第5話 鋼鉄大将とは、愛の大将である
「いや、親子で似ているのだったら、ここで無理はしないだろう。俺と戦うのは危険だと、あの男ならば気付く。そういうしたたかさがあったぞ」
ルルロアを高く評価するバージスは、無職を気にしていない。本人が優秀であればジョブはどうでもいい男である。
「したたかさ? 息子にそんなものはない! したたかに生きる事は教えた」
ずる賢さではなく、強く生きる事。
それを教えたと豪語した。
「ん?」
「いいか。人はこの世を生きるに! 生命力の塊となり、元気でいなければならん」
「は?」
「お前は元気がないな。元気が!」
「こいつは何を言ってるんだ?」
ルルロアとは違い。発言の一つ一つがよく分からない。
「人は皆。元気があれば何でもできる。元気が無かったら何にも出来ない。人生、やる気が全てだ。そんで、お前の目に、その情熱がないぞ。それはいかん。まだ若いのに、それじゃいかん。漲る元気を体中に回すんだ。幾つになっても重要な事だぞ。歳など関係ない」
死んだ目をしているぞ。
ルクスの指摘は、なんとなく合っている。
現にバージスに覇気がない。
「俺はもう四十を超えた。若くねえ」
「若い。四十も五十も六十。皆若い!」
「は?」
「人間、気持ちが若ければ、八十だって二十歳だ」
「????」
ナディアと接したことで、ルクスの中で年齢の考えがおかしくなっている。
でも気持ちはそうだと信じたいのである。
「いいか、覚えておけ。元気があれば歳も超える。人間は、死ぬまで元気でいろ。健康年齢を大切にしろ」
「い、意味が分からん。これから、あの男が生まれるのか? 性格が全然違うじゃないか」
「当り前だ。俺があいつと一緒なわけがない。俺にはロアナがいるからな。あいつがいるから、自慢の息子が出てくるんだ! そこは俺の力じゃない!」
自分は馬鹿。妻は賢い。
この二人がいれば、どんな形でもルルロアは誕生する。
ルクスの自慢だ。
「会話が訳わからん。もう面倒だ。とっとと消す」
青の閃光の動きは、英雄職の中でもトップクラス。
下手をすれば、魔王も超える動きがしている。
「気合い入れろ! 目が死んでるぞ青年!」
「四十を青年と呼ぶな!」
「青年に決まっている。青い青春をその気になれば、まだまだ送れるんだぞ! 若者よ」
青の閃光は槍。
滑らかに動く槍と互角に戦えるのは、同じ閃光か剣聖くらい。
だから分かる。この槍に歯向かえるのは武器を持つ者のみだ。
しかし、この男は武器など持たない。
この男の武器は、己のみである。
「うおおおおおお」
「ば、馬鹿かこいつ」
槍に向かって突進。
一切逃げずに向かってくる。
「馬鹿一直線!」
ルクスの頭と、バージスの槍が衝突。
普通ならば頭が槍に貫かれるはずだ。
しかし・・・。
「な、なに!? どんな頭をしてるんだ」
バージスの人生で初の事が起きた。
自分が武器を持って、相手が武器を持っていない。
なのに、競り負ける。
こんな経験はしたことがない。
「俺の体は、熱血で燃え滾り、鋼鉄に鍛えている。そんじょそこらの攻撃など効かん!」
「ふざけるな。どこに武器が通じない人間がいる」
「ここにいる。俺だ!」
「・・・・く、こいつ」
話が通じない上に、常識も通じない。
武器が効かない人間にどうやって勝てばいいのだ。
「農家の朝は早い!」
「は?」
「燃え滾る情熱が無ければ、早起きも出来ん。いいか。お前。朝は何時に起きている」
「?」
「お前は何時起きだ」
「・・・最低でも七時には起きてるな」
「遅い!」
「いや、早い方だと・・・」
軍のトップクラスの人間にしては早い方だろう。
バージスは、他の英雄職の人間たちよりは早い。
「朝は三時だ! それ以降は昼だぞ」
「え?」
「朝は三時。六時に起きたらもう真昼間だ」
「・・・・わけがわからん」
「お前は朝遅いから、元気がないんだ。もっとたくさんご飯を食べて、糞して、早く寝ろ。そんでもっと早く起きろ。元気になるぞ。朝から声が出るようになる!」
「・・・意味がわからん・・・ん? 農家だと。お前、職業はなんだ」
農家と聞いて、ついつい会話が広がった。
「俺は戦士だぞ」
「は?」
意味が分からない。
ジョブと職業が一致しない男など、初めて聞いた。
「俺は、戦士。でも農家だ。ジョブなど、職業の足かせに過ぎない。囚われた人生はつまらん。自分の人生は自分で決めるのが一番だ」
ルルロアの職業に対する固定概念を潰したのは、間違いなくルクスである。
戦士であろうとも、農家になった異色の男。
司令官の地位を捨てて、ルルロアを田舎で育てた漢。
それは元気に健やかに育って欲しいとの思いからである。
全ては息子と家族を愛するがために職を捨てたのだ。
「青年よ。そのジョブに、心が囚われているぞ。もっと楽しんで生きろ」
「・・・・・」
明るく元気に人生を楽しんでない。
ルクスは、バージスの本質を見抜いている。
「今、この現状。青年が全力を出しても倒せない人間がいる」
「・・・まさか、お前の事か? 戦士になんかに、俺が負けるなどありえん」
「そうだ。負けるぞ」
「ふざけるな。ただの戦士になど負けんと言っている!」
「お。その意気だ。意地があると言う事は、誇りがあると言う事だ。その燃える意思を見せてみよ。全力を出すと言う事は、元気がある証拠だ」
元気基準で動くのが、ルクス。
だから、ルルロアにもそういう指導をしていた。
「さあ、青年よ。全力を出したまえ。この俺が相手をしてやろう。そうすれば、元気は不思議と出てくるぞ!」
ルクスがニカッと笑った事で、バージスの堪忍袋の緒が切れた。
馬鹿にされるくらいならば、沸騰するほど頭には来ないが。
自分の性質と、先程の槍が弾かれた事で、怒りが増していた。
「貴様・・・その口・・黙れ、殺すぞ」
「おう。やってみろ。いいぞ。元気が出てきてるぞ」
殺気を元気と捉える事が出来るルクスがおかしい。
「受け止めてやる」
二人が突進する。ルクスは相変わらず躱すという選択肢がない。
正面に入って、青の閃光の槍を手で挟んだ。
「なに!? 素手で」
「だから、俺の武器は俺自身だと言っただろ。青年」
敵の勢いを吸収するかのように、自分に勢いをつける。
ルクスは、超至近距離から頭突きをする。
「大馬鹿一直線!」
バージスの顎を捉えた。
「ぐはっ・・・ごはっ」
たったの一撃で眩暈がする。
顎を撃ち抜かれた衝撃が脳にまで響いた。
たたらを踏むなんて、人生で初だった。
「し、信じられん。体の芯にまで効いたのか」
「俺の拳は、芯にまで届くぞ」
「・・・こ、拳じゃないだろ。今のは!」
目のピントが合ってきたので、バージスの言葉にも力が入る。
「そうだ。でも気持ちは拳だ」
「意味が・・・分からん」
敵の言葉がこちらの耳に届いても、理解できない。
バージスが心身ともに追い込まれるのは、初の事である。
「愛のある拳は芯まで届く。そういうことだ」
「・・・愛?」
「俺は救うぞ。お前のその気持ち。腐ってる気持ちを清々しい気持ちに変えてやる」
「・・・なに!?」
「自分では何にも出来てない。未来を変えられない。そんな顔をしている。決めつけているな。自分の人生を」
「・・・・」
「その顔! 俺は見飽きた。その顔は、自分の息子の子供の時だけで十分だ」
愛する息子が、自分の部屋で塞ぎ込んだ時と同じ顔をしている。
そんな人間を放っておくなど出来ない。
ルクスの宣言は、バージスへ届けと言う意味があるが、過去にも宣言しているのだ。
ルルロアと同じ苦労は、他人であってもさせたくない!
「自分をさらけ出せ。青年。全力を出してみろ。この俺は全部受け止めて、全部返すぞ」
「いい加減にしろ。貴様・・・俺を子ども扱いしているな」
「人類皆子供だ。彼らに比べたら、まだまだ幼い」
悠久の時を過ごすわけじゃないヒューム。
その年月はあっても百年だ。
そして、彼らの時は最低でも四、五百年だ。
それらを比べたら、こちらはまだまだヒヨッコである。
「何を言って?」
「広い世界を見よ。こんな小さな世界で、人生が終わると思うな」
「!?」
「青年よ。志は高く持て。さすればやる気は自ずと出てくるぞ。内なる気持ちを解放しろ」
ルクスの体から巨大な魔力が溢れていく。
真っ白な透き通った魔力だ。
「おおおおおおおおお。掛かって来い」
「この。まだ言うか。戦士風情が」
「おお。そのやる気。いいぞ。目が良い!」
バージスの怒りの顔を見て、ルクスが微笑む。
生気のない目よりもうんと良いのだ。
「青の閃光『波状槍』」
槍と腕を伸ばして一点に集中させている攻撃と見せかけて、乱れ突きとなっている技。
敵の全てを粉砕するのに十分な技の威力を持っている。
「おお。いいぞ。イイ感じだ。青年」
敵の技を見て、ルクスのやる気は増していく。
敵からの本気を感じたのだ。
「愛のある拳は最強だ。『親父頑固一徹』」
全身から溢れていた魔力が右拳に集中。
巨大な闘気にも似た魔力拳だ。
互いが勢いよく自分の技を繰り出す。
二つの武器が衝突する。
「うおおおおおおお」
気迫など何年ぶりの事だろう。
バージスは晴れ晴れとした気持ちで技を繰り出していた。
「青年。よくやった! その気迫十分だぞ! やる気一杯だ」
バージスの全力の槍に、ルクスの右拳が入る。
ルクスの拳が切り刻まれるかと思いきや、ルクスの拳が逆に前に出る。
むしろ、バージスの槍が溶けるかのように破壊されていくのだ。
「なに!? 俺の武器が」
持ち手の部分まで全てが破壊された。
そこで油断した。
もっと前を見るべきであったのだ。
「青年よ。思わぬことに驚いてばかりでは、人生は前に進まないぞ」
「なに!?」
「今ある状況を見つめて、前を向け。失敗は成長の前触れ。反省は成功への軌跡だ」
一瞬の油断。
武器が壊れるのを見つめてしまった僅か一秒の隙。
そこが命取りだった。
「くっ。その展開力・・・本当に前しか見てないな。貴様」
「当然。俺に後ろを振り返る暇はない! 横もいらん! 前で精一杯だからな!」
前だけ見ている男は、バージスの腹しか見ていない。
「貫くぞ。痛いからな。俺の拳は!!!・・・なんて言ったって愛があるからな!」
ルクスがバージスのお腹を殴ると、爆発音のような音が鳴る。
九の字に曲がって吹き飛んだ。
「がはっ」
蹲って倒れるバージスは、気絶寸前だった。
「青年。頑張れ。俺が指導してやるから、生きろ。諦めるな」
「な・・・なに・・」
「生きる力は誰にでもある。これから先、死んだような目をするのは許さん。もっと生き生きしろ」
「・・・くそ、負けたのか。こんな奴に・・」
意識を失う寸前でも、大きな声が響く。
正直うるさい。
でも、そのおかげで、意識が何とか保たれている。
ルクスがやかましくとも、嫌な気持ちにはなっていない。
「全てを諦めるな。今から世界は変わる」
「世界が?」
「そうだ。俺の息子と、その幼馴染たちが変えるんだ。あいつらで、世界が変わる」
「あの無職と英雄たちがか。たったの数人で、何が変わるというんだ?」
「違う。数人じゃない。世界中のたくさんの人で変えていくんだ。その軸があいつらってだけだ」
「英雄たちがか」
英雄職に囚われた言葉だ。
「英雄じゃない。あいつらが変えるってだけだ」
「なに? 奴らの職がそうだろ。合ってるはず」
「いいや、そんな職はどうでもいい。これから意味がない。ルルロアとレオン、イージス。ミヒャル。エルミナ。あいつらに職など無意味。あいつらはただの家族だ! 皆、俺の子供で家族だ。これからはその家族が世界を変える」
堂々と宣言したのは家族宣言。
人類皆家族であると豪語するのがルクスだ。
「な!?・・そ、そうか。だから俺は負けたのか。家族を捨てたから・・・」
「まだ負けてないぞ。人生はまだまだ先がある。これからの青年。君も俺の家族だ」
「・・・ん!?」
「俺が育ててやる。希望と言う光でな。ハハハハハ」
限界の体で、バージスは大の字になって寝ころんだ。
「クソ・・・俺は完敗だったって事か。この男に」
身も心も、全てが敗北した。
でも不思議と力が湧いてくる。
対戦相手がルクスであった事。
それが、バージスの人生を変えるきっかけとなった。




