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四十九話 竜飛車の価値


「おかえり、フェリーチェ」


「ああ、ただいま。シルヴェリス王、彼がオリヴァー。サージスの宰相、そして国王代理です。紹介する、この人はシルヴェリス・エテルニオン王。これから何日か滞在する事になると思う」

「気軽にシルヴェリスって呼んでね。これから世話になるよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」



 オリヴァーの出迎えを受けて、俺達はそのまま食堂に向かった。来客時用の大きい食堂だ。


 メニューは味噌汁と米、焼き魚、冷奴、緑茶だ。俺が一番好きなメニュー。



 茶葉は竜ヶ丘で作られた物を物々交換で輸入している。まだ大量に作れるわけではないが、醤油も多少生産されているので冷奴はネギと醤油のシンプルな組み合わせだ。


 外国の人が豆腐を食べ物と認識してくれるかは分からなかったが、未知の物への興味が勝ったのか、シルヴェリスは俺の心配を余所に一品も残さずペロリと平らげた。食べ終わるのは俺よりも早かったくらいだ。




「シルヴェリス王、朝食は魚でしたが、夕食は肉と魚どちらが良いですか?」

「肉が食べられるなら、肉が食べたいな」

「分かりました。では狩人を派遣しましょう」


 ラ・モールの森には牛型魔物が多く居るから今日はすき焼きだな。アレン達にもすき焼きやりたいって言っておこう。


「料理長に言えば出てくるんじゃないの?」

「料理長が出来るのは料理だけです。狩りは無理ですよ。狩人を派遣するのは騎士団総括のエヴァン・シェンリルです」

 適材適所なのだ。


「師匠が、騎士団総括……?」


 そんなに驚く事かな。騎士全員からの推薦だったから、結構強いと思うんだけど。

「地位が煩わしいって騎士団長の話も断っていた人なのに……?」



 あ、そっちか。騎士団総括は騎士団長じゃないからかな。


 うちには幾つか騎士の所属が分かれている。


 竜族・竜人族を相棒とする竜騎士団、街のパトロールや子供達への指導をする自警団、来客時の護衛を務める護衛隊、そしてシノが護衛隊に移動する前に所属していた狩人。


 セロ率いる音楽隊はここには属すが、総括からは外れている。

 音楽隊以外のそれぞれの団に長が居て、総括はその団長四人を束ねる立場。前線に行くよりは本部で、という事の方が多い。「自分は若くないから騎士団長の地位は若者に」と言う人だから、騎士団長じゃない総括の方に行ってくれたのだろう。



 因みに、最有力候補だった息子のマオはオリヴァーの護衛になったので騎士団長にはなっていない。


「そうやって勧誘すれば良かったのかな」


 ……シルヴェリスの師匠やってた時はそれなりに若いと思うから多分、何て言っても躱されてたと思うよ。

 と言うとしょげそうなので、出かかった言葉は飲み込んだ。ここは話題転換をするのがベストだな。



「シルヴェリス王に紹介したい者がもう一人居ますので、視察の前に少し良いですか?」

「うん、誰?」


「シノ」

「はっ」

 俺が呼ぶと、ずっと待機していたシノが現れた。物音はしていない。風属性なので、ヴェルザード達の様に擬態が出来るのだ。



「……凄いね。まるで気配を感じなかったよ」

「彼はシノ、客人の護衛を務める護衛隊に所属しています。滞在期間中のシルヴェリス王の護衛はシノに任せたいと思っていて」


「シルヴェリスだ、よろしく」

「シノです。人間からは若く見られますが、ハイエルフです。国に入ってからずっとフェリーチェ様のお側に居ましたが気配を感じられなかった、というのは恐らく経験値の差でしょう」


 さっきの登場にそれっぽい理由を付けると共に、シノは自己紹介をした。



「ハイエルフ……八百年以上生きたエルフ族のみがそう呼ばれるっていう?」

「はい。ハイエルフに進化してからは年齢を数えなくなりましたが、八百年以上は生きています」


 ハイエルフだから、もしかしたら建国から千年経つエテルニオンと同い年くらいかもしれない。



「へえ。生きてる間にハイエルフに会えるなんて、ぼくは幸運だね」

「貴方の国に魔族は居ないのでしょうか?」


「居ないよ。初代守護者……建国者って呼ばれてる少女は魔族を毛嫌いしていたらしいからね。昔は居たのかもしれないけど、今は居ないよ」



 昔の俺そんなだったの……? ショックだわ……。そりゃ一時的とはいえ、ヴィーネに追放されるわな……。


「フェリーチェ様、どうかしましたか? 具合が悪いとか……?」

「いや、同じ守護者として特定の種族を外に追いやるような思考をする彼女を恥ずかしく思っただけだ。具合は悪くないよ」


 良かった。守護者は同じ魂からしか選ばれないって誰にも言ってなくて。こういう所で誤魔化しが効く。俺の罪悪感は募っていくが、これに関しては外面だけでも何とか取り繕わないといけないのだ。ここは話を戻そう。



「……あ、って事はエテルニオンにも魔素湖が有るんですね」

「魔素湖? そんな湖、聞いた事ないよ」

「魔物や魔族が一定周期で湧く泉の事ですが……」

「少なくともぼくの知っている歴史書には載っていないね。産まれる前に枯れたか、魔族が住んでいたとしても、別大陸から来た個体だったんじゃないかな」



 別大陸からか。竜人族や鳥人族なら空を飛べるから簡単に出来そうだな。海を越えるだけなら人魚族も出来そうだ。


「そういう事もあるんですね。さて、移動手段のあれを見たいんでしたね。どうぞ着いて来てください。ルーク王達は滞在期間中に乗ったらしいですが、乗り心地が良いと好評でした」


「楽しみ。何て乗り物?」

「見るまでは秘密です。最初から答えを教えるのでは面白くありませんから」



 荷物用の竜飛車は竜ヶ丘だが、人間用の竜飛車は国内にも幾つか待機場を作っている。その中で一番俺と相性の良い竜が居るロイの工房の近くに行く。


 あそこの待機場は特別大人しい竜が多い。竜騎士達に名前を付けられて知能が上がったからなのか、大人しくしていたら褒められると学習したからなのかは分からないが。



 その中の一頭が俺と相性が良い。他の竜は俺の魔力量で怯えて飛び立てない事もあるが、ロイに懐いたあの竜だけは俺を怖がらないのだ。ヒリュウの事は怖がってるみたいだけど。



 因みにその子の名前はレイ。ロイと一字違いなのは、懐かれたロイ本人が名付け親だから。


 俺が試作品に乗った時は竜騎士を付けていなかったが、これは完成品ということで、レイにも三人の竜騎士が付いたそうだ。



「これは……?」

「乗れば分かりますよ」


 半ば強引に押し込み、俺も乗り込んだ。

 乗り込む瞬間はいつもヒリュウが、付けている般若の面が霞む程恐ろしい顔をするのでなるべく視線は合わせないように……。



 安全ベルトを付けて、と。


「もう出して良いぞー」

「はい!」



 竜騎士に声を掛けて、椅子に深く座り直すと少しの浮遊感を覚えた後、窓から地面が遠ざかっていくのが見えた。




「う、浮いた……」


「これは竜飛車。竜族と竜騎士に空を運んでもらう移動道具です。椅子の下には一般的なサイズのトランクが余裕を持って入るスペースがあり、ガラスは二層構造、椅子は人が長時間同じ体勢をキープしていても疲れにくいように特別に設計されています。天井からぶら下がっている紐を引けば軽食が置けるテーブルにもなりますよ。今乗っているのは四人乗りの小さな型ですが、最大八人まで乗せることが出来る竜飛車も有ります。それ以上は竜の負担にもなるので無理ですが……」



 竜族の体長が十メートルくらいあればもっと大きく出来たのだが、生憎そんなに大きい種族じゃない。

 五メートル超えは竜人族に居るか居ないかくらい。日本で身長二メートル超えの女性を見つけるくらい大変だ。



「うちの馬車に比べれば十分過ぎるくらいだよ。この椅子も、適度にクッション性があってずっと座っていたいくらいだ」


「あ、ここのレバー引くと背もたれの角度が変わるので試してみてください。万人向けには作ってますけど好みはあるので付けてみたんです」



 やっぱり旅客機にはリクライニングが無いと。苦戦していたので俺が手本を見せると、気に入ったようだ。直ぐにコツを掴んで好みの角度に変えていた。座席に置いておいた膝掛けも使って、まるで自分の部屋かのように寛いでいる。開発側としては嬉しい限りだ。



「このガラスも、凄い技術だね。これも小人族かな?」

「はい。どれも人のガラス職人と小人族のガラス職人が作った特別な一枚です。磨りガラスの方も、クリアガラスの方も、車体によって模様が少しずつ違うのでどれに乗っても楽しめると思います」


 両者共に花や葉、動物、幾何学模様等があり、手掛けた職人の趣味が反映されているので、姿形が似ていたとしても雰囲気は多種多様。それが俺はすごく好き。


 窓に貼るだけで目隠しガラスになるシールが日本に売っていたが、ここでは大量生産物じゃ味わえない手作業の特徴が出ている。



 何一つとして同じ物は作られない。手作業とはなんと素晴らしい文化。


「これは素晴らしい……。改めて、職人の凄さを実感したよ。国に帰ったら礼をしなければな」


 俺も竜飛車に関わった全ての職人達や竜騎士達にお礼しないと。これ一台で強国の国王二人を満足させたのだから。



「気に入っていただけたようで嬉しいです。それで、竜飛車の発着場を作るというお話は……?」


「勿論、前向きに協議を重ねる事になるよ。このサイズが複数台、余裕を持って保管出来る場所の検討もしなければいけないから、直ぐに実現とはいかないけど……なるべく早めに実現させたいね。ところで、乗車料はどうするつもりなの?」



「竜飛車はかなり労力を掛けているので基本的には貴族向けに展開をしようと考えています。お金はそうですね……。一回の利用につき白銀貨一枚は欲しいところです。余裕が出来たら安価な船便を作っても良いとは思っていますが、今の所はそれで」


 この世界における白銀貨一枚は、日本円になおすと大体百万円。大手航空会社の国際線、東京からロサンゼルスまでのファーストクラスの値段が百万ちょいくらいなので、大体それと同じ。


 飛行機ではかなり充実したサービスが付けられてその値段だったが、この世界ならエコノミーレベルでもそれくらい取って良いだろう。

 何せ、今まで無かった便利な移動手段なのだから。



「それでは少ないね。白銀貨五枚は取るべきだとぼくは思う」

「白銀貨五枚って……。それで利用してくれるでしょうか……」


 片道五百万はキツくない? 往復だけで一千万かかっちゃうよ? 貴族の年収知らないけどさ。




「ぼくは使うよ。国際移動だけじゃなくて、エテルニオンは国土が広いから国境付近の領地に行く時も使いたいくらいだ。貸し出しを考えてはくれないのかい? 貸し出しをしてくれるのなら金は出すけど」


 貸し出しか。レンタカー的な感じだな。ただ、免許証が有れば借りられるレンタカーと違って、竜飛車は竜と竜騎士が必要だっていうのが難点だな……。


「もっと人が増えたらそれも考えようかと。竜と竜騎士は相性もありますから今の人口では少し難しいですね」



「人口か。交流をすれば移住者も出て来る筈だけど……貸し出しは直近十年は期待出来そうに無いかな」

「いずれ、料金を取っての貸し出しも視野に入れましょうか」


「ならまずは早く国際移動を実現しなきゃ。国に戻ったら忙しくなるね」




 そう言ってシルヴェリスは心から楽しそうに笑った。忙しいと言う割に、ウキウキしている様に見えるのはシルヴェリスの性格上、新しい物が好きだからだろう。



 俺もまた忙しくなりそうだな。

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