【智也たち】暗殺
地下鉄を乗り継いだ後、智也は霞ヶ関のビルが立ち並ぶ中を歩いていると、一際威厳を放つバロック様式の建物に差し掛かり、中に入ろうとしたところを警備員に止められた。
「ここは、関係者以外の立ち入りは禁止だよ」
「参議院議員の藤沢真三に会いに来ました。僕の父です」
「え? あ、そう。え? あの藤沢議員の? 確認するから、ちょっと待っていて」
警備員は慌てた様子で電話をし、しばらくすると藤沢議員の秘書を勤める矢部が迎えに来た。
「あら、智也くん、お久しぶり。大きくなったわねぇ。私のこと覚えているかしら?」
「うん。千佳さんだよね。お久しぶりです」
「まぁ嬉しい。会ったのはずいぶん前なのにね。先生はいま打合せに入られているの。少し待てば大丈夫だと思うから、中に入って待っていて。だけど先生は急がしいから、時間はあまりないわよ。それでもいい?」
「うん、わかった」
中に入り、しばらく矢部と世間話をしているところに、遠くからカツカツと小走りの足音がこちらに向かってきて、勢い良くドアが開いた。
「やあ智也、久しぶりだな! 心配していたんだぞ? 今までどこにいたんだ?」
飛び切りの笑顔で両肩を抱かれた智也は目をそらし、矢部のほうを向いた。真三が目配せをすると、矢部は部屋から出て行った。
「智也、わざわざ私に会いに来ると言う事は、何か相談事でもあるのだろう? ゆっくりと話を聞こうじゃないか」
衆参両院を単独過半数で安定政権を確保している自由社会党で幹事長を務め、最大の派閥である藤沢派を形成する真三は、次期総理の最有力候補だ。だからといって偉ぶる事もなく、人当たりは優しいが不正や不条理には毅然と立ち向かう姿勢から、多くの議員から慕われていた。同時に愛妻家でもあり、特に一人っ子の智也には有り余る愛情と期待を注いでいた。
「さあ、ここは私の部屋だ。何でも言ってみてくれ」
「お父さん、ごめんなさい。僕は審判の日から逃げ出した。そして、これからも家に帰るつもりはないんだ」
「……お前はそれで大丈夫なのか? 食事は取れているのか? 衣服はどうしているんだ? お前が望むなら、いつでも帰ってきたらいいんだぞ」
「どうして逃げた理由を聞かないの?」
「え? それは、だって、その、色々と事情があるんだろ? 私たちはお前が元気でいてくれたら、それだけでいいんだよ」
「父さん、何か事情を知っているの? 知っていたら、教えてよ」
「な、何のことだ?」
「元老院の秘密とか、アイオーンって……」
真三は慌てて智也の口を右手で塞ぎ、左手で窓のカーテンを閉めた。
「智也、あまり迂闊なことを話すんじゃない。危険だよ」
「やっぱり、父さんは何か知っているんだね。教えてくれよ、知っている事を全部」
「……私は今年で43才になるが、審判の日には未だ召集されていない。その私が、お前の言うアイオーンの存在を知ることが出来たのは、それを教えてくれた……」
慎重に話す父親をじっと見つめていると、いつのまにか眉間に小さな赤い光が灯っていた。
次の瞬間、小さくパリンとガラスの割れる音が聞こえると同時に真三の眉間に小さな穴が開き、そこから血を噴き出して倒れていく父の姿を、智也は見た。何がなんだかわからず、窓の方向を見ると、カーテン越しに赤い光が自分の眉間を照らしていた。
突然ドアがバンッと開き、大柄な男が転がってきた。次の瞬間、またパリンッという音が聞こえると、後ろにある本棚の一部が粉々になっていた。
「さ、すぐに逃げるよ。カーテンを閉めていたって無駄だ。サーモグラフィーで体温を感知して撃ってくる。早く逃げないと」
武瑠は倒れた父を呆然と見ている智也を引き起こし、その場を離れた。少し外れたところに止めてあった車に乗り込み、そのまま走り去った。
「武瑠さん、どうしてわかったの?」
「タマオから聞いたんだ。智也君のお父さんが政治家の藤沢真三で、これから会いに行くって。来てみたら、入り口でデモ隊が警備員と衝突していた。嫌な予感がしたので中に入ったけれど、まさか狙撃されるなんて思わなかったよ。お父さんは残念だったけれど、でも君が無事だったことは不幸中の幸いだった」
「そう、ですかね」
「君のお父さんは、何か命を狙われるようなことがあったのか?」
「政治家ですし、父を恨んでいる人はたくさんいると思います。でも、僕がアイオーンと言うと父は口を塞ぎ、そのあと撃たれました。父が何をどこまで、どうやって知ったのかわかりませんが、彼は一度も審判の日に召集されていないので、事実を誰かから教えてもらった以外に考えられません。しかもこんな現実離れした話を信じるほど、信頼できる人だったんでしょう」
「心当たりはあるのか?」
「いえ、全く。生前もあまり話したことも無かったし」
「そうか、立ち入った事を聞いてすまなかった」
「いえ、いいんです。でも父が僕に何を伝えたかったのか、誰が父に真実を伝えたのか、そして誰が父の命を奪ったのか、僕は絶対に突き止めます」
「僕も微力ながら協力するよ。だけど、無茶はダメだぞ。君が危険にさらされることを、君のお父さんは望んでいないはずだから」
車は追跡を受けないよう回り道をしながら、アジトに向かっていた。智也はじっと窓の外を見つめていた。




