四十八話 シルヴェリスの訪問
クローシア時間、夜七時。今から朝のサージスに向かう。
雪が降っているのでシルヴェリスにはしっかりめに着込んでもらい、転移で移動する。
土産やら着替えやらの大量の荷物は俺の無限収納の中だ。オリヴァー達幹部の負担にもなるからなるべく早く帰ってもらいたいのだが、一体何泊する気なのか……。
シルヴェリスの方も一度仮眠を取り、わくわくした表情を向けて来る。胡散臭いあのポーカーフェイスをどこへやった。戻して来い。
等といった内心は隠し、さっさと転移した。
そろそろサージスに転移用の場所を固定しても良いかもしれない。転移ステーション的な。俺が生きている間しか使わないだろうから、建物があまり建てられない場所――ラ・モールの森付近や海岸付近等で構わない。なるべく皆の生活に影響が無ければ良いのだ。
「おお……これが本物の転移かぁ……」
「偽物が有るんですか」
「過去の守護者が転移使わなかったらしいから、正直あんまり期待してなかったんだよね。船旅かなーって」
まだ船旅はさせない。身バレ防止みたいな感じだ。まだ国として整いきっていない今、正確な場所がバレるのは避けたい。
「気に入っていただけたようで何よりです」
必要以上に喋るとボロが出そうなので、ここは定型文で留めておいた。
「帰って来たの。皆の所に行って来るの」
ブランは余程恋しかったのか、一直線に街の方へ駆けて行った。暫くすると歓声が聞こえて来たので皆も帰国に気付いたのだろう。
「屋敷はこっちです。着いて来てください」
「あの子は?」
「暗くなる前に戻って来るので大丈夫です。日が出ている間は街の人達に食べ物を強請ったり、着せ替え人形になったり、楽しそうに交流してますよ」
この間はセロ率いる音楽隊に無茶振りをして遊んでいたらしいし。本人達は適度な緊張感があって練習に身が入って良いと言っていたから放置している。
「そう? じゃあ、行こうか」
「はい。ちゃんと着いて来てくださいね」
屋敷に行くまでの道のりでシルヴェリスは、急にソワソワと落ち着き無さげに周りを見て自分を見てを繰り返し始めた。
どうやら、自分の服装が浮き過ぎている事に少しの羞恥を感じたらしい。確かに、渋い日本の木造建築の中では和服の方が雰囲気も出るし、似合う。
シルヴェリスが着ているのは煌びやかではないが、決して地味でもない王侯貴族のお忍び服。石造りのヨーロッパ風の建物でも浮くだろう服装なので、当然の如くかなり浮いている。
「えっと……着替えます?」
モダンな袴はお洒落重視の物も多い。それに、今の時期は冬用の袴コートなんかもセットで有る。
「…………!」
これはキラキラが舞っていてもおかしくない。救いを得たとばかりに俺の手を握るのはやめてくれても良いんだからね?
「では、こっちです」
俺が案内したのはミラ達の工房。まだミラの弟子が独立していないので工房内は賑やかだ。
「この子が俺のこれを作ってくれた、ミラです」
「服飾師のミラよ、よろしく」
「シルヴェリス・エテルニオン。よろしく」
シルヴェリスは屈んでミラと握手を交わした。
「そのサイズに合いそうな物はこの辺のクローゼットにあるわ」
そのサイズというのは、シルヴェリスの洋服サイズの事。身長は百七十後半くらいは有るそうだから、大きめ且つ王族に相応しい、豪華な装飾が付いた物というのは限られる。
「うーーん……。これと、これで迷ってるんだけど、どっちが良いと思う?」
「明日と今日で別々の着れば良いと思います。数日は居る予定なのでしょう?」
「量産が出来ないから滞在終了後に返してもらうけど、持って行って良いわ」
「ありがとう、ミラ。じゃあ今日はこっちを着ようかな。お代はどうしたら良い?」
普通、王侯貴族は自分で払わず、家に請求させたり従者に払わせたりするが、単身且つお忍びで他国に来ているので自分で払うつもりなのだろう。
「まだお金が無いから要らないわ。それよりも、新作が有るから着てちょうだい」
お金はスルーし、ミラはまた別のクローゼットを開いた。中には大正浪漫な女物のコスプレ和服。
今まではゴスロリが多めだったが、テイストを変えてきたな。ただ、大正浪漫の服ってカラフルなの多いから俺の真っピンクの髪に合わなかったりするんだよな。
「じゃあ、これにするよ」
俺が選んだのは上が白生地、下が黒生地の袴。袴と言っても一般的な物ではなく、下は膝丈までしか無い。
隣からの視線は完全に無視する。うちにはお金が無いから、それが出来るまでは俺が出来る限り望みを叶えるって事にしている。
お金を発行し始めたら一時間あたりの賃金を東京の最低賃金より少し多い千五百円と換算して、貯金分の両替と併せてやるつもりだ。だが、全員分終わるまで何年掛かるか分からないから。せめて望みは叶えてあげたいのだ。
「手伝った方が良いかしら」
「うん、お願い」
シルヴェリスは小人族達に着付けを手伝ってもらうようだ。身長、大丈夫だろうか。まあ良いか。俺もさっさと着替えよう。
袴を着るのも大分慣れてきた。昔は結び方でよく躓いたものだ。
「よし、完成」
鏡に映る女装の俺は、自分で言うのも何だけど、結構可愛く出来ている。後はアクセントで矢羽柄の布を髪飾りのリボンに埋め込む。
最近、外出時以外、日常的に女装し過ぎて男物を着る時に男装という精神が芽生え始めている事には気付かない振りをしている。
これに関しては考えたら負け。無になるのが良いのだ。
「あら、随分と大きい柄が似合うのね」
「みたいだな」
「流通数を増やそうかしら」
子供達は、俺が似合う服を着たがる傾向にある。アイドルと同じファッションがしたくなるのと同じなのだろう。
だから流通数を増やせたら、売り上げには大きく貢献するだろう。一般向けには弟子達が作っているから、大量に作る事で型番の練習にもなる。一石二鳥だ。
「広告のためなら好きに使ってくれて良いよ、俺の事は」
シルヴェリスやルーク王を大々的に使うのはアウトだけど、俺なら。
「そうさせてもらうわ」
「君たちって、どういう関係なの? ただの臣下と王って関係には見えないのだけれど」
俺達の口調と気易さに疑問を抱いたのか、シルヴェリスはそう突っ込んできた。
「アタシにとっては小人族の長で、名付け親ね」
「俺にとっては、尊敬する服飾師って感じです。俺は元々平民ですし、敬語使われるの慣れてないんです。一部の人は使いますけど、俺の事を愛称で呼び捨てにする人も上の年齢層には居ますね」
何ならちゃん付けする人も。フェルちゃん……。
「この中央街も、フェルって愛称から生まれたのよね?」
「ああ、オリヴァー達が張り切っててな。苗字取られるだけでも恥ずかしいのにって言ったんだけど、無理だった」
「でもフェルって響きは可愛らしくてアタシは好きよ」
可愛い、か。いつか可愛いから格好良いに変われば良いんだけど。十九にプラスで十一年分生きて、精神年齢三十のおじさんにもなった俺は可愛いとか言われたくない。
「二人が特別仲が良いわけじゃないの?」
「ええ、アタシ以外もこんなものよ」
「元々ご近所さんや友達を引き連れてここに来ているので」
友達の知り合いの友達の子供、みたいな結構遠めの人も、望んで最初から着いて来てくれた人は俺をフェルって呼んだりタメで話したりする。
俺はその事について不快に思った事は無いし、身内への威圧感が無いのだと好意的に捉えている。騎士達は俺が散々怖がらせて脅してしまったので、その身内も含めて圧倒的に畏まられる事が多い。
後から連れて来た人達の中でアレンやセロみたいに、純粋な好意を持ってくれる人というのは少ないのだ。
「それじゃあ、着替えも済んだ事ですし、屋敷に戻りましょう。少し遅いですが、朝食も摂らなければ」
「うん。それにしても、この服はとても肌触りの良い生地を使っているんだね」
「正絹と呼ばれる、絹を百パーセント使用した物なので、冬は暖かく、夏は涼しく着られるんです。滑らかな肌触りも特徴なんですよ」
しかも着崩れが起きにくいという。高級なのも頷ける。カビ対策は必要だが、それはどの衣類にも必要な事。そこまで気を張る必要は無い。
値段以外はメリットばかりだ。その値段も、これから長く使う事を考えると出せない金額ってわけでも無い。勿論、これからお金が流通し始めたら俺も正規の値段で買うつもりだ。
「ずっと触っていたいくらいだ。沢山刺繍が入っているのに手触りを損なわないなんて、本当に凄いね。クローシアの物でさえ、刺繍を入れると糸で少しザラつくのに」
あんまベタベタ触ると帯取れるよ。
「小人族は高い技術力を有した種族ですから」
内心は隠し、とりあえず無難な事だけ言っておいた。
「この技術で作られた物、買い取れる?」
「ミラとの交渉次第です。俺からは何も言えません。秘匿したいと言われたらいくら出されても売りませんし、広めたいなら相応の値段を付けるつもりです。それに、魔族は暫く他国に渡らせるつもりは無いのでオーダーはここまで来てもらう事になりますよ」
スウィート公爵家の時は俺へのオーダーだったから問題無かったが、魔族の作る服をオーダーするなら直接うちまで来てもらわないと。
「許可を頂ければ、サージスまでの便は用意しますよ」
許可というのは、竜飛車を待機させる空港の設置許可の事。サージスと竜ヶ丘でやった試験飛行はもう、問題無く出来るようになったから。国内での移動に人力車を作る話が出て来ているくらいには進んだ。人員を別の方に割けるのは進捗としてはとても良い。
「それ、見せてくれる?」
「構いませんよ。ですが、今は朝ご飯が先です」
もう朝食というよりブランチって時間だけど。時差のせいでご飯を食べる機会を逃したので、流石にお腹空いてきた。
「うん、分かった。行こう」
素直に頷いてくれたシルヴェリスを連れて、今度こそ屋敷に戻った。




