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五十五話 取り引き内容


 月例会は和やかに始まった――筈だったのだが……。




「手加減は無しだ」



 俺の目の前で剣を構えるのはグランベリア国王、ハイリー・グランベリア。無精髭と鎧が特徴的なガタイの良いおっさんだ。


 つい数分前、このおっさんに「国を興したらしいな。俺と勝負をして、剣を弾けたら認めてやろう」と手袋をぶん投げられたのだ。

 この世界において、投げられた手袋を拾うという行為は、決闘の承諾と取られる。ここで俺が反射的にキャッチしてしまったので決闘が始まってしまった。俺が避けていればヒリュウがキャッチしていただろうが、どちらにしろ同じ事。俺達に喧嘩を売られた事に変わりは無い。



 俺が持っているのは刀と脇差し一本ずつ。


「魔法は使って良いぞ。体格差が有るからな」




 マオやヒリュウと比べてどっちが強いだろうか、と考えていると、試合が始まった。

 まず掛けたのは治癒魔法。例え骨が折れても瞬時に回復させてくれる治癒魔法を常時発動状態にした。相手は俺を殺す気が無いので致命傷となる攻撃はされないはずだが、戦闘不能にされる可能性は十分に有る。それ対策。


 俺は本気でやらないと負けると思うから、殺すつもりで挑む。全身に強化魔法も掛けた。これで少しはマシになる。



 先攻は相手。攻撃の一つ一つが重過ぎる。剣は十一歳の俺の身長をゆうに超す長さが有り、そのせいで間合いを詰められない。


 中距離専門、槍使いのマオとはまた勝手が違う。ヒリュウ程戦略立てて動かない様だが、一撃がヒリュウ以上。帰ったらまた一から鍛えてもらい直そう。




「受けてばかりでは俺の剣は弾けぬぞ」


「ほら、その程度なのか?」



 いちいちいちいち……。こっちがイライラする事ばっかり……。俺は元々煽り耐性も沸点も低いのだ。

 相手が理久でないなら尚更、我慢の限度は下がる。まあ、相手の狙いは挑発に乗っけて自制心を失わせる事なんだろうけど。

 この程度で我を忘れては国民など守れまい。これはそういう試験なのだろう。



 だから、感情の動きは絶対に悟られてはいけない。顔に出さないのは勿論、動きに出るのも駄目。


 強化魔法でスピードは互角、一度に与えるダメージ量は相手が上手。避けつつ、何とかして隙を見つけよう。今考えた作戦が駄目ならまた一から考え直しになる。慎重にならないと。



 一撃は重いが、当たらなければ意味が無い。向こうは中々当たらない攻撃に不快感を覚えているようだが、そこで冷静さを欠くほど若くない。


 冷静に、強化魔法を使っていた。俺よりも級は下だろうけど元々の筋力差が有るから持久戦に持ち込まれる前に終わらせた方が良さそうだな。


 俺は刀を鞘に戻して正面から突っ込んだ。



「な――」


 相手には突然武器を捨てて突っ込んで来た俺が、急に消えた様に見えたはずだ。




 この技はヴェルザードが使う物。地、水、風属性に偏った魔族が使える技だ。ヒリュウの様に長く生きていると、訓練次第で使える様になるという。



 俺は幸い全属性。この存在を知ってから教えを乞うたので、まだ完全ではないが、目眩しには十分使える。この能力は術者の触れた物を術者と同じ状況下に置け、周りの人間にはそれが分からない、という利点が有る。


 それを使った俺は次の瞬間、ハイリーの剣を構えていた。重くて震える腕を、何とか強化魔法でゴリ押す。




「……奪った、のか……? どうやって」


 ハイリーは呆然としている。



「これで俺の勝ちですか?」

「ああ。この勝負、俺の完敗だ」

 剣を返すと腕に掛かっていた負担が一気に和らいだ。


「よくやったな、フェリーチェ」

 ルーク王がバシバシと俺の背中を叩く。加減してくれてるとは思うけど、結構痛い。



「ほんと、あの脳筋族に勝つなんて」


「そ、そんなに期待されてなかったんですか?」


「違うよ。グランベリアの国王って誰彼構わず、とりあえず新人に喧嘩売るんだ。代々ね。ぼくもルークも、初回で前王にボコボコにされてる」


 へえ、グランベリアって結構喧嘩っ早い種族なんだ。



「どんな技使ったの?」

「それは俺も聞きたい。お前の気配が消えて、気付いたら剣を奪われてたってわけだ」


「空気中の見えない物質に擬態する魔法です。魔力属性が地属性、水属性、風属性に偏った魔族が生まれながらにして使うことが出来る。俺は教わってから日が浅いので完璧に擬態する事は出来ませんが、護衛として着いて来てくれたヒリュウなら」


「はい、問題無く使えます」



 そう言ったヒリュウは一秒後、ハイリーの背後に立った。一度擬態してハイリーの後ろに周り、その後に解除すれば、周りの人間は瞬間移動した、と考える。



 ハイリーも、その護衛も、ヒリュウの存在に気付くのが遅れ、わたわたしている。この一瞬だけ大男達が可愛く見えた事は、墓場まで持って行こう。


「今のがさっき俺が使った技です」


 違いはマスターしているか、していないか。



「それで消えた様に見えたのだな……。よし、お前の治める地を国として認めよう。これでも歴史はエテルニオンに次いで二番目に長い。何か役に立つだろうよ」

「ありがとうございます」


 もう国としては認められているが、それでもこの人脈はありがたい。彼とエクレシアとの関係は最悪だから、国力が弱いうちは出自がバレない様に気を付けるか。


 もう一度戦いを挑まれたらたまったものではない。今回は殺す気が無くてもバレた時に殺す気で掛かられる可能性がゼロじゃない。安全と確信出来るまでは用心しなければ。


「それでは改めて、月例会を開催する」


 ルーク王がそう宣言すると、メイド服の人達が料理を運んで来た。今が午後六時という事も相まって、茶会というより、晩餐会と言った方が正しそうだ。

 エテルニオンでやる時は昼間で、紅茶やキッシュ等が出る文字通りの茶会らしい。地球でヨーロッパに紅茶が持ち込まれたのは十七世紀くらいだったと思う。


 ここがヨーロッパのどの区分になるかは分からないが、貴族社会、紅茶文化、産業革命以前、という事を踏まえて考えると、近世くらいだと思う。



 近代まで行くと、産業革命が起こるから行き過ぎ、中世だと紅茶文化が無い。

 高校で世界史取っとけば良かったかな。こっちで大航海時代が来ていないとか、近代以降に登場している筈のピアノが有るとか微妙に合わないけど、ざっくりでも時代区分に当てはめたら当時の流行を追えたかもしれないから。



 食事は護衛の分も用意されていて、護衛は護衛で席に着いた。


 徐々に追加されていくタイプではなく、いっぺんに出て来る。メインは謎肉のステーキ。魔物肉ではなさそうだが、何の肉かは分からない。日本でステーキと言えば牛だけど、ここでは何なんだろうか。


 ナイフを入れると柔らかい肉は簡単に切れた。口に入れると軽い力でほろほろと崩れていく。美味い。けど、何の肉かは分からない。

 前世でステーキを食べた経験が無いせいだと思うけど、それにしても分からない。分からないならもう良いや。考えるのは止めよう。料理音痴は美味いを堪能するだけで良いのだ。



「口に合う?」

「はい、凄く美味しいです」


 隣に座るシルヴェリスは、今回が初参加で慣れていないであろう俺を気にし、声を掛けてくれる。親が幼い子供にする様な事をして来るのは変わらないが。



 頭撫でられたり、俺が美味しいって言った物ちょっと分けてくれたり。前世の俺ならシルヴェリスとは同年代なのに。こういうのは少し恥ずかしいが、中々される機会の無い事だ。

 遅刻さえしなければ完璧なイケメンからの尽くされ体験。役得と思って受け取っておこう。


 これに対する理久からの叱責は、来世会えたら受ければ良い。




 ……そういえば、何で月一開催なんだろうか。半年に一回とか、年に一回とかでも良いような気がするけど。


「それは、国王同士の関係を良好に保つ為だ」


 まだ何も言っていないのに、ルーク王が俺の疑問に返事をした。



「こうして月に一度、集まってお食事を共にする事で戦に発展する喧嘩が起きにくくなるのよ。喧嘩っ早いグランベリアは別として、ね」

「出席しないエクレシアもな」


 エリス女王の言葉にハイリーが言い返す。エクレシア、居ないのは今回に始まった事ではないのか。



「エクレシアってどんな国なんですか?」

「うーん……」


「一言で言うと、弱小国家。クローシアよりも歴史が有るのに資源が無いから常に金欠。おまけに今は俺んとこと一時休戦中。月例会に出席しないから意思疎通にも摩擦が生じる。軍の弱体化と不作、平民の蜂起も重なって、とにかく崖っぷちの国だ。やり合ってる身としては、今なら舐めて掛かっても余裕で勝てる相手」


 へえ、そんなにヤバい状況だったのか。平民の蜂起ってエトワール伯爵領の事かな。あれから一年しか経ってないし。そんなにピンチだと、俺が生きてる間に国が消えるんじゃ?



 人は居て困らないし、もし無くなる時は移住を勧めてみようかな。戦勝国になるであろう、グランベリアの判断次第にはなるけど。



「戦いをけし掛けたのは、亡くなった四代国王。でも、今の王は二十代の若造だ。貴族からの信用も無いだろうし、今降伏すればそこの脳筋に国土を奪われる可能性も高い。板挟み状態だろうな」


 ルーク王もそう言う。という事は、父さんを脅したのは前王の指示だな。




「しかも、彼には王太子教育を受けられていないという噂も有るのよ。第三者だから言える事でしょうけど、少し可哀想ね」


 王太子教育を受けていない? って事は、王太子の家庭教師を雇う金すら無かったのか。これは早めに逃げて正解だったな。



「ここからは、少し取り引きのお話をしても良いかしら。サージス国に」

「はい、エリス女王」


「サージスでは他国よりも純度の高い魔鉱石が産出されると聞いたの」


「はい、魔物の棲む森に隣接しているので魔素を通常よりも多く含んでいます。実物をお見せしましょうか? 小さい物をサンプルとして持っています」

「お願いするわ」



 俺は無限収納から、光属性の魔鉱石を取り出した。再生・治癒属性はレア過ぎるのでまだあまり産出されていない。

 無属性の魔鉱石に人間や魔族の再生・治癒属性が魔力を込める事で使用している状況だ。小さいとはいえ、俺の握り拳以上は有る。大きい物だと大人の顔より大きい。が、使い勝手は良くない。通常の魔法具には向かないだろう。



「こ、これが小さい物なの?」

「はい。大きすぎても使い難いので、それくらいが丁度良いくらいかと」


 エリス女王はグローブを着けたまま、ライトに翳したりして魔鉱石を観察している。



「ヴァレンシアが魔法都市と呼ばれている事は知っているかしら?」

「はい、魔法具を用いて発展した事からそう呼ばれる様になったのですよね」


「ええ。でもね、魔素の含有量は大きくてもこの魔鉱石の半分も無いの。だから頻繁に交換しないといけないのよ」


「交換の頻度が少なくて済む魔鉱石がまとまった数、定期的に欲しいという事ですか?」

「その通りよ」

 魔鉱石っていくらになるんだろう。



「ヴァレンシアでは一番大きな魔鉱石に白金貨二枚を取っているわ」


 一つ二億円か……。さっきの話を聞いた後だとエクレシアじゃ買えそうにないな。



「正直、エテルニオンでも一つの魔鉱石に白金貨二枚の原価はしんどい」

「クローシアもだ。ミシンを半自動にする為に無属性の魔鉱石は大量消費するのに、魔鉱山も鉱山も持っていないから」


「…………。ヴァレンシアはどんな形で魔鉱石を輸出しているんですか?」



 ここ重要。シルヴェリスとルーク王が一個二億円がキツいと言うのなら、俺は安く売るのは有りだと思う。ただ、それによって今まで独占販売が出来ていたらしいヴァレンシアが不利益を被るのは本意じゃない。


「基本的には魔鉱石を加工して、魔法具という形で売っているわ。国内消費の方が多いけれど」

「原価で買うよりは得だけど、上乗せされる諸経費を考えると軽い気持ちでは買えない物だね」


 そうか……。ならサージスから出す物は原価を抑えられる様な工夫をしよう。でも、魔法具に加工して出すのは竜ヶ丘にだけ。

 ヴァレンシアからは魔法具作りを教えてもらっているから魔鉱石に対してのみ、金銭の優遇措置を取る。これなら反発も少ない筈だ。



「ヴァレンシアではどんな属性のどんな大きさの魔鉱石が必要なのでしょう」


「光属性が一番足りないわ。街灯にも、民家にも、屋敷にも使うから。大きさはそうね……小さい物が全てこの大きさくらいなら一番小さい物で足りる筈よ。ここから魔法具にするとなると、半分以下の大きさに出来るから」



 光属性か。サージスではそこまで珍しい物ではないが、他国からしたら光属性ってレアの一つだからな。



「分かりました。光属性の魔鉱石ですね。価格はそうですね……。五十キロで白金貨一枚というのはどうでしょうか」



 前は取りっぱぐれない様にと思っていたが、労力を考えると魔鉱石の採掘と竜飛車の開発だと圧倒的に竜飛車の方が上だ。最初は俺が直接届けて、国際空港が出来たら貨物便を飛ばして運送費を取るつもりだ。


「フェリーチェ、流石に安すぎない? 大丈夫?」

「はい。元々うちで魔鉱山に配属になった人達、一トンで白金貨一枚とか言ってましたから。一個あたりの値段が高くなったので、文句は出ない筈です。それに、あれを使うので運送費はちゃんと取りますよ?」


「あれって、あれ?」

「はい。今の進捗はどれくらいですか?」

「強化属性の人達が張り切ってくれたから、あと三ヶ月くらいで完成すると思う」



 三ヶ月……。俺の所もあと一ヶ月くらいで完成してテスト飛行に入る。俺が直接届けなくて良くなるのもそう遠くなさそうだ。



「クローシアもあと半年程度で運行は可能になりそうだ」


「えっと、何の話かしら」

「俺達にも分かる様に説明してくれ」





 置いてけぼりにしていたハイリーとエリス女王に竜飛車について一から説明した。いくら積まれても技術提供はしないという話も含めて。

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