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滅亡世界の果てで  作者: 漆之黒褐
第3章
45/52

レベッカ強襲

 待ち伏せ相手に問答無用の斬撃をお見舞いする。

 完全に不意をついた一撃。

 抜き身の刃が白い美女の首筋へと吸い込まれていく。


 木小薙刀・静型Ψ陽之御前の切っ先が肉を断つ、その刹那の前に、美女の唇が口角が吊り上がった。

 何かが成功したのを確信した笑みだった。


 そして一瞬後。

 まるでガラスが砕け散るかのような音を立てながら、眼前の白髪美人が周囲の景色もろとも細かい破片に別れ散っていった。


「鏡かっ!?」


 そう思わず叫んだ俺のすぐ横に、冷気の如き殺気が生まれる。

 砕け散った破片に映った無数の小さな人影が両腕に持つ細い剣を突き出す。

 その時既に俺の身体は後ろの階段へと身を投げ出し回避行動を取っていた。


「惜しいですね。普通はこれで決まるのですが」


 正確に頭と心臓を狙った2つの刃がアークシルクジャケットと逃げ遅れた俺の髪を斬り裂く。

 並の武器であれば鉄より強度のある強絹糸製の防具を斬る事は出来ない。

 だが白き襲撃者は易々と俺のジャケットを斬り裂き、その先にある鎖帷子をも断ち、インナーシャツごと俺の肉を浅く斬り裂いていた。

 刃は届いていないというのに、俺にダメージを与えていた。


 その原因の追求は後に回し、空中で陰之御前を引き抜き追撃を受け流す。

 先に頭部を狙った刺突の一撃は置き土産に俺の頭髪を白く染め上げていたので半ば予想していたが、刃が触れ合った瞬間に陰之御前が氷結。

 握っている腕が冷たさを覚え感覚が鈍る。


 構わず、階段の上で宙返りして体勢を立て直しつつ、着地の衝撃に備える。

 空気を内包しクッション性を高めている厚底ブーツが収縮。

 衝撃を緩和するも、バランスを保てず手を付き数メートル引き摺る。

 追撃により加速を得た事で階段の途中に落ちる事は無かったが、1階分の高さから落ちた事と、床が凍っていた事で着地を若干失敗した。


 敵は、レベッカと同じ氷の使い手か。

 最初に仕掛けていた罠は、45度に設置したアイスミラーによるものだとすぐに察する。


「女人に突然斬り掛かってくるというのはどうかと思うのですが。しかも私を殺すつもりで斬ってきましたね。保険をかけておいて正解でした」


 両腕に細身の剣を携えた白い悪魔がゆっくりと階段を降りてくる。


「御前も俺の急所をいきなり狙ってきたな。しかも2箇所同時に」


 その瞳は冷たく怪しく輝き俺の姿をハッキリと捉えていた。

 もはや〈気配隠し〉は通じない。

 故に、戦闘向きではない〈不動心〉もアイスミラーを斬り割った時に解除している。

 冷静な対応には向いていても、咄嗟の対応には向いていないために。


「サイさんは賞金首なのですから当然です。それに、私の大切な相棒を勝手に貴方が崇める神に貢いだこと、まさか忘れたとは言わせませんよ」


「うん? なんのことだ?」


「私のことをお忘れですか? サイさんを一度捕まえ、この街のギルドに引き渡そうとして逃げられた私のことを。会うのはまだこれで3度目ですが、浅い因縁では無い筈です」


「俺を捕まえた?」


 少しずつ後退りながら、地下まで降りてきた女性の姿をよくよく観察する。


 まず目が向かうのは胸。

 ただ単純に大きいと言うより他ない。

 手で支えれば間違いなく零れ落ちるサイズ。

 白い肌に実った2つの果実は露出度の高いへそだしレザーアーマーに守られているものの、男の視線を釘付けにして隙を誘う効果も見越した作りだった。


 その果実と同じ数だけ手に握っている剣は、俺からすれば細身だが彼女の細い腕からすれば普通サイズ。

 刀身にビッシリと白い霜が降りてキラキラと光を反射している。

 普通の剣だったとしても、その霜の効果で刃が研ぎ澄まされ斬れ味がアップしているような錯覚を覚える。

 事実、俺のジャケットを斬り裂いた事から斬れ味は良くなっているだろう。

 だが、確かに躱した筈なのに鎖帷子どころか俺の身体まで傷付けた事からして、単なる斬れ味アップとは思えない。

 目の錯覚が発生するなどして見たままの攻撃範囲ではないものとして注意しておく。


 全身を鎧や剣まで含めて全て白く染め上げた、まさに白い美人と言って良い氷の双剣士。

 雪女もかくやと思われる真っ白な姿は、雪原に身を置けば探し出す事は困難を極めるだろう。

 20前後と思われる美貌は白くて美しいというか、白すぎてとても美しかった。

 だが、何となくどこかで見た事がある風貌をしていたのは気のせいか。


 髪はショートで、やはり白色。

 その雪よりも白い髪には、完成された筈の白美を崩している寝癖の跡があった。

 少し跳ねているのが、若干笑いを誘う。

 そんな場合では無いというのに。


「氷門、白刃剣界――その先にある、氷踊剣界。それがこの技の名」


「……レベッカ?」


 半信半疑の問いに、白き美女はゆっくりと頷いた。


「別人にしか見えないんだが。口調も360度変わってるぞ」


「360度では一周してしまいますよ」


 ツッコミ有難う。

 垂れ流しのままの殺気も180度して帰ってくれると嬉しいんだが。


「サイさんが言いたい事は私にも良く分かります。ですが、これは私にもどうすることも出来ないのです。氷門の技は、心を凍らせて使用する技。その影響で口調が丁寧になってしまうのです。流石に性格の根底までは変わる事はありませんが」


「相性が悪すぎるんじゃないか?」


「かもしれません。とはいえ、これはこれで色々と便利なので重宝するのですよ。例えば、無駄に手心を加えなくなったり、私情が生まれないといった」


 そう言いながら殺気が形となって襲いかかってきた。

 会話の途中でいきなり剣が高速で振られ、白い斬撃が飛んでくる。

 俺の必殺技の一つでもある飛ぶ斬撃が、俺の命を刈り取りに高速で迫ってきた。


 あまりに突然の事で回避する事が出来なかった。

 白刃が俺の身を斜めに斬る。


「このように問答無用の奇襲攻撃も、躊躇いなく放つ事が出来ます。これは先程のお返しです」


 だが威力が弱いため、俺の身を守る防具によってあっさりと霧散する。

 ちょっと冷たかった。


「話し合おう、レベッカ。きっと俺達は分かり合える」


 冷たいという事は、俺の体温を奪ったということ。

 そしてダメージを受けたということ。

 一撃一撃は大した事が無くとも、数を受ければそのうち凍らされる。

 そうしたら、今度こそ本当に剣で斬られる。


 レベッカには俺を殺すのに躊躇いは無い。

 だが俺は、相手がレベッカだと知った事で殺せなくなってしまった。


 〈不動心〉を使っていた最初の一撃で殺せなかったのが痛い。

 美人は出来る限り斬りたくない殺したくないというのが俺の心情。

 最初だけは〈不動心〉の影響で殺そうとしてしまったが、解除した今となってはもはや俺にレベッカを殺す事はまず出来ない。

 だが、手加減をして倒せる相手とも思えなかった。


 出来れば生け捕りにして話し合いによる解決を図りたい。

 一人で2つのスタイルを持つ美女というのはかなりのレア物だ。

 そんな2度美味しい女性とは是非にお近づきになりたいと思うのが正常な男の姿。

 敵対関係にあるなど冗談じゃない。


「私と死合い勝つ事が出来れば、その時には少しだけ考えてあげましょう」


「死合う以外では?」


「……大人しく私に捕まり金貨100枚に変わってくれるのであれば、もしかしたら考えるかもしれません」


 正確に俺の首があった場所を水平に薙ぎ払った白刃が、ダイヤモンドダストを振りまきながら斬り返される。

 二閃目は回避不能と判断し、陰之御前で撃ち払う。

 それから先は斬撃の雨の応酬だった。


 一切の予告無しに繰り出された無慈悲な剣舞。

 回避行動を取るも、回避するたびに俺の身体がどんどん凍り付いていく。

 空間自体が氷結されていく。

 たまらず距離を取ろうとするが、白きレベッカがそれを許さない。


「考える気ないだろ」


 冷笑を浮かべたまま猛攻撃を続けるレベッカに、ついそんな愚痴を零してしまう。

 だがそんな事でこの戦況が覆る筈も無い。


 強絹糸は防暖効果があり耐熱性に優れている。

 それは分かっていたのだが、まさかこんな形で防寒効果が薄いという欠点特性が見つかるとは思わなかった。

 極寒の地に行く予定は無いし冬になるのもまだ先の事だと聞いていたので当然の様に後回しにしていたのだが、こんな身近に人間冷房機がいたとは驚きの一言である。

 魔法やスキル効果を軽視しすぎたか。


 陰之御前と陽之御前は木製武器。

 一応、複合素材とも言えるのだが、使っているのはやはり木なので、まともにレベッカの持つ鋼鉄製の刃と撃ち合えばサクッと斬られてしまうのは明白である。

 そのため、基本的に攻撃は回避するか刃の無い部分を撃ち払う事で対応している。


 もし俺が手に持っているのが剣であればそんな神業的所業はまず出来なかっただろう。

 だが、木小薙刀は一応は刀剣の類に入るのか、才能:刀技の影響下にある。

 攻撃は兎も角、防御や回避の練習はアクアと一緒に少しばかり訓練していた事が幸いした。


 普通の者であればちょっとぐらい訓練した所で得られる経験値は微々たるもの。

 だが、俺の場合は違う。

 軽く人の限界を突破している才能の御陰と、色んなスキルをまとめたようなチートスキルの御陰で異常に上達が早い。

 尚かつ、俺の肉体年齢は永遠の若さという願いの御陰で、性能がピークの時に維持され続けている。


 つまり……。


「そんなっ……私の攻撃を受けるたびに物凄い勢いで成長している!?」


 過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 何事も程々が肝心だ。

 殺す事よりもまずは場の気温を下げて俺の動きを鈍らせようと手数で攻めていた事が原因で、俺の刀を操る技術があっと言う間にレベッカの双剣技術に差し迫る。


「御前の強さを計るために手加減していただけだ」


 適当に嘘を吐いて誤魔化してみる。

 それぐらいに俺の成長速度は異常だった。


「そろそろ反撃させてもらおうか」


「させません!」


「無駄だ」


 小刻みな動きからやや大振りの一撃で俺の動きを止めようとした白刃をかいくぐり、陽之御前の峰で胸を撃ち払う。

 木製ではあっても膨大な木工系スキル経験値によって生み出された刃は並の剣の斬れ味を軽く凌駕し、そこに刀技の技術が上乗せされれば多少堅いだけのレザーアーマーなど容易く斬り裂いてしまう。

 峰打ちの一撃は、レザーアーマーによって守られたレベッカのけしからん胸をたゆたゆと揺らすだけに留まる。

 ダメージは恐らく無いだろう。

 手応えの感触からそう察する。


「なっ……待ちなさい!」


 若干、羞恥の色に顔が染まったレベッカが叫ぶ。

 だが、待てと言われて待つ者はいない。

 立ち位置が変わった事で道が開けたため、一目散に階段へと向かう。

 ここは寒い。

 地上に出れば少しは暖かくなる筈。

 背後を振り返る事無く2段飛ばしで階段を駆け上がった。


「逃げ道を塞いだとはそういう事か」


 そして出会った氷の壁。

 階段を登り右に曲がってすぐに、俺は部屋の入口を塞いでいる氷の壁を見る事となった。


「わざわざこんな事をせずとも、通路を塞げば良い気がするんだがな」


 通路は真っ直ぐ続いているが、90度横に曲がろうとする全ての部屋と通路の入口は全て分厚い氷によって塞がれていた。

 突き当たりまで向かってみても、ただ普通の壁があるだけで横に曲がる事は出来ない徹底ぶり。

 少しは知恵を絞ってくれと逆に言いたくなった。


 仕方なく、氷の壁を破るべく、その一つに向けて〈零の太刀〉を放つ。

 氷は簡単に斬れた。

 だが、斬れただけ。

 氷は周囲にある壁と同化するように凍っていたため、ただ一回斬っただけでは何ともならない。

 2度3度斬ってバランスを崩させるなり、押せば穴を開けられるように斬らないと氷はどかす事が出来そうに無かった。


 こんな時、破壊系の戦技(アーツ)を持っていない事が恨めしい。

 〈シールドバッシュ〉や〈シールドブロウ〉は一応破壊系の技とも言えるが、目の前にある分厚い氷を破壊するには威力が足りないだろう

 今更ながら、俺は戦闘に向いていないと思う。


 仕方なく〈零の太刀〉を連発しようとしたところ、急に悪寒がしたのでサッとしゃがむ。

 その一瞬後、鋭く尖った氷槍が俺の真上を通過した。

 間違いなくレベッカの攻撃だった。

 わざわざ手間をかけて通路を真っ直ぐにしていたのはこのためか。


「反則だろう」


 その後も次々と氷槍が通路の奥から飛んできた。

 当然、俺は必至に躱し続けた。

 隙あらば氷壁に向けて〈零の太刀〉を放とうとするが、氷槍の数があまりに多くてままならない。

 〈零の太刀〉は対象へと刃を当てたうえで少しばかり集中する時間を要するため、死の危険が降りかかっている時にはうまく使用する事が出来ない。

 狙撃手の姿がほとんど見えない距離から射的ゲームの如く無尽蔵に放たれる死の槍に、暫く俺は悩まされ続けた。


「逃がしませんよ。大人しく私の槍に心臓を貫かれ、私の剣に首を刎ねられなさい」


 セクハラ攻撃を受けたためか、レベッカは見るからに怒っていた。

 白く染まった肌からオーラの如く湯気が立ち上り、髪の気からポタポタと雫を垂らしている。

 怒りで氷門の技が切れかかっているのか。


「氷槍舞踏、白刃燕」


 レベッカの眼前に無数の氷の槍が生み出され、剣を振るたびにその槍が加速し俺へと襲い掛かってくる。

 と同時に、振り抜かれた剣によって白刃が生成されていた。

 今までは距離が遠くて届かなかったのだろう。

 一度の攻撃で2度美味しい技の2重苦が俺を責め立てる。

 点の攻撃だったものが、線の攻撃となって俺の身に降りかかる。


 ただ、やっぱり過ぎたるは猶及ばざるが如し。


「くっ、しまった。みすみす逃げ道を作ってしまいましたか」


 貫通力の高い氷槍を何本も投げれば、そりゃその先にある壁はいつか壊れるだろう。

 突き当たりにあった壁を壊してくれたレベッカに心の中で感謝の言葉を呟きながら、その先にあった部屋へと逃げ込む。


「貴様、賞金首のサイか! よくも俺の仲間を!」


 そうしたら、怒りを露わにしている何人もの強面の男性達に囲まれた。

 いきなりどうして何故怒っているのか。

 その理由はすぐに判明した。

 壁を突き破って飛来したレベッカの氷槍の直撃を受けたと思われる首無し死体が壁にもたれかかっていたからだ。


 思わず心の中で合掌。

 南無。

 運が無かったな。


「俺の邪魔をするなら容赦はしない。其奴の様になりたくなければ大人しく道を開けろ」


「逃がすかよ」


「死ねっ!」


 交渉決裂。

 まぁ最初から分かっていたが。


 我先にと襲い掛かってくる男達を前に、しかし俺はまずその場から横に退く。


「!? ぐぼぉっ」


 刹那、壊れた壁の向こう側から氷槍が飛来し、新たな犠牲者を生み出した。

 急所の胸を貫かれ、そのまま氷槍と壁までご一緒した男の一人が口から大量の血を吐いて息を引き取る。

 だから言ったのに、道を開けろと。


「ちなみに、あれは俺じゃ無いからな」


 動きの止まった男達に宣言通り容赦無用の一閃を放ち、更に2つの命を散らす。

 血の花が咲いた部屋に、そのタイミングでレベッカが来場。


「なんてことを……」


 殺戮現場の様相を見せるその部屋を見てレベッカが一言そう呟く。

 半分はレベッカの仕業だというのにな。

 もしかして、俺は色んな者達から色々と罪をなすりつけられている?

 いきなり金貨100枚などという賞金がかけられた事も少し不思議に思っていたのだが、探ればもしかしたら埃が舞い上がるかも。


 まぁそれは置いといて。

 今はレベッカの追撃から逃げ切る事が第一。

 レベッカが登場した事で部屋の気温が徐々に下がっていく中、出口に向かって疾走。

 立ち塞がった障害物を陰之御前で斬り飛ばすと、天井へ向けて放たれた血のシャワーが空中で凍り付き雹となって部屋に降り注いだ。

 レベッカが放った零下40度ぐらいはありそうな飛ぶ斬撃がそれをした。


 やはりあの白刃を何度も浴びるのは危険。

 俺の装備は斬れなくとも、俺の自由を奪いかねない。

 と考えてる側から背中にくらった。

 部屋から出るには狭い入口を通る必要があるから仕方が無い。


 部屋を出ると、そこはモンスター達が入っている檻が立ち並んでいる事で出来ている通路だった。


「丁度良い。御前達、そこから出してやるから少し手を貸せ」


 2段3段重ねの檻の中に入っている大小様々なモンスター達は、お腹が空いている所に血の臭いを嗅いだためか非常に興奮している。

 これは使わない手は無いだろう。

 すぐに陽之御前と陰之御前を振るい、走りながら鉄格子を適当に斬り裂いていく。

 三角飛びの要領で跳躍しながら上にある檻の斬る。

 結果、後ろからやってきたレベッカ達は鉄格子の雨を浴びる事となった。


「くっ、卑怯者!」


 飛ぶ斬撃も鉄格子に遮られて届かないので一石二鳥。


「うぉ……これはやべぇ! やってくれたなこの野郎!」


「誰か応援を呼びに行け! 俺達だけじゃこの数は無理だ!」


「くそっ、こんな仕事受けるんじゃ無かっ……ぐぎゃっ!」


 鉄格子の一本を掴み投擲すると、運の悪い奴に見事命中した。

 目の前で負傷した者が発生した事で、血に飢えたモンスター達が一斉に行動を開始する。

 狙うは負傷して狩りやすくなった男。


「うわわっ、来るな来るな来るな~っ!? た、たすけ……ぎゃあああっ!」


 背後を振り返る事無く一目散に逃げる。

 気配からレベッカだけが直進して俺を追い、悲鳴をあげた男達は後退したのだろう。

 断末魔の後には肉を喰われる音が僅かに聞こえてきた。


「待ちな、サイ! こんなことをしてタダで済むと思ってるのかい!」


 あ、レベッカが元に戻ってる。

 チラッと後ろを振り返ると、褐色美人が鬼の形相で大きく跳躍した所だった。

 丁度天井の高い部屋に入ったことで大技を繰り出しにかかったらしい。

 双剣を大きく振り上げ、逃げる俺に向けて力任せに振り降ろしてきた。


「はぁぁぁぁっ! 爆砕撃!」


「うぉ……」


 カウンターを入れる訳にもいかず回避行動を取ったが、ほとんど意味がなかった。

 強烈な一撃はその技の名のごとく床を破壊し、俺の行動の自由を奪う。

 発生した浮遊感にバランスを崩した。


 そこに襲い掛かってきた投げナイフ。

 床が無い事で回避し損ねたが、きっちり防具が刃の侵入を防いでくれる。

 が、衝撃までは吸収しきれないのでちょっと痛かった。


「きゃぁぁぁぁぁっ!?」


 突然に落ちて来た天井に驚いた全裸の獣人少女達が悲鳴をあげる。

 幸いにして部屋の中央付近には誰もおらず、獣人達は皆すばしっこいので全員なんとか回避出来たようだ。


 地下を捜索している時にたっぷり目の保養はしていたが、逃げ惑う少女達の姿というのはまたなんとも言えない背徳感を感じる。


「邪魔だ、退きな!」


「きゃぁっ!」


 レベッカがまるで気にした様子無く少女の一人を突き飛ばす。

 目の前に可哀想な少女達がいても何とも思わないのか。

 それとも、相手が獣人だからだろうか。


「あまり感心しないな、そういうのは」


「はんっ、あんたの口から綺麗事が出てくるなんてね。だったらまず私の相棒を返しなよ。そうしたら少しぐらいはこの娘達に優しくしてあげるよ」


「それは叶わぬ願いだ。俺にも出来る事と出来ない事がある」


「だったらその代償を大人しく支払いな! あんたの首でね!」


「断る!」


 瓦礫と裸の少女達をなんとか避けながら、レベッカの猛攻に耐える。

 白髪美人の時は精密な剣技だったが、赤髪美女に戻ったレベッカの双剣術は非常に荒々しくて力強かった。

 しかも周りに障害物があったとしてもまるでお構いなし。

 自分だけでなく少女達の身の安全も気にしながら戦う必要があった。


 それにしても目のやり場に困るな。

 回避受け流し主体の攻防のため立ち位置が頻繁に変わってしまう事で、逃げ惑う少女のあられのない姿がチラチラと目に入ってくる。

 そのたびにちょっと視線が奪われ、隙を生じてさせてしまう。

 回避を失敗し防具が斬り裂かれ傷を負う時はだいたいそんな時だった。


「そらそらそらそらっ! どうした、あんたの力はそんなもんかい?」


「……戦いを楽しむのは結構だが、本来の目的を見失っていないか?」


「結果良ければそれで良いんだよ」


「いや、その結果が悪くなるから忠告してるんだが」


 白かった時とはまるで異なる動きをするので最初は苦労したが、時間が経つにつれて例の如く急成長したためすぐにレベッカの攻撃速度に慣れてきた。

 剣速や威力は今の赤い状態の方が間違いなく上、しかも我流っぽいことからしてこちらが本来のスタイルか。

 だとすると……。


「信仰しているのは氷の神か何かか?」


「あん? なんでそう思うんだい?」


「今の戦い方の方がレベッカには性に合ってる気がした」


「正解を知りたければ私を倒しな。そうしたら何でも答えてあげるし何でもしてあげるよ。勝てたらね」


 妖艶な笑みを浮かべながらレベッカが言う。

 つまり俺の物になってくれると?


「……非常に魅力的な申し出だが、今は先を急いでいるのでまた今度にしてくれ」


「人が折角プロポーズしてるってのに、不意にするな!」


 断ったら激怒された。


「ちょっと待て。今の会話のどこにプロポーズの要素があった」


「私が勝ったらあんたは死ね! あんたが勝ったらきっちり責任取れ! 初めての人は生涯を誓った人だと決めてたのに、あんなことで私の純血が奪われるなんて……せめて私が信仰してる神様だったらまだ納得出来たけど、あんなどこぞの誰とも知れない神様に奪われるって反則だろう! 殺すのも責任を取ってもらう事も出来ない、信仰神を変える気にもなれない。だから、全ての元凶であるあんたに全ての責任を取ってもらう! 私を傷物にした罪を償うか、私を打ち負かしてあんたの物にしな!」


 あの野郎……ただでさえ面倒な事になってるのに、余計な真似までしやがって。

 勝てばレベッカを自分の物に出来るというのは凄く魅力的な報酬だが、それじゃ普通に奴隷を買って侍らすのとなんら変わりない。

 というか、ほとんど奴隷にしろって言っている様なものだ。


 仲間とか恋人とかにしてくれと言ってくるならまだしも、自暴自棄になっている女が奴隷にしてくれと言ってくるのは全然気が乗らない。

 せめてもう少し熱っぽい視線を向けてきてくれればグラッとくるのに。


「死ねぇぇぇぇっ!」


 レベッカの瞳には少しどころか熱量オーバーの狂気の色が浮かんでいた。

 完璧に殺すか奴隷になるかの二択。

 正直、相手がどれほどの美人であってもそういうのは出来るだけ勘弁して欲しい。

 そもそも俺がそんな人間だったら、とっくの昔に奴隷達を買い漁ってハーレムを作り上げている。

 あわあわと逃げ惑っているこの部屋の住人達も、さっさと俺の奴隷に堕として楽しんでいる筈だ。


「すまん。期待には答えられそうにない」


 鉄格子を斬り裂き獣少女達を先に逃がした後、壁を蹴って上の階へと逃げる。


 そしたら丁度悪く、檻から解放したモンスター達が入れ違いに下の階へと落ちていった。

 逃げる俺を追って跳躍したレベッカだったが、モンスター達の落下経路と重なってしまい足止めされる。


 が、モンスター達の奇襲攻撃はほとんど足止めにならなかった。

 流石に強い。

 身体ステータスは俺より上なのは確実で、あっと言う間に追いついてきた。

 執念というか憎悪に満ちたレベッカがちょっと怖い。

 氷門の技を使って白くなっていたのは、実は心を落ち着かせて冷静に俺を追い詰めて殺すためだったのかもしれない。

 今のレベッカは猪突猛進といった感じでまるで策は感じられなかった。


 猪武者につきあっていては命が幾つあっても足りない。

 全力疾走でレベッカの魔の手から逃げる。


「なんだ、何を騒いでいる。上客が来ているというのに、もっと静かにでき……」


 逃走経路の先にあった扉が開き、中からでっぷり太った誰かが出てくる。

 邪魔なので一刀のもとに斬り捨てた。

 首を斬ったので悲鳴もあがらない。

 気が付く前に死んだ男の顔は、驚愕の色に染まるまでもなく不機嫌そうな表情を浮かべたまま変わる事はなかった。

 斬った後で何だが、もしかしたらこの奴隷屋を切り盛りしている奴隷商だったのかもしれないな。


 ひょんな事から逃走経路が増えたので、有り難く使わせてもらう。

 殺した男を蹴り倒し、レベッカに対する障害物として利用するのも勿論忘れない。


「ひ、ひぃぃっ! た、たすけ……ぎゃぁぁぁっ!」


 殺した男が出てきた部屋に入ると、商談相手らしき不細工な青年がいた。

 膝の上にぐったりした半裸の少女を乗せていたので、問答無用で斬る。

 どうやら接待中だった様だ。


 命という動力を失った青年と一緒に半裸の少女も糸が切れたように床へと倒れる。

 悲鳴一つあげなかったことからして、最初から気絶していたのだろう。

 いっそ一緒に殺してやった方がこの少女にとっては良かったのかもしれない。

 それぐらい少女の身体には至る所に酷い傷が見て取れた。

 ただ、いくら何でもこんな不細工な男と抱き合ったまま心中というのは流石に可哀想なので、ちょっと時間ロスになるが強引に少女を移動させる。


「あんた……いったいどこまで性根が腐ってるんだい。そんな子まで手にかけて……恥を知りな!」


 またというか、丁度魔の悪い時にレベッカが部屋へと入ってきた。

 面倒なのでもう無視。

 もう一つあった扉を開けて逃げる。

 逃げれない。

 間に合わなかった。

 扉を開けようとした瞬間、レベッカの双剣が聖戦に燃ゆる断罪の刃の如く刀身に炎をまとって襲い掛かってきた。


 瞬時に横へと跳んで回避する。

 跳躍からの縦斬り攻撃だったため、回避するのは簡単だった。

 だが逃げた先には出口がない。


「今度こそあんたの首、とらせてもらうよ! 炎塵雀火、不知火之剣界!」


 その力ある言葉をレベッカが口にした刹那。

 双剣にまとわりついていた炎がより一層に激しく燃え、次いでレベッカの髪が赤から灼熱の色へと変わった。

 加えて室内温度が急上昇し、レベッカから俺に向けて熱風が襲い掛かる。


「なっ……まさか2つ目の属性も使えるのか!?」


 信仰する神は1人1神まで。

 魔法は信仰する神から授かる大いなる力。

 故に、普通は1人1属性までしか魔法を使うことは出来ない。


「信じる信じないはあんたの好きにしな。もっとも、これから死にゆくあんたにはどうでもいい事だけど、ねっ!」


 言い終わるが早いか、緋色に染まったレベッカが2本の炎刃を走らせる。

 その攻撃動作は既に見慣れていたので、受け流すだけならば不可能ではなかった。

 だが、レベッカの持つ燃える剣に対し、俺が持っている木製の木小薙刀というのはあまりにも相性が悪すぎる。

 どれだけ上手く受けたとしても、数度触れただけで使い物にならなくなる事は確実。


 回避一択。

 逃げ道がほぼ無いこの状況で、その選択肢はほとんど詰みの一手でしかなかった。

 しかし選ぶより他ない。

 もう一度サイドステップを行い回避する。


 だがその先は部屋の隅。

 次の2手目は確実に詰みの一撃。


「さぁ、終いだ!」


「まだだ!」


 奥の手が無ければ、の話だが。

 今日初めて金属同士が撃ち合う金切り音が響き渡る。


「ちっ。まだそんなものを隠し持ってたのかい」


 レベッカの双剣を受け止めたのは、咄嗟に〈アイテム空間〉から取り出したマインゴーシュ。

 前回出会った時にもレベッカの攻撃を受けとめた武器である。

 あの時は冷たい刃を受けた訳だが、今回はその逆の熱い刃。

 温度差にやられて斬れ味が悪くなっていそうだとは思っていても考えないようにする。


「実はこういうのもある。間合いは狭くなるが、この追い詰められた状況ならばむしろ都合が良いと言える」


 もう一振りの短剣、ククリ刀も手品の如く取り出し、動きの止まったレベッカの双剣を撃ち払う。

 燃えている剣と鍔迫り合いなど御免だ。


 ちなみにククリ刀はその名が示すように、短剣ではあるが才能:刀技の恩恵を受ける事が出来る。

 逆にマインゴーシュは才能:刀技の恩恵が受けられない代わりに、才能:盾防御の恩恵を受けられる。

 つまり、短剣2刀流に見えて、実は短刀と盾を持っているスタイルだったりする。

 才能:短剣技があればなぁ……とつくづく思うのだが、まだその才能は覚えていない。

 前いた世界ではナイフとか持つ事なんてなかったから当たり前と言えば当たり前だが。

 学生時代はちょい悪だったけど、一線はちゃんと守ってました。


「そんなもので私の攻撃を防ぎ続けられると思ってるのかい?」


 口元に笑みを浮かべながらレベッカが猛攻を開始する。


「思っているさ。小回りがきくという事は逃げやすくもなる。こんな風にな」


 暫く猛攻を耐えた後、あっさりとレベッカの懐に入りそのまま後ろへと抜ける。

 少々熱かったが、強絹糸製の防具は熱耐性を持っているので、熱いと感じたのは剥き出しの顔や首ぐらいなもの。

 剣刃と共に襲い掛かってくる炎は全部その強絹糸製の防具が防いでくれていたので、白い時のレベッカに比べれば実はやりやすかった。


 レベッカの戦闘能力は白い時より赤い時の方が高いのだが、相性問題で赤い時の方が実は安全だったりする。

 それに、手数が多くなればなるほど、それを受ける俺の才能:刀技と盾防御は経験値を貯め込んでいく。

 猛攻を受ける前には既に俺の刀技はレベッカの剣技に差し迫っていた。

 但し、それは木小薙刀という相性の悪い武器で、受け流す事を主体にした戦闘方法でのこと。

 金属製のククリ刀ならば受け流すだけでなく、弾く、往なす、受ける事も出来る。

 加えて、才能:盾防御の恩恵下にあるマインゴーシュでレベッカが繰り出してくる大抵の攻撃は受け止める事が可能。

 攻撃を考えないのであれば、小薙刀2刀流よりも遙かにさばきやすかった。


「なっ……私がこうも簡単に抜かれるなんて……」


 相手が戦士系ならばレベッカは脅威となるだろう。

 だが、回避主体の盗賊系とはあまり相性は良くない。

 短剣2刀流のスタイルに変えた時点で、ある程度この結果は予想出来ていた。

 まぁ、その前に何度も撃ち合って才能:刀技の経験値をがっぽりと稼がせてもらったというのもかなり大きいが。

 アクアと訓練した時はほとんど経験値は入らなかった。

 やはり熟練の腕を持った相手と戦う方が経験値の入りがかなり良いというのは鉄板か。


 歯噛みしながらも追おうとしてくるレベッカを警戒しながら、まずはバックステップで距離を取る。

 レベッカは先程までの様にがむしゃらに突っ込んでくる事は無かった。

 下手をすればさっきすれ違った時に勝敗は決していたという事に気付き、少し頭が冷えたのだろう。

 相変わらず剣に炎をまとわせてはいるが、赤い髪の色は少し落ち着きを取り戻していた。


 これはほぼ逃走出来るな……そう確信しながら、ドアに近づいた刹那。

 強烈な悪寒を感じ、咄嗟に全力でしゃがみ込んだ。


「このタイミングで来たか」


 ドア向こうから水平に薙ぎ払われた奇襲攻撃をやり過ごした後、すぐにその場を飛び退く。

 その好機をレベッカが見逃してくれるとは思わなかったからだ。

 予想は当たり、一瞬後にレベッカの双剣が上空から大振りに振り降ろされ床に叩き付けられる。

 受けるなど言語道断の強撃。

 勘で逃げなければ間違いなく終わっていた。


 しかし回避に成功したからといって身の安全が確保できたという訳ではない。

 すぐに逃げた先の壁向こうから幅広の曲剣が姿を現し、まるで壁を泳ぐ鮫の如く俺の身に襲い掛かってきた。


 今度は上半身を後ろに反らし、ブリッジするようにその凶刃を躱す。

 眼前を鋭い刃が通り過ぎる。

 まさかこんな心臓に悪い避け方を体験する羽目になるとは思ってもみなかった。

 やってみて何だが、瞬間的に背中と胸とお腹と腰にかなりの負担がかかったので、二度とこの回避方法は使わないと心に決める。

 腹筋の力で上体を戻してすぐにレベッカがまた襲い掛かってきた時にはちょっと涙目になった。


「2対1ってのは止めにしないか? 流石に逃げ切れる自信が無くなってきた」


 斬り殺した青年の血で濡れている部屋の中央で、俺は壁向こうにいる乱入者に陳情する。


「私もその意見には賛成だね。こいつは私の獲物だ。どこの誰だか知らないけど、手を出さないでくれるかい?」


 そうしたら、意外にもレベッカが賛同してくれた。

 まぁたぶん、復讐は自分の手でつけたいとでも思っているのだろうが。


 だが、解答は飛来した投げナイフによって表明された。

 飛んできたのは先程まで剣先が生えていた壁の方からではない。

 そのほぼ反対の壁の方から。

 投げナイフは、まるで壁を透き通ったかの様に突如として現れ俺に襲いかかってきた。


「多数決に意を唱えるなら、まずは姿を現して意見を述べてからにして欲しいな」


 奇襲攻撃に備えて一時的に能力(アビリティ)〈不動心〉を発動していた事が功を奏した。

 視界に異物が現れた瞬間、最も防御力の高いマインゴーシュで投げナイフを防御する。

 即座に〈不動心〉を解除。

 その後で、弾いたナイフを空中でキャッチして懐へしまう。

 勿論、実際には〈アイテム空間〉へとしまう。

 投げナイフ、ゲット。


 しかし今度はレベッカが跳んできた。

 流石にキャッチして俺の物にする訳にはいかないので今度は避ける。

 攻撃の余波を受けた青年の死体が巻き込まれ、火葬開始。


「この店を火事にする気か?」


「あんたの仕業って事でね」


 だからなすりつけるなと言うとろうに。

 仕方なく、気絶している少女が同じ運命を辿らないように、拾って横に抱く。

 但し、その首筋にククリ刀の刃先を当て、人質としてアピールする。


「今度は人攫いかい? そう言えば、あんたが何でこの奴隷屋に用があるのか聞いてなかったね」


 人質効果の影響か、追撃を放とうと構えていたレベッカの動きが止まる。

 だが時間稼ぎしようという魂胆が見え見えだったため、その問いには答えずすぐに逃走開始。

 火の手があがっている部屋にいつまでもいる訳にはいかない。

 さっさとこの少女を安全な場所に移動させ、俺自身も安全な場所へと身を隠そう。


 ただ、半裸状態である少女の身の安全が保証される場所って、果たしてあるのだろうか。

 いっそこのままこの少女をお持ち帰りしてしまおうかという邪念が過ぎる。

 まぁその時になったら改めて考えるとしよう。

 助けてしまったのだから、最後まで責任を見なければ。

 最後まで……じゅるり。


 恐らく近くで虎視眈々と必殺のタイミングを計っている闇斬りのセツナを警戒しながらやたらとでかい奴隷屋の建物内を疾走する。

 商談部屋があったあの部屋からこっちのエリアはマッピングを行っていない。

 方角から言って入口方面。

 1階で俺が散策できたのは半分にも満たないので、まだまだ先は長い。


 後ろをチラッと見ると、レベッカが一定距離を保って追走しているのが確認出来た。

 俺が小脇に抱えている少女の命を優先しているのか手をだしあぐねている様である。

 ただ、身に纏っている炎はそのままなので、レベッカが走った後ろは所々火が燃え移っている。

 気付けよ……。


 天然の放火魔女は放っておいて先を急ぐ。

 モンスター達を捕らえている檻がまるで見当たらないのは、俺が最初に入った裏口付近がそういう区画だったからだろう。

 それにしては人の姿がまるで無いのは何故だろうか。

 まさか昨晩は俺の襲撃を警戒してほとんど全員が寝ずの番に駆り出された?

 だとすれば、最低限の人数を残して他は皆スヤスヤと眠っているという……。

 それ、かなりまずいな。

 火事になりかけているというのに、逃げ遅れる人が続出するじゃないか。


 とはいえ、これだけ騒ぎが大きくなっているのに誰も起きてこないという事は、そもそも今は人がいないと考えるべきだろう。

 そんな都合の良い事が……いや、現に都合が良過ぎるぐらいに人がいなさすぎる。

 人間費をケチっているのだろうか。


 少なくとも、以前俺が殺した奴隷商は店で働く者は全員奴隷を使っていた。

 奴隷なので、命令すれば牢屋に籠もってじっとしていてくれる。

 俺が襲撃してくると分かっているのに、わざわざ商品が傷付く危険を負う必要は無い。

 捨て駒には使用出来るだろうが、賞金稼ぎを雇っているなら奴隷を使い捨てる意味は無い。

 必要な戦力は揃っているので、必要最低限の労力を残して奴隷は全員どこかにでも閉じ込めているのだと推測する。

 邪魔でしかないからな。

 レベッカといいセツナといい、この建物が壊れる事など全く考えていない攻撃ばかりしてきてるし、覚悟の上なのだろう。

 少しだけこの店の奴隷商に同情しておく。

 原因は俺な訳だが。


 突き当たりが2階へ上がる階段だったので、仕方なく階段を登る。

 少女の身体を支えている右手がちょっと辛かったので、肩に担ぎ直す。

 するとすぐ右横には少女の可愛いお尻と下着が。

 触手が動きそうになるのをぐっと堪えて兎に角走る。

 性欲を抑えるには〈不動心〉を一瞬発動させるのが一番だ。

 ただ、無駄に経験値が増えていく。

 一石二鳥。


「どこまで逃げるつもりだい?」


 痺れをきらしたレベッカが後ろから問いかけてくる。


「出口までだ」


「そっちは行き止まりだよ」


「この店の間取りを知っているのか?」


「そりゃ一応ね。捕まえてるモンスター達が逃げても簡単には店の外には出ないように、拡張に拡張を重ねて迷路にしてるみたいだけど、昨日雇われた時に私達は地図を貰ってるんだよ」


「……その情報、俺に流して良いのか?」


「うん? なんだい、あんたもしかして地図も無しに侵入したのかい? この店の地図は近くの道具屋で銀貨3枚で売ってたと思うんだけどね。この街じゃ有名な話の一つだから、適当に出店で話を聞けばすぐに教えてくれた筈だよ」


 うぉ、そうなのか。

 昨日の酒場で情報屋とやりとりした際、ちょっとばかし勘ぐり過ぎて墓穴を掘ってしまったらしい。

 情報屋の言う通り、素直に露店で串焼き買った際に聞いておけば良かった。

 うぐぅ。


 行き止まりと分かっているのに追っ手を連れて行くというのは馬鹿がする事だ。

 ……と思う前に、前言通り行き止まりに行き当たった。

 やべ、ピンチ。


「なんだ、行き止まりと言っても1階に通じてるじゃないか」


 と思ったら、1階から吹き抜けになっている大部屋に行き当たった。

 一応は行き止まりだが、手摺りで遮られて道が無いだけで、1階に降りる事は出来る。

 否。

 高さ的に見て、下にあるのは地下か。

 遠くに見える入口は、きっと地下室で開けられなかった扉3つのうちの一つだろう。

 レベッカが出てきた扉は除外すると、牢屋の途中にあった扉と、奥にあった扉のどちらか。

 まぁどっちでも良いか。


「みたいだね。地図だとそこまでは書いてなかった。飛び降りる気かい?」


「まさか」


 2階分の高さを飛び降りるなんて出来る訳が無い。


「ロープを使うに決まっているだろう」


 言うが早いか手品のようにパパッとロープを取り出す。

 森に生えていた蔓を束ねただけの代物だが、それでも二人分の重量ぐらい支える事が出来る。

 しかも、こういう事もあろうかと鉤爪付きだ。

 〈アイテム空間〉は本当に便利。


「じゃあな」


 お荷物である少女を前に抱き直し、やや呆気にとられているレベッカをその場に置き去りにして手摺りを飛び越える。

 飛び越え、もう後戻り出来ない段階になって、俺はそれを目にした。


「なぁっ!? ド、ドラゴン!?」


 飛び降りた先の眼下には、こちらを睨むドラゴンの姿があった。

 ここにきて、最悪最強とも言えるモンスターに俺は出会った。

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