも出来た。だが、魔族は人間以上に他者を傷付ける事を躊躇う種族だ。
救われて、竜人族の師匠に基礎を仕込まれた。今のネスは相手を殺さずに無力化出来る術を持っている。今こそ救われた恩を返す時だ、と連絡役に立候補した。
だから本当に、金銭の見返り等要らないのだ。だが、断るのは失礼になる。口座を用意してもらわないと、とネスは一度帰国した。
シルヴェリスから受け取ったフェリーチェ宛のお礼の手紙を持って。




