【ケンジとゲイリー】元老院へ
アクセルを限界まで回しきられたカブは黒煙を吐きながら、元老院東アジア州日本支社事務所の前に辿り着いた。
「ちわっす、飛龍飯店です! 食器を引き取りに来ました」
勘太郎から借りたIDカードで、何気なく通過しようとしたゲイリーは警備員に止められた。
「おー、ちょっと待て。いつもと雰囲気が違うなぁ。サングラスなんかしてたっけ?」
一瞬の緊張が走り、ケンジはいつでも飛び出せるように身構えた。
「いや、さっき事故っちゃいましてね、見られたモンじゃないですよ」
ゲイリーはゆっくりとサングラスをずらし、左目の上辺りを見せた。周りは内出血で青紫色に腫れ上がっている。事前にわざとバイクを転倒させ、電信柱に顔から突っ込んでいたのだ。
「うわ、痛そう! 大丈夫か?」
「気合ですよ。じゃ、急ぐんで」
鼻血を垂らし、バイクを足でこぎながら、中に入っていった。
「元老院のセキュリティもチョロイもんだな、ケンジ」
「あのよぉ、コケるんなら事前に言ってくれよな、こっちにも準備ってモンがあるだろ」
「細かい事を気にするんじゃねえよ」
小声でやり取りをしながら建物の裏手に周りこんだ。搬入口より中に入ると、目の前にある貨物用のエレベータに乗り込み、最上階で降りたら廊下に出されている食器を回収していく。各階の食器を全て回収した後は、1階のエレベータ脇にある大きなディスポーザーに残飯を入れて帰る。事前に勘太郎から聞いていた手順通りだ。ディスポーザーの蓋を開け、それで防犯カメラを遮っているうちにケンジが中に忍び込むと、ゲイリーは蓋を閉め、何食わぬ顔をして出て行った。
その後は夜まで特に何もすることがなかったので、勘太郎の店に戻った。
「おお! ゲイリーさん! ちゃんと戻ってきてくれたんですね」
「あったりめえだろ!? 借りたモンは返すってのが筋だ。ところでよぉ、一仕事したら腹が減ったぜ。何か食わしてくれよ。さっき渡した金でよ」
「……わかりました!」
勘太郎には食器とカブが戻ってきた事で十分だった。厨房に入り豪快な炎で大きな中華鍋を何度か振ると、山盛りの焼きそばを持ってきて、ゲイリーの前に置いた。
「ところで、ぼっちゃんはどちらに?」
「ああ、先に帰ったわ」
「そうですか。まあ元気そうなお孫さんでよかったですね」
「生意気だけどな。でもまぁアイツがいると、何かと毎日が面白い」
その後、ゲイリーは黙々とその焼きそばを平らげ、爪楊枝をしがんだ。
「さて、一人じゃあ寂しがっているだろうから、俺も行くかな」
「……ユングさん、しばらく会ってなかったけれど、わかりますよ。何か腹をくくっていますね? 俺に手伝える事があったら言って下さい。くれぐれも無茶しないで下さいよ。もういい年なんですから」
勘太郎はゲイリーが回収してきた大量の食器を洗いながら、呟くように言った。
「ああ、心配するな。まぁ万が一、いや億が一俺に何かあった時は、アイツを頼むわ」
「いやですよ! ちゃんとユングさんが面倒見てやって下さいよ」
「チッ、わかったよ。相変わらずうるせえ奴だな」
ゲイリーはボロボロになるまでしがんだ爪楊枝を、歪んだステンレスの灰皿の上に置くと、ゆっくりと立ち上がって、戸を開けた。
「じゃあ、世話になったな」
「くれぐれも気をつけて」
「ああ」
振り向かず後ろ手で戸を閉め、すっかり日が暮れた暗闇の中に溶け込んでいった。
公園でどんちゃん騒ぎをしていた浮浪者もすっかり寝静まった頃、ゲイリーは昼に元老院に侵入した際、トイレに流しておいたアロマの匂いを嗅ぎわけながら、下水道の中を歩いていた。
「んーやっぱり俺にはローズマリーの香りが似合うなって、一人で言ってちゃあ世話がねえや。さっさと合流するか」
マンホールの蓋を慎重に開け外に出ると、そこは中庭だった。
「ビンゴ」
小さくガッツポースを取った後、蓋を閉めた。搬入口に回り小さくノックをすると、中からカチャリという音がして、戸が開いた。
「遅せえよ、腹減ったぜ」
「大丈夫だ、俺は食った」
一気に会話をする気が失せたケンジを横目に、ゲイリーは中に忍び込んだ。
「さて、どこから探す?」
「そりゃあお前、道源の部屋だろ」
「じゃこっちだ」
潜入中に館内を偵察していたケンジを先頭に、二人は天井裏をほふく前進で赤外線を潜り抜けながら、しばらく進んだところで止まった。
「ここだ」
排気口の蓋を開け、中に忍び込んだ。
「天下の元老院のセキュリティにしては、チョロイな」
「ああ。確かにチョロ過ぎだ。こりゃあ罠だったんだ。な、そうだろ?」
ゲイリーが顔を向けると、暗闇の奥からゆっくりと人影が見えてきて、道源が姿を現した。




