【ケンジとゲイリー】パラレル・ワールド
「さすがに普段はこんなに簡単には入れんよ。今はほとんどのセキュリティを無効にしておる」
「うるせえ! あえて騙されてやったんだ! で、何人いる? あの化け物もいるのか? 何が出てこようが、容赦しねぇぜ!」
上腕二頭筋に血管が浮き上がり、ゲイリーはファイティング・ポーズをとった。
「お主は相変わらず年の割には血の気が多いのぉ。案ずるな、わし一人しかおらん。気に入らんのなら、いつでも殺ればよい。だから、とりあえず座らんか」
道源は二人の目の前にある革張りのソファを指し、そこにケンジは言われた通り腰を掛けた。それを見たゲイリーも、ふて腐れながらドカッと座った。窓から入る月明かりを背にした道源の顔は、全く見えなかった。
「お主らがここに戻ってきたら話しておきたい事があったのじゃ」
二人はソファにより深く腰をかけ、同じタイミングで足を組んだ。
「アイオーン、その存在が我らの世界に秩序をもたらしている事は、理解できておるか?」
「できるわけねえよ! お前らは俺らを騙して、餌として食わそうとしたんだぜ? 同じ人間なのによ!」
ゲイリーは興奮した様子で組んでいた足を戻して少し前のめりになったが、道源は微動だにせず、そのまま話を続けた。
「お主の言う事はもっともじゃ。いくらわしが時間をかけて諭しても、決して納得いくものではなかろう。わしもわしらの行ないが全て正しいとは思っておらん。しかし他に方法がないのも事実じゃ。地球の生態系を保つために、現時点での最善策と言わざるをえんだろう」
「お前、人を化け物に食わす事が最善策だって言うのか? それを俺らに納得しろと?」
「お主らも見たであろう? 圧倒的なあの存在を」
「てめえ!」
ゲイリーが飛び掛ろうとするのをケンジが制止した。
「例えそうだったとしても、同じ人間が騙されて食われていくのを、ただ黙って見過ごすわけにはいかねえ」
冷静に見えるケンジの目の奥には、煮えたぎるような怒りがこみ上げていた。
「それは本心か?」
「あったりめえだっ!!」
間髪いれずゲイリーが叫んだ。
「あれを見ても、未だその闘志は衰えぬか? あれがいなくなると、現在の秩序も崩壊するやも知れぬのじゃぞ?」
いつの間にか道源はケンジの前に立って、ジッと目を見つめていた。
「……そうか、わかった」
道源は振り返ると窓の方へ歩き、そこから煌々と光る満月を眺めた。
「実は、今まで人がアイオーンの存在を知る頃にはあまりにも年老いており、その事実を受け入れるほかなかったのじゃ。今回はそこの爺様のお陰で、一部とはいえ、お主のような若い世代も知る事となった。わしは、これを好機と捉えておる。そしてもう一つ、大きな秘密がある。これがお主らの一助となればよいが」
「何だよ、それ」
「お主らは、パラレル・ワールドを知っておるか?」
「知らん」
ゲイリーは即答した。
「並行世界、のことか」
ケンジが応えると、驚いたゲイリーはケンジを睨んだ。
「漫画で読んだことがある」
「漫画だぁっ!? そんなのを読んでいるから軟弱になるんだよっ。プロレス雑誌を読め」
「藤堂トオルのミゼラブル・ヒューマニティじゃな」
「なんでおめえがそんなの知っているんだよっ!?」
「ふん、俗世間の事は何でもお見通しじゃ。まぁあんな消息不明の漫画家が描くデタラメな世ではなかろうが、ただそのような異世界が存在し、そこに行き来できる術があるとしたら?」
「そんな世界があったとして、それがアイオーンを倒す事と、何の関係がある?」
「ケンジ! お前、こんな話を信じるのか!?」
「向こうの世界は彼らが存在しない世界なのだ。息絶えたのか、人が滅ぼしたのかはわからん。だが過去に存在していた事は明らかじゃ。お主、そこに行ってみんか? そこで暮らし、人々と接する事で、何かしらの鍵が得られるやもしれんぞ」
道源はゆっくりと自分の席に戻り、椅子に腰を掛けた。
「戻って来られなかったら、どうすんだよ!?」
ゲイリーは立ち上がって怒鳴った。
「期間は決まっておる。3年じゃ」
「3年だぁっ!? そんな悠長な事を言っていられねえよ!」
「まぁ興奮するな。これではどちらが大人なのかわからんな。向こうでの時の進み方はこちらの12倍、つまり向こうの3年はこちらで3ヶ月じゃ。であれば十分間に合うであろう。向こうへ行き、3年が経った後、この元老院がある場所、向こうでは国会議事堂というが、そこに行けばここと同じようにワームホールが開いておる。但しそれが開いておるのは、行った日からちょうど3年後の、24時間だけじゃ。その間で無ければ、戻って来られんようになるぞ」
「行ったら何かがわかるのか?」
「それはお主次第じゃ。ただ外から眺めているだけでは何もわからんぞ。世に溶け込み、そこに住む人々と交わり、共に生活をすれば、自ずと何かしら得られよう。その為には3年という期間でも短いのかもしれん。しかも、それが我らの世界を救えるかどうかもわからん。ただ少なくとも、如何にそこの爺様が屈強だったとしても、真正面から戦いを挑んで勝てる相手ではない事はわかるな」
「おい。何か知らねえが、孫をみすみす危険にさらす訳にはいかねえ。俺が行く」
「大事なのは、若い感性じゃ」
「そんな胡散臭い話を信じろというのか?」
「それは、お主ら次第じゃな」
「わかった。俺が行く」
ケンジは立ち上がった。
「うむ。プレッシャーは感じるだろうが、己の感性を信じて、学べるものは全て学んで来い。それらが全て後に役立つであろう」
「1つ聞くが、今までそのワームホールとやらに入って、戻ってきたヤツはいるのか?」
「何とも言えん。先にも言ったとおり、お主のような若者がその存在を知る由もないからな」
「じゃあ何故おめえは知っている?」
「それは、元老院の首相を務める者がお主のような者が現れるまで、古より脈々と守り続けてきた教えだからじゃ」
「俺が行っても、何も掴めないかもしれないぜ?」
「それもまた定めであろう」
道源は机の引き出しを開けて中にある一枚のカードを取り出し、それを本棚の本と本の間に差し込んだ。すると本棚は横にスライドし、中から都市銀行の地下金庫にあるような重厚な扉が現れ、その中央にはバイオメトリクス認証用のパネルがあった。
「本棚の裏って、随分ベタだな」
道源が近づき軽く触れると、レーザーが眼球をサーチするのと同時に手の静脈を読み取った。その後に浮かび上がったキーボードにパスワードを打ち込むと、ガチッと重たいロックが解除される音が響き渡り、ゆっくりと扉が開いた。中は暗闇だったが、よく見ると奥の方から、かすかな光が射していた。
「あの光に向かって歩め」
ケンジは道源の顔をじっと見つめた後に1歩足を踏み入れたところで、後ろを振り返った。
「じゃあな爺さま、行ってくるぜ」
「おう」
ゲイリーがケンジの方を見ずにソファへ腰掛けたまま手を上げると、ケンジは前を向いて、中に消えて行った。道源が扉を閉め本棚を戻すと、ゲイリーは頭をかきながら何事もなかったかのように振舞った。
「で、どうする? 俺を捕まえるか?」
「わしが力ずくでもお主は止められんじゃろ? 先に言ったように今はセキュリティシステムをほぼ作動させておらんしの。但し覚えておくがよい。我らはアイオーンの使いであり、決してお主らを許したわけではない」
「ああ。ただ俺にも一つ条件がある」
テーブルの上に投げ出していた足を下し、ゲイリーは前かがみになって道源を睨みつけた。
「ケンジにもしもの事があれば、その時は俺の命に変えてもてめえは許さねえぜ」
「わかっとるよ。……そういえば、武瑠には会ったか?」
「知らねえよ」
またドカッとソファに腰を沈め、ゲイリーは天井を見上げた。
「ふん、お主は嘘が下手じゃの。幸か不幸かヤツも未だに招集されておらんのに、一度もひ孫の顔を見せに来ん。あんな白状なヤツが何をしようが、わしの知るところではないわ」
「何で俺に言う? 知らねえって言っているだろ。……でもまあ、何だかんだ言っても、てめえも人の親だってことだな」
「お主と同じじゃ」
それから二人はしばらくの間、窓の外に輝く三日月を眺めていた。




